嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 仁くんをいつ好きになったのかと杏ちゃんに聞かれたことがあるけれど、私はその時、幼稚園の頃と答えた。

 そんな幼少期の淡い恋心は普通時間の経過と共に薄れて消えていくもの。それが変わらないどころかどんどん想いを募らせていったのは、和菓子作りに真摯に取り組む姿勢に憧れを抱いたからだ。

 ふたつめの練り切りを完成させて、穏やかな表情で談笑する端整な顔を見つめた。

 私たちが幼馴染というのは職場のみんなが知っている。しかし婚約の事実はまだ伏せている。入ってきたばかりの職人希望の女が朝霧菓匠の跡取りの婚約者だと知ったら、みんなは戸惑い、気を使うだろうから。

 知られたらどんな反応されるのかな。特に阿久津さんの反応が怖い。

 幼なじみの特権を最大限に行使したと揶揄されるかもしれない。

 仁くんはカウンターの隅っこで直立していた私たちを不意に見る。視線が混じり合い心臓が跳ねた。

 口を一文字に結んだ私に、仁くんはほんの少しだけ口角を上げて微笑んだ。

 その瞬間、心臓があり得ない速さで鼓動する。
< 21 / 214 >

この作品をシェア

pagetop