嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「中身はなにかしら」

「あっ……申し訳ございません。ええっと……」

 瞬時に顔を赤くした宮田さんは、きょろきょろと周りに視線を走らせた。もうひとりいるスタッフは長尾(ながお)さんという長年勤めている人で、私と同じくらいの孫がいるらしい元気で気さくなおばあちゃんだ。あいにく今は接客中で手が離せないようだ。

 目の前のスタッフは知識がないと判断したらしいお客さまは、大きな溜め息をついて「もういいわ」とショーケースに背を向けた。

 まずい。咄嗟に「あのっ」と声を掛ける。

「はい?」

 ひどく面倒臭そうな目で見られた。それでも怯まずに、ショーケースに手をかざす。

「私に説明させてください。まず、この薄い水色と桜色の外郎(ういろう)を重ね、白餡を二つ折りに包んだ生菓子が零れ桜です。表面に刷り込まれた桜の花は、名前の通り満開の桜がひらひらと舞い散り零れていくようなさまを描き上げています」

 流れるような口調ですらすらと説明する。お客さまは、あら、というように目の色を変えてこちらに近づいてきた。
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