最期の花が咲く前に
14章、花咲病
あの仮結婚式から数週間、私の体力はみるみると減り、今はずっと家にいる。
時々外に出ることもあったけれど、車椅子に乗って陽汰や真奈と公園に行ったりするくらいだった。
私の花は相変わらず綺麗に咲いていた。
そして、今日は陽汰と真奈がいつものように家に遊びに来ていた。
「体調どう?」
「んーまあまあかな。悪くは無いよ。学校どうなの?三年生、楽しんでる?」
「いつも通りかな。三年生で変わった事ってあんまり無いよ。」
「そっか。変わらないよなぁ。はぁ学校行きたい。」
「そうだよね〜。でも、みんな咲那居ないとなんか落ち着かないなって、今も言ってるよ。」
「えーそうなの?なんか嬉しいね。」
「俺とか咲那居ないから、楽しみほとんどないんだからな?」
「え〜?ホントなの?」
「ホントー。暇ー」
「なんかさ、陽汰だいぶ変わったよね。さーちゃんと付き合ってから、明るさが増したね。」
「そうか?明るくなったならいいけど(笑)」
二人のいつもと変わらない会話が私の心に安らぎをくれる。
いつもと同じかと思っていたら、二人は唐突にあの公園に行こうと言い出す。
「ほら、」
そうに言って陽汰は私の事をおんぶして公園に走っていく。
真奈も楽しそうに笑って私の隣を走っている。
公園に着くと、見知った顔が沢山あって近づくにつれてその視線は私の方に向く。
「連れてきましたよ〜。」
「おー久しぶり!咲那!」
そこには学校のみんなが揃っていた。その人達は今日来れた人が来たのだと聞いた。
「なんで、ここに?」
「んー…植林活動?え、植林?」
「アホか。植林じゃないわ。」
「え?何…?」
「もー!私が教える!これはね、みんなで咲那とここにお花畑作ろうって思ってるの!」
「お花畑?」
「お花の種類はね、薔薇、花水木、ガーベラ、マーガレット、そして桜。これは全部咲那のお花。時期が来れば綺麗に咲くよ。」
「私のお花」
「そして、咲那が大好きなレモンの木。花が咲いて、実をつける。」
「レモン…」
「これはね、みんなで今咲那に何ができるかな?って考えて一番実現させたかったものなの。」
「みんなで考えてくれたんだ。嬉しい。」
「俺からも、」
そう言ってクラスの委員長、深崎君が話してくれた。
「始めに咲那の病気を見た時は俺達、かなり怖かったんだ。あんまり詳しいことが分からないし、その分移ったりするんじゃね?とか考えてた。でも咲那がちゃんと説明してくれたおかげでそんな怖さなくなったんだ。咲那は俺達に奇病の苦しさも悲しさも、そして綺麗な所も、沢山教えてくれた。どんな時でも笑顔でポジティブな咲那にいつも元気をもらってた。俺達が貰ってばっかりで何かお返しがしたかったんだ。だからこの場所に咲那への感謝と、ここに生きた花咲病を残しておきたいって思ったんだ。」
「私を此処に残してくれるの?…すっごい嬉しい。」
「咲那、俺言っただろ?最後の時も幸せにするって。…最後じゃないけどさ、みんなで出来ることは早いうちにしておきたかったから。」
「幸せだよ。みんなに沢山支えてもらって、幸せだよ。」

たくさんの花が植え終わると、そこは大きなお花畑になっていた。終わった頃、見知らぬ人がこちらに走ってきて、
「遅れました!こちらご注文の物です!」
「お、咲那、あれ貰ってこれるか?」
「分かったよ〜」
たどたどしく歩いてそのご注文の物を受け取る。
「ありがとうございます。これは、?」
その渡されたものには『SANA FLOWER』と彫られた看板のような物。
「綺麗に仕上がりましたね。此処が街の人たちの憩いの場になるんでしょうね。嬉しいものです。」
「綺麗です。とても。」
「咲那〜それ持っておいでよ〜」
「うん!じゃあ、失礼します。」
「はい。…咲那さん!私の娘は花咲病の患者でした。でも学校のいじめが原因で、自ら命を経ってしまいました。咲那さんは、花咲病患者の人達に多くの希望を作ってくれました。本当に、ありがとうございます。」
「そんな、私は何も、」
「薬、娘には使うことが出来ませんでした。でも今社会では花咲病が治る病気になったんです。それは咲那さんのおかげですよ。…少し無駄話してしまいましたね。では失礼します。」
「あの、ありがとうございます。娘さんにも、使って貰えたら良かったです…」
「いえ、気にしないでください。きっと空で笑ってくれてます。花咲病が治るのは本当に凄いことなので。」
私の薬は花咲病患者の第一に使える薬になっていた。今では私がその薬を作ることに協力したことが多く知られている。
来た道を引き返していく名前も知らない人を見ながら、私は少し考え事をする。
この人の娘さんは、あの日テレビで見た子だろうか。あの日見たニュースで、私は少しでも差別のない社会になって欲しいと思った。少しは叶えられたのだろうか。そうだったら嬉しい。
みんなの元へ戻ってその小さな看板を土に立てる。
「なんか、恥ずかしいね。」
「あはは。まあいいじゃん?綺麗な花の咲く咲那の公園。」
照れて笑いながらも、嬉しかった。こんな風に形として残れるのは、光栄な事だったし、
花咲病をもっと理解してもらえるようになって欲しいし。
その後、その場所に行けるまでは連れて行ってもらって花に水やりをしたり、そこで陽の光にあたったりした。
それでも、病の進行は止めることが難しくて、私は外に出ることが出来なくなっていた。

