最期の花が咲く前に
12章、この病に明るい日差しを 12.5章、冬から春
あの旅行の後、私は病院に来ていた。
その日は定期検診だけでなく、一つ話があるとも言われていた。
「あの、話って…?」
「あのね、花咲病の第一研究者である先生が、咲那ちゃんとぜひ話したいらしいのよ。今日来てるから、呼んでもいいかしら?」
「はい、大丈夫です。」

「はじめまして。木井 叶人(きい かなと)です。」
「はじめまして、姫野 咲那です。」
「花咲病、かなり進行してるんだね。」
「はい、」
「さっき、これまでの検査表を見ていたんだが、君のケースは初めてなんだ。」
「初めて、ですか。」
「腕から花が確認されるのは初めてだからね。少し興味深かったんだよ。」
「そうなんですか。」
「いきなりにはなるんだが、私の研究に協力してくれないか。」
「え、研究?」
「あぁ。君なら花咲病に有効な薬が作れるかもしれないんだ。」
「じゃあっ、私も治る可能性があるということですか?!」
「…それは、はっきりと言って無いだろう。そこまで進んでしまえば治ることはかなり難しくなる。この薬を作るのに、命が短くなってしまうかもしれないが、協力して欲しい。これは、これからの患者に向けて作る薬だ。」
「これからの、でも、私は、治らない…。」
「無理は言わないが、出来たら協力して欲しいんだ。」
「叶人先生、さっきの言い方は、」
「なんだ、新塚先生は患者にはっきりと伝えることもしないのか。なんて医者だ。信じられない。」
「そ、そんな事いきなり言わなくたっていいじゃないですか!まだ直るかもしれないんですよ?!」
「もう無理に近いだろう。無駄な期待は、帰って患者に悪い。」
「っ、それは…」
「まぁ、咲那さんが決めてくれるのでいいんだ。これ、渡しておくよ。」
「あ、ちょっと!」
…木井先生、その人は突如現れて私の心をかき乱すことになる事を私はまだ知らない。
「もう!あの人は!咲那ちゃん、あまり気にしないでね。」
「あ、はい!大丈夫です。」
「じゃあ、今日は帰って大丈夫よ。ありがとうね。」
「分かりました。失礼します。」

帰り道、私はさっきの会話を少し振り返っていた。
私は薬が作れてももう治らないのに、私が協力することで、もしも薬が作れれば他の人が助かる。
人のために、私は、命を短くしなきゃいけないの?なんで…?
手をぎゅっと握ったせいかそれを開いた時くっきりと爪痕が付いていた。
「はぁ。どうしよう。」
渡された名刺と書類を眺めながら私はため息を吐いた。

「ただいま、って誰もいないし。」
テーブルにその書類たちを置いて、私は椅子に深く座る。
テレビをつけると、ちょうどというか、タイミング悪くというか、奇病の特集が放送されていた。
「はぁ。今かよぅ」
♪〜奇病研究第一人者である、木井 叶人先生によると、
「叶人先生…って、あの人じゃん…。はぁ。」
久しぶりに感情がかき乱されている感覚になった。
だって、だって〜。
「うわぁぁぁ」
「ど、どうしたの咲那…」
「雪ねぇ〜!どうしよう〜」
「ゆっくり話して。」
そして私は何があったのか説明した。雪ねぇは段々と怒っている時の顔になっていった。
「なにそれ、みんなの為に咲那に早死しろって言ってるのと同じじゃない!」
「それは…」
「そういうことよ!酷い!そんな奴のことほっときなよ!」
「でもさぁ、私の協力で、この後の人が治るかもしれないってさぁ…。」
「そうだけど…」
「どうしよう…」
「お母さん達にも相談しなきゃ。これは、私達だけじゃ決められないわ。」
「うん…」

その日の夜、家族はその話題で話し合っていた。
「私は反対!だって、そんなこと言う人になんで協力しなくちゃいけないの?!」
「お母さんも、反対よ。でも…咲那がこの後の発病者の人の役に立てるのは嬉しいと思うわ。」
「お父さんは?!」
「…お父さんは、咲那が決めるべきだと思う。咲那の人生だ。これは、親でも口出しはできない事じゃないか?」
「お父さん…」
「ただ、一つだけ条件があるぞ?」
「条件…?」
「前みたいに、パパと、ママって呼んでくれないか?何故かお父さん、お母さん呼びになってて悲しいんだぞ?」
「あ、そういえば…」
「これからは戻して呼んでくれよ。あと、しっかり悩んで決めること。決めたことはしっかり報告するように。」
「分かった。ありがとう。」
「じゃあ、この話終わりっ!各自動けっ!」
「はーい」

