嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「よろしくお願いします」

 結局そのひと言を口にするのが精一杯で、私の好きな人はあなたです、とか、勢いに任せて告白できるほどの度胸はなかった。

 だって、みんなが見ているし。

 ふたりきりであれば、もしかしたら場の雰囲気に流されて口にできていたかもしれないけれど。

 返事を受け取った仁くんが、安堵したように口もとを緩めたように見えたのも束の間。

「よかったー!」

「今どきお見合い結婚なんてって文句を言われるだろうと思っていたけど、ふたりともなんだかんだ乗り気で安心したわ。それにお見合いと言ってもふたりは幼馴染だし、こういうのもアリよね」

 まず仁くんの母親、弥生(やよい)さんが歓喜の声をあげ、続いて私の母親である美冬(みふゆ)がうんうん、と大きくうなずきながら勝手な持論を述べ始めた。

「花帆は仁くんに懐いていたし、仁くんも小さな花帆の面倒をよく見てくれていたわよねぇ。(きょう)ちゃんでもいいかなって思ったりもしたけど、杏ちゃんは大学生だし、なによりまだ子供の花帆には仁くんのような大人の男性が合っているわよね」

 杏ちゃんとは仁くんの弟で、私のひとつ上にあたる二十二歳の美大生。

 そう、私のお見合い相手は元々朝霧(あさぎり)家の兄弟どちらか、という話で進められていた。

 事の始まりは私の将来の夢を両親に熱く語った数週間前に遡る。
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