嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 朝霧菓匠の繁栄を思えば、宣伝もかねて大々的に披露宴をした方がいいに決まっている。

 踏み切れないのは紛れもなく俺の過去が関係しているのだけれど、これについては花帆にいつ話せばいいのか決めかねている。

 入籍する前に伝えなければいけないから時間がある時がいい。

「ごめんね。疲れたよね」

 過去を思い出して無意識に溜め息がこぼれていた。勘違いした花帆は焦った様子で俺の手に自身の手を重ねて肩から退かそうとする。

 その手を掴み、首筋に顔をよせた。

 鼻腔を刺激する甘い香りが強くなる。

「仁くん?」

「ちょっとだけ」

 そう言って、なめらかな肌に口づけた。驚くほどやわらかい。

 首筋にキスをされた花帆は石のように固まった。

 唇をそっと離し、今度は耳のすぐ後ろに触れる。

「きゃっ」と小さな声と共に華奢な肩が跳ねた。その様子がまたなんとも可愛らしく感情が揺さぶられる。
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