パパの一言でママも雪ねぇも、納得してくれた。だからこそ、私はしっかりと選択しなくてはいけない。
「頑張るぞ…」

その後の日々は、苦しくて、とても長く感じた。木井先生の元に行って詳しい話を聞いてみたり、それによって起こる事を聞いたり、私にとってプラスになることは0に等しかった。でも、成功すればこの先の患者は治癒することも出来る。
それは奇病を患った人からすれば奇跡にも近い薬になるんだろう。
その人達に薬を作りたいけれど、これ以上早く死にたくない。
家でも感情は不安定になる。
他の人からすれば、協力すればいいのにとか、嫌ならやらなきゃいいのにという考えになるだろう。
でも私にとっては、あと一年の寿命をこれ以上減らすか、減らさないかという選択肢になるのだ。
だからこそ、ここまで悩んでしまう。
どうしても、誰かに相談したくて、私は陽汰ではなく、真奈に相談した。
「真奈、今から会えないかな?」
「いいよ〜。何処にする?」
「学校前で!」
「はーい!」

「さーちゃーん!」
「真奈〜、ごめんねいきなり」
「いいよ!どうしたの?」
「あのね…」
今悩んでいることを全てうちあけた。
「そっかぁ。薬かぁ。…一つ、聞くよ?」
「うん?」
「咲那は、どうしたいの?」
「えっ、」
真奈が私のことを咲那と呼ぶ時は真剣な話をする時だけだ。
「私はね、やりたいよ。でも、怖い。協力して早く死んじゃうかもしれないんだよ。怖いよ。」
「怖いなら、やらない方がいいよ。」
「でも…」
「咲那が、本当に協力したいと思った時でいいと思う。決心できた時にしなきゃ、後悔するよ。」
「本当に…か。ありがとうっ!参考にする!でも、今ので決心が着いたかも!」
「そう?良かった(笑)」
「ありがとう!」
「さーちゃん!迷ったら、すぐ相談してね!絶対だよ!」
「分かった!ありがとう!」

その日の夜に考えて、私は一つの答えを出した。
「ママ、パパ、雪ねぇ、私決めたよ。」
そして、私はその結論を伝える。
「私、奇病に、この病に明るい日差しを作りたい!もし、寿命が短くなっても私はこの後の患者さんに役立てて欲しいと思ってる。短くなった寿命は、自分で伸ばすから、私は協力したい。」
「そうか。なら、そうしなさい。パパもママも、雪も咲那をずっと応援するよ。」
「っ、ありがとうっ、」
「なんでそれだけで泣くのよ〜。もー。」
「咲那、頑張って決めたんだよね。私も応援するよ。あの木井なんちゃらって人は気に入らないけど、あの人のためじゃないから許すっ!」
「ありがとう、頑張るから、絶対、完成させるから!」
「完成させるんだぞ、頑張れ。」

次の日、木井先生に電話をして、私は研究所に向かった。
ハル先生も一緒に来てくれた。あの先生が失礼なことしないようにって一緒に来てくれた。
「こんにちは、」
「あぁ、咲那さん、お久しぶりです。」
「お久しぶりです。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。どうぞ、あー新塚先生もこちらどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「今日、日比谷教授も来る予定だよ。新塚先生、久しぶりになるんじゃないか?」
「物凄く久しぶりよ。会えるのは嬉しいわ。」

