最期の花が咲く前に
10章、平和な日常 10.5章、花の意味
あと一年という期限。それは、この病気になってから一年目でもう少しで二年目という時に告げられた。
五年というのはあくまでも最大で生きることの出来る期限で、そこまで生きられるとも限らないのだ。
それでも私は生きるしかない。悔いの残らないように、やりたいことはやろう。
やりたいことは、沢山ある。でもきっと全てはできないなぁ。
これから綴るのは、私の命が尽きるまでの物語。
*☼*―――――*☼*―――――
春
葵の木は相変わらず桜の花が咲き誇っていた。私達はお弁当を持ってお花見をした。
いつも見る自分の花と同じだけれど、違っていた。
この花達は、散って若葉となって、また花を咲かす。それが本来あるべきサクラの姿なのだから。
「いいなぁ。」
そんな声は私から漏れてしまう。羨ましくて仕方なかった。
「何処がいいとこなの?気になる」
「んー、葉っぱになってまた春には花が咲くって所かなぁ。」
「そういう見方もあるのね〜さーちゃんらしいね。」
「俺も思うけど?真奈だけお子様なんじゃなーい?」
真奈は怒って陽汰を追いかけ回していたが、亜樹君に捕まえられて動けなくなっていた。
「あいつ、怖いわ」
「陽汰がお子様とかいうのが悪いんだよ。追いかけられて当然だ!」
べーっとしてみせると
「咲那もお子様だな。」
ははっ、と笑って木に走り出す陽汰は昔を思い出させるようなそんな懐かしさがあった。
お花見はとても楽しかった。久しぶりの感覚でなんだか不思議な気持ちになる。
当たり前のように感じていた雰囲気をいつしか尊いものだと気付いた。
四人で出かけて、笑って、ふざけて、変わらないのに何処か違う、そんな日だった。
身体の花は元気に咲いていた。色鮮やかな花びらが私の身体で輝いていた。
写真に写る姿は何とも神秘的なんだとか。私はこの花を、受け入れなくなっていたけれど。
また、受け入れられる日が来るんだろうか。
日記は、とても多くなっていた。書きたいことがたくさんあるから。残しておきたい思い出が増えていく。
良いものばかりではないけれど、私にとっては一つの生き甲斐になっていた。
自分の部屋にある桜の花を見ながら今日も日記を書く。
『四月六日…
立夏
段々と景色は新緑に染まって、賑やかになっていく。
けれど、私は再び体調不良になってしまった。花がこれまで以上に栄養を吸い取っているからだろうと言われた。
家に居ると、雪ねぇは勿論、お父さんまで心配するようになっていた。
「大丈夫だよ。すぐ治まるから。」
そうに伝えても、不安気な瞳を向けられる。ただ、その内優しい笑顔で「頑張るんだよ。」と言われるからとても嬉しかった。
お母さんは心配しながらも、私の為にとご飯を頑張って作ってくれる。
「ママ?ありがとうね。」
「いいんだよ。ママはこれが咲那にできる一番のことなの。」
「ありがとう。」
そんな会話をして、私はママが料理をしているところを見るのが好きだ。
陽汰と真奈は仮結婚式を早くやりたい!と言って準備を進めている。
ドレスも来たようだが、まだ着れていない。
一年かかるらしかったが、私のことを伝えると、「それなら、早くしなきゃ!」と早くしてくれたらしい。
感謝しかない。具合が良くなったらそのドレスを着てみる予定だ。
最近は、一言で言えば「病み期」というものなのかもしれない。
外の光を浴びることの出来なかったせいか、思考がどんどんネガティブになってしまう。
「早く抜け出さないとなぁ…」
ピロン♪〜
