嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 しっかりと身体を休めて、明日も朝から元気に働くのが一番だ。

「こんにちは」

 店舗スタッフに挨拶をしてショーケースを覗く。今日はロスが少ない。

 お店の営業時間は十時から十九時。基本的にその日のうちに食べてもらわなければいけない生菓子は売り切れ次第終了となる。

 残りひとつとなった品もありどうしようかと迷った。

 売れ残るよりかは私が購入したほうがいいだろうけれど、買ったせいでお客さまの手に渡らなくなるという状況は避けたい。

 うーん、と首をひねって悩んでいると、お店の扉が開いてご年配の女性客が現れた。邪魔にならないようにすぐ移動する。

「四月の上生菓子はなにかしら?」

 常連客なのか、ショーケースを覗く前に慣れた様子でスタッフに聞く。

零れ桜(こぼれざくら)、花ざかり、菜の花の三種類です」

 答えたのは見慣れない三十代と見受けられる女性のスタッフだった。『宮田』と書かれた名札をつけている。

 三月いっぱいで大学生の女の子がひとり辞めたので、代わりに入った新しい人だろう。

 品名を伝えたきり宮田さんは口を閉ざす。

 大丈夫かなと不安がよぎったのと同時に、案の定お客さまはぐっと眉間に皺を寄せた。
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