嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
照れている顔が可愛くて、キスをしたいという衝動に駆られながら理性を働かせて返事を待つ。

「ついさっき桜餅を食べていたの。だから玄関の扉を開けるのが遅れちゃって……」

 桜餅を頬張る花帆の姿を想像して心がふわっと和む。

「急かして悪かったな」

「ううん」と首を振って、花帆はまだ赤い顔を隠すように背を向けた。

「夕ご飯までまだ時間あるね。なにか飲む?」

 パタパタとスリッパの音を響かせながらキッチンに向かう。

 俺が触れたことで照れたのならうれしいのだけれど、“俺”というより“男”だからなのかも。

「ビールってあったよな」

「えっ、もう飲むの?」

 おかしそうに笑いながら缶ビールとグラスを用意する。

 なんでもない穏やかな時間。花帆と過ごすようになって心がすごく癒されているのを日々感じている。

 まさか長らく疎遠になっていた幼なじみと、再びこんな関係を築けるとは夢にも思っていなかった。

 初めて会ったのは花帆が新生児の頃。母親と杏太(きょうた)と共に、子供が生まれたという香月家を訪れたのが始まりだ。
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