「ごほっ、ごほ、」
咳をすれば、血に混じって花びらが舞い、自分でも綺麗に思った。
でも、その度に痛む肺、喉、体の至る所にたくさんの痛みを感じていた。
陽汰が痛いところを治るようにって言いながら痛み止めを塗ってくれたり、真奈が「大丈夫、大丈夫。」と時々震えながら声をかけてくれた。
*☼*―――――*☼*―――――
その日は、三年目に入って数日経った日だった。
私は体の異変を感じとり、ママと、雪ねぇを呼んだ。
「たぶん、そろそろ終わっちゃう。」
それは、私がここから居なくなるという事を示すそんな言葉を告げる。
私は二人にあの公園の見える場所に連れていってもらった。
最期の時は、あの場所を見たいと考えて、近くにある施設を借りる事にしていた。
その施設は公園が良く見えて、サッカーをする小学生が沢山いた。
道を行き交う中学生や高校生もよく見えた。
廊下を走る音、部屋の前で立ち止まり扉が開く。
今にも泣きそうな顔の二人が居た。
「どうしたの、二人共そんな顔で」
「だって、さーちゃんが!」
「死んじゃうって?ふふ、そうだよ。もう少しで、死んじゃう。」
「逝くなよ、咲那」
「陽汰…ごめんね。」
「っ…嫌だよ、咲那」
「私も、嫌だなぁ。死にたくないなぁ。」
ハル先生もすぐに駆けつけてくれた。私が楽な姿勢にしてくれた。
「体、痛いよね。大丈夫かしら…」
「あの、もう痛くないんです。」
「痛く、ないの…ね。」
それは私が本当に最後だとわかる事だった。花咲病は死ぬ間際、体の痛みが嘘のように無くなるという。
「ねぇ、私、まだ最後の花咲いてない。」
それは、ずっと見たかった私の最後の花なのに、未だに咲かない。それなのに体は終わりへと向かっている。
「じゃあ、まだなんじゃ」
「ううん。もうおしまいなんだよ。もう、痛くないんだよ。」
「なんで、なんで!」
悲しそうに叫ぶ陽汰。私は本心を伝える。
「陽汰、私ね今すごい幸せなの。みんなが居てくれてずっと近くに居てくれてすごく幸せ。あと、パパが居ないと駄目だけど。だから、笑って?最後に見る顔は笑ってて欲しい。」
軽くなった手を陽汰の頬に当てて、涙を拭う。
真奈もずっと私の傍らで泣きじゃくっていた。
「真奈も、泣かないでよ。ほらっ」
まるで病気の無かったあの頃に戻ったかのように身体は自由に動いた。
「もう、最後だよ。…だから、いっぱい笑おっか!」
「さーちゃん…うんっ!笑おうか。」
そうに目を擦って真奈はいつもの笑顔を浮かべた。
そうして、あのころと何も変わらない会話に沢山笑った。
そのうち、私の周りを見たことの無い花びらが舞っていた。
「これ、何?」
「なんだろ?…レモンみたいな匂いがする。」
「レモンの花?」
「それが、咲那ちゃんの最後の花よ。」
私の最後の花は、大好きなレモンの花だった。
素直に嬉しかった。でも、それは私の命が尽きてきたことを知らせる花でもある。
「最後が、レモンだなんて嬉しい。でも、まだ咲ききってないね。きっと、その花の最後が咲いた時私は死んじゃうんだね。」
「ついに、来たんだな。」
「パパ…間に合ったんだね。」
「間に合った。咲那、これ、受け取ってくれ。家族から最後の贈り物だ。」
「花、束…?」
「咲那、産まれてきてくれて本当にありがとう。思い残したことばかりだけれど、その分たくさんの幸せをありがとう。」
「ありがとうっ。パパ、ママ、雪ねぇ。大好きだよ!」
「ママも大好きよ。」「私も、咲那のこと、だ〜いすきだよ!」
三人はずっと笑ってわたしを抱きしめる。
私も精一杯の気持ちを込めて抱きしめ返す。
「ほら、二人と話してきな。」
「うんっ。」
とっくに涙なんて流れていた。それでも私は笑った。笑顔でいたかったから。
「真奈、ずっと私の事心配してくれてありがとう。死んじゃうなんて本当にごめんね。」
「良くはないけど、許す。たくさんの幸せを私にありがとう。」
「こちらこそ、ありがとうっ。」
真奈を抱き締めて、私は泣く。真奈もずっと泣いていた。
でも、そのうち真奈は涙を止めて、
「陽汰と、ちゃんと話してね。」
「分かった。」
私の事を陽汰の元に送り出す。背中を優しく押して、
「陽汰、最後に話そう。」
「!うん。分かった。座ろか、疲れるだろ?」
「あはは、そうだね。疲れた。」
「じゃあ、」
「ここに座るね。私、此処がいいから。」
それは私の最後のわがまま。
「分かったよ。ほら、おいで」
陽汰の膝の上に座る。
「陽汰、私ね、陽汰がいなきゃ、もっと早く居なくなってたよ。」
「そうなのか?嬉しいな。」
「陽汰のこと、だーいすきだよ。」
「俺だって、大っ好きだよ。」
私の事を力強く抱き締めて、背中に流る陽汰の涙。
「もー。泣かないでよ。」
「ごめん、でももう止まんないや。」
「私も泣いちゃうからやめてよ。」
「俺は、ずっと咲那が好きだった。やっと付き合えたみたいになったのに、もうお別れとか俺、どうすればいいんだよ。」
「ごめんね。」
「咲那、でも俺、あの日咲那に言われたこと、忘れてないよ。でも、出来ないかも。俺の本当のお嫁さんはね?咲那しかいないんだよ。区切りがつけられたら考えてみるから。あと、また一緒に旅行行こうな?」
「一緒に行っていいの?」
「連れてく。あの店のシェフの所とか行かなきゃ。楽しみだな。」
「そうだね。楽しみだ〜」
「咲那、出会ってくれてありがとう。俺、幸せだよ。」
「ふふ、私も。」
最後のキスはレモンの香りがした。
そして、身体の力が突然抜けて、私は陽汰に支えられる。
「咲那!」
その声で、この場にいた全員は私の元に駆け寄ってくる。
「咲那!」「さーちゃん!」「咲那ちゃん!」
そんな声が聞こえた。
「はな、たば、ある?」
「あるよ、ほらっ!」
「ありが、と。」
「みん、な、ありがとう。楽しかった。」
「私も、楽しかったよ!だから、悲しすぎるよ!」
「ごめ、んね?」
「いいよっ、いいよ、さーちゃん、大好きだよ、」
「咲那、ママの子に生まれてきてくれてありがとう!大好きよ!」
「私の妹でいてくれてありがとうっ、私も大好き!」
皆のそんな声が沢山聞こえた。
そんな言葉が少し収まった時、陽汰があの日の私に似た一言を言ってくれた。
「咲那、本当にお疲れ様。ゆっくり、休んでね。」
「…」
声で伝えることは、叶わなかった。一筋の涙が落ちる。
それは花束を抱えた片腕に落ちて、そこにレモンの花が咲いた。
俺はそれを見て綺麗だと思った。
咲那を奪ったのに、綺麗だと思ったんだ。
レモンの花は君の身体の所々に咲き、周りを包み込んでいた。

