嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「大丈夫だよ」

 やんわりと言ったつもりだったが、耳に届いた自分の声は相変わらず温度が感じられなかった。

 これじゃあ委縮させてしまう。元はといえば俺がさっさと中に入らなかったのが悪い。鍵だって持っているんだし。

 ちらりと花帆を盗みる。困ったように眉を下げ、「本当にごめんね」と弱々しくつぶやいた。

「……夕飯は?」

 空気を変えようと、リビングへ移動しながら話題を振る。

「ええっと、七時にみんな揃って食べようって弥生さんが言ってたよ」

「そうか」

 基本的に食事は母屋のリビングでとる決まりになっている。離れにもキッチンはあるのだが、料理ができない花帆と作る時間がない俺には使い道がない。

 物置小屋と化していた離れを建て直して一年。

 生涯独身でもいいし、俺ひとりで暮らす場所としか考えていなかったので、寝室がひと部屋と書斎がひと部屋、十分な広さがあるリビングと水回りが揃った無駄のないシンプルな間取りとなっている。
< 32 / 214 >

この作品をシェア

pagetop