「体調大丈夫か?最近あんまり会いに行けてなくてごめんな。明日、行っていいか?」
「良いに決まってるじゃん!」
「ありがとう♪じゃあまた明日!ゆっくり休んでね。」
「陽汰もね〜。」
久しぶりに陽汰が来てくれる。 こんな私で大丈夫だろうか。
階段をゆっくり降りて、お母さんの所に向かう。
「ママ、明日陽汰来るって。何かある?」
「あら、そうなの。んー…何もないわね…。」
悩んでいると玄関の開く音がして、
「たっだいま〜!お土産だよ〜」
「わーい。なになに?」
「お菓子作りキット〜。咲那、最近外出てないでしょ?楽しいことしなよ。お菓子作り、好きでしょ。」
「うん!ありがとう。」
雪ねぇが買ってきたのはココアクッキーが作れるキットだった。
「そういえば、ひーくん、クッキー好きよね?作ってあげなさいよ!」
「えー、上手く作れないよぅ。」
「大丈夫!ひーくん優しいから、失敗しても食べてくれるわ〜。」
「失礼な姉だよ、まったく。でも、買ってきてくれてありがと。」
「じゃ、頑張ってね。」
雪ねぇは、嬉しそうに部屋に帰っていった。…クッキー作れるかなぁ。
「明日、作りなよ。陽汰くんと一緒にさ。楽しいよ〜きっと。」
「うん。そうしてみる。じゃあ部屋戻るね。」
「はぁい。夕飯なったら呼ぶわ。」
そして次の日…
♪ピンポーン〜
「咲那〜!来たよー」
「はーい。」
「よっ!久しぶり〜」
会って早々ギューッとされて、恥ずかしいけれど、嬉しい。
「は、早く入ろ〜。外で恥ずかしい…。」
「そうだね。お邪魔します。」
「今日、私だけだから、ゆっくりしてって。」
「そうなんだ。おばさんにも会いたかったなぁ。」
「後で会えるからいいじゃん(笑)あ、後で一緒にクッキー作らない?」
「いいよ!作ろか。…咲那、元気でよかった。心配してたよ。」
「元気になったのは、陽汰が来てくれたからだよ。少し病んでたからさ。」
「そうなんか…来れなくて、ごめんな。」
「ううん、いいよ。来てくれたらいいもん。」
陽汰が申し訳なさそうな姿は少し、子犬みたいで可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。
「陽汰可愛い。」
久々の感情で、なかなか心が踊る。
一緒にゲームして、お昼食べて、クッキーを作って、
「え、混ざんないよこれ、え?」
「貸してよ、ほら、混ざってきた」
「あ、ホントだ、すげぇ。やっぱりお菓子作りは咲那に任せるのがいいよ。」
「私も別に上手くはないけどね。冷やして、型抜こ!」
「はーい。じゃあそれまで休もうか。あ、旅行の話しようよ。」
私達は京都と大阪に旅行へ行こうとしている。お金を貯めて、ちゃんと楽しい旅行にしようと頑張っている。
「京都の旅館、此処なんかどう?」
「綺麗だね〜。でも高くない?」
「んー、貯めたら行けるんじゃないかなぁ。俺頑張ってるよ!」
「知ってるよー!本当にありがとう。」
陽汰は旅行の為にアルバイトをしてくれている。私はアルバイトができない代わりに、旅行で何処に行きたいか挙げておいてと頼まれている。この旅行は、最初で最後の二人で行ける旅行だと思うからこそ、本気でプランを立てている。両親は、この旅行を許してくれた。ただ、体調にはくれぐれも気をつけるという条件で。許してくれたのがとても嬉しかった。
「京都の後は、大阪でUSJ行ったり、たこ焼きとか食べるんだよな。楽しみだ〜。」
「いつ行こうか。私は秋に行きたいなぁ。」
「紅葉見たいんだろ?秋にしようよ。着物着たりしようぜ。」
「やった〜!」
