嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「家事ができないって聞いていたけど、洗濯は洗濯機を回すだけだし、畳むのだって別に難しい作業じゃないでしょ? 部屋が汚ければ掃除機で塵を吸えばいいだけだし、実際に困るといったら料理くらいじゃない? でも料理だって仁がある程度できるし、花帆ちゃんは今のままでいいのよ」

「いえ、ダメです」

 すかさず、きっぱり断言する。

 しっかり者の母親と違って、弥生さんはふわふわとした雰囲気の穏やかな人。

 娘ができると喜んでくれているし、私にとにかく甘い。

「そう? でも無理しないでね。指を切ったり火傷したりしたら、仁がショックを受けるわ」

「仁くんは優しいですもんね」

「そうね。でも花帆ちゃんには特別優しいと思うわよ」

「ええ? まさか」

「仁が休みに家にいる日が来るなんてねぇ」

 ひとり言のようにつぶやき、目尻を下げて微笑む。横顔が仁くんと似ているなぁとぼんやり見入っていたら「花帆」と呼ばれて振り返る。

 頭のてっぺんから足のつま先まで完璧に整えられた仁くんの姿があった。

 なんてことだ。急いでいたので私はベースメイクしかしていないっていうのに。
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