嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「じゃあいいよね?」

 わざとやっているのか分からないが、おねだりするような甘えた声音にグッと詰まる。

「無理のないように」とだけ伝えると、花帆は満足そうに顔をほころばせた。

 可愛いな。

 あどけない笑顔に見入っていると、にっこりと上がった口角の縁に茶色っぽいなにかがついているのを見つける。

「なんかついてるぞ」

 おもむろに手を伸ばして親指の腹で拭う。

「餡か?」

 思ったよりしっかりとこびりついていてなかなか取れない。なるべく力を入れないように優しくこすっていると唇にまで指が触れた。

 柔らかいな。血色がよくて綺麗な赤色だし。

 もっと触れたい。

 そんな感情から見入っていた自分にハッと我に返る。花帆に視線を戻すと、そこには耳まで真っ赤に染め上げた顔があった。

 俺たちの距離を縮められない理由のひとつに花帆がウブすぎるというのがある。

 一緒に暮らし始めたらすぐにでも抱きしめてキスをするつもりでいた。しかしこんなピュアな反応をされると俺も躊躇してしまう。
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