嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 気を抜くとすぐに見惚れてしまい、『俺の顔になにかついてる?』というような目を先程から幾度も向けられている。

 涼しげな切れ長の目、真っ直ぐに伸びた鼻梁、血色のいい唇。そのどれもが美しく整っていて美術品のようだ。

 そして年上だから常に私より背が高いのはあたり前だったけれど、まさか百八十二センチまで伸びるとは思っていなかった。

 楽しげに会話をする親たちを尻目に、仁くんとの会話の糸口を見つけられない私はテーブルに並んだ華やかな料理に手を伸ばす。

 最近オープンしたばかりのフレンチレストランは、窓の外に豊かな景色を望める落ち着いた雰囲気の建物だった。

 長くて節くれだった色気を感じさせる指で、仁くんはオマール海老とあわびのローストを口に運ぶ。

 綺麗な所作だ。こういうときに家柄のよさというのは滲み出るものだと実感する。

 寡黙で悠々たる仁くんと真逆の性格である杏ちゃんも、チェーン店の牛丼を食べるときですらどこか品がある。

 あーあ。杏ちゃんがいたらもう少し気軽に食事ができたのに。

 自由奔放で気ままな杏ちゃんは、運悪く風邪を引いて今日はひとり家でお留守番らしい。
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