私は、きっともう動かなくなってしまったんだろう。
声も聞こえなければ、感覚もない。謎の浮遊感だけを感じていた。
真っ白な景色に漂う体を操作することは難しかった。
目の前にいる見覚えのある後ろ姿の二人の元に導かれるように進んだ。
そして、私は。
*☼*―――――*☼*―――――
「咲那、咲那、」
いくら名前を呼んでも反応がない。
「陽汰くん、少し、」
俺の腕に眠った咲那にハル先生が近づいて脈を取る。目に光を当てて、静かに光を消す。

八月二十八日、暑い日差しのさす時間、君は眠るようにこの場から消えてしまった。
俺の手から消えていくぬくもりが更に涙を止まらなくさせた。
まだ目を覚ましそうなのに、もう覚まさないそんな事実が受け入れられなかった。

花咲病、それは今では彼女の頑張りによって治る可能性の出てきた病気。
この病気は、美しくて、儚い。
君に咲いた花は未だに輝いている。それが、少し憎く感じるような気もしていた。
ただ、腕の中で眠る君のその柔らかな笑顔がそんな感情を消して、この病気に美しいという感情を生み出しているのではないかと考えてしまうほどに可愛らしかったんだ。

「咲那、愛してる。」

僕の大好きな人は、花咲病でした。それでも、健気に頑張っていました。
もしも今これを見ている人がいたのなら、どんな風に見えたのでしょうか。
悲しい話、優しい話、それは分かりません。
ただ、一つ伝えれるなら、貴方が大切だと思った人を心の底から愛し、支えてあげてください。
僕にはもう出来なくなってしまいました。
だから、この短い物語を見た貴方には、これからそんな風に誰かを支えてあげてほしい。
それが僕の、日比谷 陽汰の願いです。
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