「じゃあ、俺が予約しとくね。大阪のホテルは、また後で決めよう。」
「うん!じゃあクッキーやろ!」
二人で並んでクッキーの型を抜いていく。オーブンで焼かれていくクッキーを見ていると、陽汰との距離がとても近くてドキドキしてしまう。
「美味しそ…」
そうに呟く陽汰の声が耳元に入って余計ドキドキが増してしまう。
私はその場から少しだけ後退りをして、陽汰の方に視線を向ける。
「なんで逃げたの?俺が近くに居るの、嫌?」
「ち、違うよ。ただ、ドキドキが止まんないから、」
「そんな理由?はは、可愛いなぁ。」
二人の時の陽汰は甘すぎて、思わず溶けてしまいそうになる。
陽汰は私の手をとると、花に触れる。
「どうかしたの?」
「ん?…いやぁ、花が咲いていくほど咲那は綺麗になるのに、苦しいんだ。」
「くる、しい?」
「うん。だって、命を蝕んでるってことなんだからさ、辛いよ。」
「大丈夫。まだ死なないから。」
「まだとか言うなよ、ずっと生きろよ、咲那…,」
苦しそうに私を強く抱き締めて離さない陽汰。少し震えているようで私も悲しくなってしまう。
「陽汰?私、生きられる日まで頑張るから応援してよ。」
「当たり前だろ。ずっと応援してるよ。」
「ありがとう。」
クッキーの焼けた音がした。ほんのり甘い匂いが私達を包み込む。
「美味しそー早く食べよか。」
「うん!わぁ!ちゃんと焼けたね。」
「ほんとだな!良かった。食べよってあっつ!」
「そりゃそうでしょ!もう!ほら、氷」
「あちー…早く冷めろ…」
「あはは」
クッキーが冷めてから、私達は旅行の会話をもっとふくらませた。
二人で旅行に早く行きたい。その一つの夢を叶えられるように頑張らなくちゃいけないと考えた日だった。
私の生きられる期限を、伸ばし続けてやらなければ。
*☼*―――――*☼*―――――
咲那との旅行、それは初めて二人だけでの遠出になる。
俺は咲那の家から帰って部屋に一人籠り、少し考え事をしていた。
旅館は少し普通より高めのいい所。部屋に露天風呂が着いていて、夜と朝のご飯付き。
寝室は…一つ。
俺だって男だ。好きな人と一緒の部屋で眠るなんて、俺は正常を保てるのだろうか。
ただ、欲も出てしまう。咲那を俺のものにしたい、そんな感情も有るのが事実だ。
「はぁー…我慢しなきゃだわ…」
そんな一言がスっとと布団に吸い込まれていった。
我慢、出来ない気がするわぁ…
夏
青い空、波の音、最高の場所なのに周りには人が居ない。だって此処は…
「貸切ぃ!まじ亜樹の家凄すぎな?プライベートビーチ持ちはえぐい。」
「いや、大した事ないよ…父さんが好きなだけだから。」
「でも、あっくんのお陰で海来れた!ありがとう〜好き〜。」
「あはは、俺も好きだよ。」
「ひ、陽汰、泳ぎ行こっか!お二人さんごゆっくり!」
「よし、行こう。」
私達は逃げるように海へ向かう。私達以外に人はいないため、私は真奈と一緒に買いに行ったお気に入りの水着でやってきた。
もう海目前!という所で、陽汰がくるっとこちらを向いて、
「今日の咲那、いつもと違いすぎて、めっちゃ恥ずい。あと、可愛い。」
と、赤い顔で言ってくる。
「嬉しい。ありがとう!」
「ほら、入るぞ。手、」
私は片方の腕を陽汰に預ける。すると私のことを引き寄せて、陽汰はぷかぁと浮いた。
「ただ、浮いてるだけで気持ちいいなぁ。海最高。」
「ほんとだね。きもちぃー…」
「ただ、それだけだとつまらんから、」
そういうと、陽汰は私の事をひょいと抱えて泳ぎだした。
「ど、どゆこと?」
「何となく、てか軽」
