嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 急に距離を縮めて嫌がられたくはない。

 花帆と面と向かって顔を突き合わすまでは、もしかして昔のように接してくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。

 緊張から顔を強張らせ、怯えた小動物のようにチラチラと俺の顔色を窺う花帆を目の当たりにして、なんとも言えない切なさに駆られたのは今思い出しても堪える。

 おかげで俺もいつも以上に口を閉ざしてしまった。

 親同士がお喋りなものだから、当事者である俺たちのぎこちなさが余計に際立っていたよな……。

 今日も今日とて花帆のことばかり考えている。気づけば家の前に着いていた。

 門扉を開けて敷地内に入る。母親が丹精込めて手入れをしている庭には目もくれず、母屋も素通りする。そして数メートル離れた場所に建てられた離れの玄関に辿り着くと足を止め、大きく深呼吸をした後にインターホンを押した。

 いつもならすぐに開けられる扉は、今日はしばらく経っても閉じられたまま。

 花帆に迎え入れてもらえるのが毎日の楽しみになっていたので、少しばかり気落ちする。

 トイレに入っているのかもしれない。

 小さく息をついてからドアノブに手をかけた時だった。反対側からものすごい勢いで扉が押された。

「わっ! ごめん! 大丈夫?」

 扉の角が俺の足にぶつかったのを見て、花帆は焦った声をあげてオロオロしている。
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