日比谷教授、それは陽汰のお父さんだろう。しばらく会っていない。陽汰も仕事が忙しいことも知っていてあまり会っていないと聞いた。私が奇病にかかったことを陽汰パパは知っているだろうか。
「そろそろ来るかな。見てくる。」
「失礼なことないようにね!」
「当たり前だろ」
「はぁ。大丈夫かしら、」
「あの…ハル先生と木井先生ってどんな関係ですか?」
「んー、私が研究所で働いていた時の同期なのよ。あの頃から思ったことは全部口に出すから敵が多くて。」
「そうだったんですか」
「いつの間にか木井は一人で研究するようになっていた。でもね、日比谷教授は木井の研究に唯一アドバイスをしてるの。私も木井とは同期ってこともあって時々喋ったんだけど、まぁ当たりが強くて…」
「へぇ〜。」
「日比谷教授がいらっしゃった。咲那さん、はじめましてだろう。」
「こんにち、はって、あぁサナって咲那ちゃんの事だったのか。久しぶり。病気はどうだい。」
「え、知り合いですか…?」
「あぁ。隣の家の子なんだ。うちの子と同い年でね。陽汰、元気にしてるかな?」
「えぇ?本当ですか…」
「はいっ。陽汰パパです」
「陽汰パパ?!教授をそんな風に呼べるなんて…」
「咲那ちゃんだからねぇ。君たちは駄目。」そんな会話で気がほぐれた。これから始まる研究は、私と、木井先生、ハル先生、そして日比谷教授が主となって進められていく。私の血液を採ったり、様々な試験薬を試したりする。これはマウス実験が成功し、人間で試される薬の為、何が起こるかわからない、そんな実験でもある。
学校に通いながら、渡された薬を服用する。
陽汰が隣で支えてくれたり、真奈が荷物を持ってくれたり、二人がいなくちゃ出来なかった。
薬の副作用を解明することも大事な仕事の一つなんだ。
ただ、具合がどうしても悪くなってしまう時がある。これまでは無かった吐き気、目眩の症状。
学校でその症状が出てしまうとかなり辛い。
花が少し小さくなる気もするが、数日経てば元通りになっていて、その時は悲しくなる。
季節は秋の暮れ。
そろそろ体育祭が開かれる。私は応援に徹するが、唯一陸上競技だけは出れたら出ることにした。
あの日、最後だと思っていたはずの陸上をもう一度できるなら嬉しい事だ。
少しだけ家でトレーニングをしたり、短距離を走ったりしてう。
私自身、楽しみだったのだ。クラスユニフォームに身を包んで走れる事を望んだ。
そして、体育祭当日、薬を夜に飲むことにして、私は陽汰と学校に向かった。
いくつもの競技を応援していたら、途中で少し倒れそうになってしまったけれど、何とか持ち直していた。
そして次は陸上競技。私の出る二百メートル走のある競技だ。
二年B組のユニフォームは黄色のカラー。エネルギッシュなカラーに身を包んで私は舞台へと飛び出した。
「今日は、全力で走る。」
ユニフォームで隠れることの無い私の身体に咲いた花を十分に照らして、私はその場に立つ。
眼帯も外して、自分の本当の姿。後ろに居た真奈が私の背中をトンと押した。
「真奈?」
「全力で行ってきな!」
「っ分かった!真奈もね!」
横に並んでいるのは各クラスの瞬足達。性別もごちゃ混ぜで勝てるかどうか不安にもなる。ただ、私はその人達に一言、
「全力で、遠慮なしに走ろう。」
と宣言した。
「位置について、よーい、」
頭に思い浮かべたのは、小学校から続けてきた陸上の思い出。
色々な大会に出て、泣いて、笑って楽しかったんだ。
でも、これがきっと最後の景色。本当の最後だ。全力で、駆け抜けよう。
楽しもう。
「パンっ!」
ピストルの音と同時に地を蹴る。体に触れる涼しい風は、あの夏を思い出す。
花が揺れる、視界もぐらつく。それでも止まらなかった。隣を走る人に負けないように走った。
…そして、僅差で私はゴールテープをきった。
辺りから聞こえる歓声、それは私に向けてのものだった。競技の途中なのに私の周りには沢山の人がいた。
「咲那!」
「ひな、た!」
「これ、全部咲那に向けてだぞ!あの二人に女が勝てるわけないって思ってたのに、勝ったからみんな驚きが隠せないんだよ!やったな!咲那!」
「うん、うん、陽汰、走りきる時から、涙が止まらないの。みんなの歓声が耳に届いてからもっと止まらなくなった。」
「いやー、咲那早いわ。」
「ほんとだよ。さすが、陸上エース」
「ありがとうっ、二人とも。」
「走れてよかったよ。咲那と走ってみたかったから。…にしても早いな。俺ももっと頑張んなきゃ」
「あの、俺の咲那だからね?」
「分かってるわ!陽汰から奪ったら殺されるだろ!」
「そりゃ、ね?」
そんな会話を聞いていたが、私はだんだん身体中の力が抜けていくことに気がつく。
「陽汰、力入んなくなった、」
「まじか、保健室行く?」
「やだ、真奈応援するの。」
「じゃあそれ終わったら行くぞ。」
「うん。ありがとう」
私は席に戻って、真奈を応援した。真奈も一位でゴール。コチラに向けたVサインがキラキラと輝いていた。
それを見て、安心しきってしまって、私の意識はプツッと途切れた。
*☼*―――――*☼*―――――
「んっ、」
「咲那!」
「ここ、どこ?」
「保健室。今みんなお昼食べてるよ。」
「あ、そっか。じゃあ私達も行こ。」
「だ、大丈夫なのか?」
「うん!大丈夫!行こ!」
私もみんなとお昼を食べて、体調も心配になったので薬を飲んだ。
午後は、応援だけをしていた。そこまで頑張りすぎないようにしながら楽しんでいた。
陽汰もサッカーに出て頑張っていた。ただ結果は二位で悔しいな〜と言っていた。
総合順位は、なんと学年一位!
みんなで頑張った綱引きが得点を大きくプラスしたようだった!
みんなで喜んだ。写真も笑顔で撮ることが出来た。
そんな楽しい体育祭は、今年で最後になるんだろう。