「水中だもん!軽くなきゃ困る!」
「いやぁ、普通に軽すぎない?痩せたでしょ」
私は最近かなり痩せた。花が吸いすぎてるせいである。
「まぁ、痩せたけどそこまでじゃないよ。水から出てみなよ?」
「分かった」
すぃーっと陸まで泳ぐと、そのまま上がって再び
「軽すぎるわ。まじ」
と少し焦り気味で教えてくれた。
「そんなわけないんだけどなぁ。」
「軽くて怖いよ、まったく。」
「あはは、そうかなぁ?」
再び水中に戻って、私は少し泳いだ。体が身軽で楽ちんだった。
「おーい!BBQするぞー!戻ってこーい」
「はぁい」
海でBBQをしたあとは、浴衣に着替えて、お祭りに行った。
四人でも回ったし、二人でも回った。
「そろそろ花火だね。あ、あそこいいかも!」
「いいね。あそこにしよか」
「ふぅ、疲れたね。花、案外見られなかったから良かった。」
「そうだな。そろそろか、」
ひゅ〜と空へと伸びていく一筋の光は、数秒後に開き、綺麗な花火となった。
「綺麗…」
たくさんの花火が夜空に咲いて、散っていく。その美しさと儚さが花火らしいなぁと感じた。
とびきり大きな花火が上がると、陽汰が何かをお願いしていた。
「何お願いしたの?」
「咲那が、ずっと隣で笑ってくれますようにって。」
「ずっとは無理だよ〜。」
笑いながら繰り広げられる会話は明るそうで明るくなかった。
花火はその後も続いて、終わったあとは鳴り止まぬ歓声が辺りを木霊する。
帰りの車内は、賑やかなものから静かなものへと変わり、いつの間にか家に到着していた。
皆と撮った写真のメモリーがどんどん増えていく。アルバムもたくさんの写真で埋め尽くされてきていた。
私にとっての最期の夏で、最高の夏だった。
いつかの日記には、こんな文が綴られていただろう。
陽汰との旅行の日が近づいてきている、夏の終わり頃、私はいつもと違う日記を書いていた。
五年というのはあくまでも最大で生きることの出来る期限で、そこまで生きられるとも限らないのだ。
それでも私は生きるしかない。悔いの残らないように、やりたいことはやろう。
やりたいことは、沢山ある。でもきっと全てはできないなぁ。
これから綴るのは、私の命が尽きるまでの物語。
*☼*―――――*☼*―――――
春
葵の木は相変わらず桜の花が咲き誇っていた。私達はお弁当を持ってお花見をした。
いつも見る自分の花と同じだけれど、違っていた。
この花達は、散って若葉となって、また花を咲かす。それが本来あるべきサクラの姿なのだから。
「いいなぁ。」
そんな声は私から漏れてしまう。羨ましくて仕方なかった。
「何処がいいとこなの?気になる」
「んー、葉っぱになってまた春には花が咲くって所かなぁ。」
「そういう見方もあるのね〜さーちゃんらしいね。」
「俺も思うけど?真奈だけお子様なんじゃなーい?」
真奈は怒って陽汰を追いかけ回していたが、亜樹君に捕まえられて動けなくなっていた。
「あいつ、怖いわ」
「陽汰がお子様とかいうのが悪いんだよ。追いかけられて当然だ!」
べーっとしてみせると
「咲那もお子様だな。」
ははっ、と笑って木に走り出す陽汰は昔を思い出させるようなそんな懐かしさがあった。
お花見はとても楽しかった。久しぶりの感覚でなんだか不思議な気持ちになる。
当たり前のように感じていた雰囲気をいつしか尊いものだと気付いた。
四人で出かけて、笑って、ふざけて、変わらないのに何処か違う、そんな日だった。
身体の花は元気に咲いていた。色鮮やかな花びらが私の身体で輝いていた。
