嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「毎年同じ写真撮ってるじゃん」

 杏太が呆れた声で言う。

 毎年桜餅を買う話は知っていたが、写真に収めているというのは初耳だ。

 まただ。俺の知らない花帆を杏太は知っている。

 まだ二週間しか共にしていないのに、こういうシーンは何度もあった。

 花帆は杏太の小言を聞き流して和菓子に手を伸ばす。

「仁くん、本当にいらない?」

 いらないけど、せっかくの気持ちを無下にしたくないんだよな。

「時間が経過して、味や食感がどれくらい変化しているかは気になるけど」

「じゃあひと口だけ食べる?」

 細い指でつまんでいた零れ桜をずいっと俺の顔の前に突き出した。


 えっ。これを食べろと?

 半信半疑でチラリと花帆の横顔をうかがう。

「これじゃない方がいい?」

「いや、それでいい」

 花帆が構わないというなら俺は気にしないのだけれど。

 華奢な手首を掴んで口元に引き寄せ、半分ほど噛みちぎった。自分から俺に食べさせてきたというのに、花帆は分かりやすく硬直した。

 これは俺を男として意識していると思っていいんだよな。

 さっきまで杏太に嫉妬して鬱屈していた胸が、急速に満たされていくのを感じた。

 杏太は俺たちのやり取りに目もくれず、ズズッと音を立ててお茶をすすっていた。
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