その日の夜、疲れもあってか体調がだいぶ悪くなった。
次の日は起き上がれなくなってしまって学校をお休みした。みんなに会いたかったが仕方がない。
ベットに寝転がっている時、電話の音がしたが、動けなくてその場に居た。
直ぐにママが部屋に来て受話器を渡してくれた。
「もしもし、」
「春夏です。薬の調子はどうかな?」
「あんまり分かりません…副作用が相変わらず大きくて…」
「そうよねぇ、つぎの土曜日来れるかしら?」
「大丈夫です。」
「じゃあ、その時に。突然電話してごめんなさいね。」
「いえ!また土曜日に!」
「ええ!じゃあ失礼します。」
会話が終わって一定の音しか聞こえなくなった受話器をママに渡して、私はまた寝転がる。
身体に咲いた花はどんどん増えていく。最近は少しずつだけれど増えている。
桜の花は左手を囲うようになっていた。
一つだけ、咲いて欲しい花がある。ただそれだけは咲いてくれない。
種類は目に咲いたガーベラ以降増えなくなってしまったのだ。
その花が咲いてくれたらいいなぁと思っているから、私はその日の日記にその花の名前を書いておいた。
その日は陽汰と真奈にあげようと考えているアルバム作りを少しだけ進めることが出来た。
私が居なくなるまでに完成させられますように。

あれから、土曜日はすぐに来て奇病に効くであろう物質が分かってきたことを伝えられた。
そして、そろそろ薬として完成するであろうことも同時に知った。
休んだ日を境に私の体調が完全に復活することはなくなって行った。
段々と自分の死期が近づいてきているような気もしていた。
ただ、私はそれに抗おうとしているのだ。もっと生きてやる、みんなとずっと一緒にいたいから。
…私が協力し始めてから二ヶ月程経った頃、テレビでは
「奇病に効く薬の開発成功!」
そんなニュースが多く取り上げられるようになっていた。私の名前は伏せられて居たが一人の花咲病患者に協力してもらったとの報道もされて、私は嬉しく思った。
小さな女の子や、毎日忙しく働く女性や男性の発症者の方に運ばれると聞いた。
私はこの病に、新しい流れを作ることが出来たのだろうか。
今はまだ分からないけれど、数年経てばやっと奇病も治るものになるのだろうか。いつか必ずそうなってもらいたい。
その第一歩に関われた事実を私は誇りに思っている。

何処かでもしも私を見ている人がいるならば教えてください。
私のしたことは、後ほど役に立っていますか?
私という一人の花咲病患者は、役に立ちましたか?
答えの分からない問いを心で一つ呟いた。
私はテレビに映る嬉しそうな少女を静かに見ていた。
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