写真に写る姿は何とも神秘的なんだとか。私はこの花を、受け入れなくなっていたけれど。
また、受け入れられる日が来るんだろうか。
日記は、とても多くなっていた。書きたいことがたくさんあるから。残しておきたい思い出が増えていく。
良いものばかりではないけれど、私にとっては一つの生き甲斐になっていた。
自分の部屋にある桜の花を見ながら今日も日記を書く。
『四月六日…
立夏
段々と景色は新緑に染まって、賑やかになっていく。
けれど、私は再び体調不良になってしまった。花がこれまで以上に栄養を吸い取っているからだろうと言われた。
家に居ると、雪ねぇは勿論、お父さんまで心配するようになっていた。
「大丈夫だよ。すぐ治まるから。」
そうに伝えても、不安気な瞳を向けられる。ただ、その内優しい笑顔で「頑張るんだよ。」と言われるからとても嬉しかった。
お母さんは心配しながらも、私の為にとご飯を頑張って作ってくれる。
「ママ?ありがとうね。」
「いいんだよ。ママはこれが咲那にできる一番のことなの。」
「ありがとう。」
そんな会話をして、私はママが料理をしているところを見るのが好きだ。
陽汰と真奈は仮結婚式を早くやりたい!と言って準備を進めている。
ドレスも来たようだが、まだ着れていない。
一年かかるらしかったが、私のことを伝えると、「それなら、早くしなきゃ!」と早くしてくれたらしい。
感謝しかない。具合が良くなったらそのドレスを着てみる予定だ。
最近は、一言で言えば「病み期」というものなのかもしれない。
外の光を浴びることの出来なかったせいか、思考がどんどんネガティブになってしまう。
「早く抜け出さないとなぁ…」
ピロン♪〜
「体調大丈夫か?最近あんまり会いに行けてなくてごめんな。明日、行っていいか?」
「良いに決まってるじゃん!」
「ありがとう♪じゃあまた明日!ゆっくり休んでね。」
「陽汰もね〜。」
久しぶりに陽汰が来てくれる。 こんな私で大丈夫だろうか。
階段をゆっくり降りて、お母さんの所に向かう。
「ママ、明日陽汰来るって。何かある?」
「あら、そうなの。んー…何もないわね…。」
悩んでいると玄関の開く音がして、
「たっだいま〜!お土産だよ〜」
「わーい。なになに?」
「お菓子作りキット〜。咲那、最近外出てないでしょ?楽しいことしなよ。お菓子作り、好きでしょ。」
「うん!ありがとう。」
雪ねぇが買ってきたのはココアクッキーが作れるキットだった。
「そういえば、ひーくん、クッキー好きよね?作ってあげなさいよ!」
「えー、上手く作れないよぅ。」
「大丈夫!ひーくん優しいから、失敗しても食べてくれるわ〜。」
「失礼な姉だよ、まったく。でも、買ってきてくれてありがと。」
「じゃ、頑張ってね。」
雪ねぇは、嬉しそうに部屋に帰っていった。…クッキー作れるかなぁ。
「明日、作りなよ。陽汰くんと一緒にさ。楽しいよ〜きっと。」
「うん。そうしてみる。じゃあ部屋戻るね。」
「はぁい。夕飯なったら呼ぶわ。」
そして次の日…
♪ピンポーン〜
「咲那〜!来たよー」
「はーい。」
「よっ!久しぶり〜」
会って早々ギューッとされて、恥ずかしいけれど、嬉しい。
「は、早く入ろ〜。外で恥ずかしい…。」
「そうだね。お邪魔します。」
「今日、私だけだから、ゆっくりしてって。」
「そうなんだ。おばさんにも会いたかったなぁ。」
「後で会えるからいいじゃん(笑)あ、後で一緒にクッキー作らない?」
「いいよ!作ろか。…咲那、元気でよかった。心配してたよ。」
「元気になったのは、陽汰が来てくれたからだよ。少し病んでたからさ。」
