嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「仁くんが和菓子を作るところを見られないのが、寂しいというか、残念だなって」

 花帆の言う通り、茶屋で顔を突き合わさなくなってから作業している姿は見られていないかもしれない。

 仕事中、俺と花帆の持ち場は離れているし、そもそも作業内容が違う。数年して和菓子作りの練習を始めたとしても、彼女の指導係は俺ではないのは確かだ。

 だからといって。

「それは残念がるようなことなのか?」

 花帆は急に真剣な眼差しになる。

「仁くんが和菓子を作っている姿、好きだから」

 ドクッと心臓が激しく跳ねた。

 うわ、ちょっと待ってくれ。不意打ちでこれは……。

 俺を動揺させた本人は言うだけ言って布団のなかに潜り込む。

 衝動を抑えきれなくて、気がついたら花帆の身体を後ろから抱きしめていた。

「えぇ!?」と素っ頓狂な声をあげられて腕に込める力が強くなる。

「褒められていると受け取ればいい?」

 耳に息がかかるくらいの距離で囁くと、「そうだよっ」と焦った声が飛んできた。

 これくらいでこんなに心を揺さぶられる。もし俺自身を好きと言ってくれる日が訪れたらどうなってしまうのだろう。

 理性など簡単に吹き飛んで、めちゃくちゃにする姿しか想像できない。
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