嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「そこまで軟弱じゃない」

「それは分かってるよ」

 頬に当たっている胸は厚いし、私を抱きしめる腕は硬くてがっしりしている。

「遠慮しているなら、そういうのはいい加減いらない」

 どこか不機嫌そうな声だったので、そっと仁くんの顔色を窺った。

 パチッと目が合う。

「頼ってほしいって意味だ」

 黙って見つめていたら、仁くんはばつが悪そうに言った。

「……ありがとう。それならお願いしようかな」

 言われた通りだ。私は仁くんに対してかなり遠慮しているし、嫌われたくないから迷惑をかけないように気をつけている。

 そういうのが嫌だと感じていたのかな。

 元々面倒見がいい人だし、もしかして誰かに必要とされたいタイプ?

 仁くんとの思い出は子供の頃のものばかり。記憶がおぼろげだから、彼のことを知っているようで知らない。

「それと、ふたりで出かけたい」

「式場の見学?」

「そうじゃない。いや、それもあるんだが」

 これはもしやデートのお誘い? え、本当に?

 半信半疑で期待を口にする。

「どこでもいいの?」

「国外は無理だけど」

「あははっ。パスポート持っていないからその心配はご無用です」

 笑って言うと、仁くんは胸から私を引き剥がして顔を覗き込んできた。

「海外に行ったことないのか?」

「ないよ」

 そんなに驚かなくても。
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