「そうなんか…来れなくて、ごめんな。」
「ううん、いいよ。来てくれたらいいもん。」
陽汰が申し訳なさそうな姿は少し、子犬みたいで可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。
「陽汰可愛い。」
久々の感情で、なかなか心が踊る。
一緒にゲームして、お昼食べて、クッキーを作って、
「え、混ざんないよこれ、え?」
「貸してよ、ほら、混ざってきた」
「あ、ホントだ、すげぇ。やっぱりお菓子作りは咲那に任せるのがいいよ。」
「私も別に上手くはないけどね。冷やして、型抜こ!」
「はーい。じゃあそれまで休もうか。あ、旅行の話しようよ。」
私達は京都と大阪に旅行へ行こうとしている。お金を貯めて、ちゃんと楽しい旅行にしようと頑張っている。
「京都の旅館、此処なんかどう?」
「綺麗だね〜。でも高くない?」
「んー、貯めたら行けるんじゃないかなぁ。俺頑張ってるよ!」
「知ってるよー!本当にありがとう。」
陽汰は旅行の為にアルバイトをしてくれている。私はアルバイトができない代わりに、旅行で何処に行きたいか挙げておいてと頼まれている。この旅行は、最初で最後の二人で行ける旅行だと思うからこそ、本気でプランを立てている。両親は、この旅行を許してくれた。ただ、体調にはくれぐれも気をつけるという条件で。許してくれたのがとても嬉しかった。
「京都の後は、大阪でUSJ行ったり、たこ焼きとか食べるんだよな。楽しみだ〜。」
「いつ行こうか。私は秋に行きたいなぁ。」
「紅葉見たいんだろ?秋にしようよ。着物着たりしようぜ。」
「やった〜!」
「じゃあ、俺が予約しとくね。大阪のホテルは、また後で決めよう。」
「うん!じゃあクッキーやろ!」
二人で並んでクッキーの型を抜いていく。オーブンで焼かれていくクッキーを見ていると、陽汰との距離がとても近くてドキドキしてしまう。
「美味しそ…」
そうに呟く陽汰の声が耳元に入って余計ドキドキが増してしまう。
私はその場から少しだけ後退りをして、陽汰の方に視線を向ける。
「なんで逃げたの?俺が近くに居るの、嫌?」
「ち、違うよ。ただ、ドキドキが止まんないから、」
「そんな理由?はは、可愛いなぁ。」
二人の時の陽汰は甘すぎて、思わず溶けてしまいそうになる。
陽汰は私の手をとると、花に触れる。
「どうかしたの?」
「ん?…いやぁ、花が咲いていくほど咲那は綺麗になるのに、苦しいんだ。」
「くる、しい?」
「うん。だって、命を蝕んでるってことなんだからさ、辛いよ。」
「大丈夫。まだ死なないから。」
「まだとか言うなよ、ずっと生きろよ、咲那…,」
苦しそうに私を強く抱き締めて離さない陽汰。少し震えているようで私も悲しくなってしまう。
「陽汰?私、生きられる日まで頑張るから応援してよ。」
「当たり前だろ。ずっと応援してるよ。」
「ありがとう。」
クッキーの焼けた音がした。ほんのり甘い匂いが私達を包み込む。
「美味しそー早く食べよか。」
「うん!わぁ!ちゃんと焼けたね。」
「ほんとだな!良かった。食べよってあっつ!」
「そりゃそうでしょ!もう!ほら、氷」
「あちー…早く冷めろ…」
「あはは」
クッキーが冷めてから、私達は旅行の会話をもっとふくらませた。
二人で旅行に早く行きたい。その一つの夢を叶えられるように頑張らなくちゃいけないと考えた日だった。
私の生きられる期限を、伸ばし続けてやらなければ。
*☼*―――――*☼*―――――
咲那との旅行、それは初めて二人だけでの遠出になる。
俺は咲那の家から帰って部屋に一人籠り、少し考え事をしていた。
旅館は少し普通より高めのいい所。部屋に露天風呂が着いていて、夜と朝のご飯付き。
寝室は…一つ。
俺だって男だ。好きな人と一緒の部屋で眠るなんて、俺は正常を保てるのだろうか。
ただ、欲も出てしまう。咲那を俺のものにしたい、そんな感情も有るのが事実だ。
「はぁー…我慢しなきゃだわ…」
そんな一言がスっとと布団に吸い込まれていった。
我慢、出来ない気がするわぁ…
夏
青い空、波の音、最高の場所なのに周りには人が居ない。だって此処は…
「貸切ぃ!まじ亜樹の家凄すぎな?プライベートビーチ持ちはえぐい。」
「いや、大した事ないよ…父さんが好きなだけだから。」
「でも、あっくんのお陰で海来れた!ありがとう〜好き〜。」
「あはは、俺も好きだよ。」
「ひ、陽汰、泳ぎ行こっか!お二人さんごゆっくり!」
「よし、行こう。」
私達は逃げるように海へ向かう。私達以外に人はいないため、私は真奈と一緒に買いに行ったお気に入りの水着でやってきた。
もう海目前!という所で、陽汰がくるっとこちらを向いて、
「今日の咲那、いつもと違いすぎて、めっちゃ恥ずい。あと、可愛い。」
と、赤い顔で言ってくる。
「嬉しい。ありがとう!」
「ほら、入るぞ。手、」
私は片方の腕を陽汰に預ける。すると私のことを引き寄せて、陽汰はぷかぁと浮いた。
「ただ、浮いてるだけで気持ちいいなぁ。海最高。」
「ほんとだね。きもちぃー…」
「ただ、それだけだとつまらんから、」
そういうと、陽汰は私の事をひょいと抱えて泳ぎだした。
「ど、どゆこと?」
「何となく、てか軽」
「水中だもん!軽くなきゃ困る!」
「いやぁ、普通に軽すぎない?痩せたでしょ」
私は最近かなり痩せた。花が吸いすぎてるせいである。
「まぁ、痩せたけどそこまでじゃないよ。水から出てみなよ?」
「分かった」
すぃーっと陸まで泳ぐと、そのまま上がって再び
「軽すぎるわ。まじ」
と少し焦り気味で教えてくれた。
「そんなわけないんだけどなぁ。」
「軽くて怖いよ、まったく。」
「あはは、そうかなぁ?」
再び水中に戻って、私は少し泳いだ。体が身軽で楽ちんだった。
「おーい!BBQするぞー!戻ってこーい」
「はぁい」
海でBBQをしたあとは、浴衣に着替えて、お祭りに行った。
四人でも回ったし、二人でも回った。
「そろそろ花火だね。あ、あそこいいかも!」
「いいね。あそこにしよか」
「ふぅ、疲れたね。花、案外見られなかったから良かった。」
「そうだな。そろそろか、」
ひゅ〜と空へと伸びていく一筋の光は、数秒後に開き、綺麗な花火となった。
「綺麗…」
たくさんの花火が夜空に咲いて、散っていく。その美しさと儚さが花火らしいなぁと感じた。
とびきり大きな花火が上がると、陽汰が何かをお願いしていた。
「何お願いしたの?」
「咲那が、ずっと隣で笑ってくれますようにって。」
「ずっとは無理だよ〜。」
笑いながら繰り広げられる会話は明るそうで明るくなかった。
花火はその後も続いて、終わったあとは鳴り止まぬ歓声が辺りを木霊する。
帰りの車内は、賑やかなものから静かなものへと変わり、いつの間にか家に到着していた。
皆と撮った写真のメモリーがどんどん増えていく。アルバムもたくさんの写真で埋め尽くされてきていた。
私にとっての最期の夏で、最高の夏だった。
いつかの日記には、こんな文が綴られていただろう。
陽汰との旅行の日が近づいてきている、夏の終わり頃、私はいつもと違う日記を書いていた。