最期の花が咲く前に
5章、咲いた思い
まだ夏のように暑い朝、Limeに来ている通知音で目覚めた。
「ん、誰?」
そこにはマスクさんからのメッセージが入っていた。
「追加してから、挨拶をしていなかったから、今します。」
という言葉の後に可愛らしいスタンプがひとつ送られてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ぺこりとスタンプを送っておいた。
にしてもマスクさんのスタンプが可愛い。ほわほわしたデザインのスタンプがよろしく!と動いている。
腕の桜は、相変わらず枯れることなく咲き誇っている。
その時、首筋に痛みを感じた。
「あれ、寝違えたかな?」
ただその痛みは直ぐに消える。なんだろ、少し痛かっただけかな?
ピロン~♩♩
陽汰からのLimeだった。
「今日、適当に駅前で遊ばない?俺暇〜」
気分がぱっと明るくなる。
「分かった〜遊ぼう!」
「よっしゃあ!じゃあ、10:00に家の前で!」
「はーい」
私はすぐさま行動開始した。陽汰の私服はかっこいいから、頑張らないと吊り合えないのだ。
「暑いから…これかな。」
私はお気に入りのTシャツと、デニムスカートを選ぶ。
髪をハーフアップアレンジにして、まだ夏っぽいメイクもした。
ただ、腕に巻かれた包帯が少し嫌だけれど。
「んー…これとって出かけても平気だよね…」
私は包帯を外す。桜の花が腕で綺麗に輝いていた。
「陽汰、びっくりするかな?」
夏らしいメイクに、ピンクを混ぜて桜に合わせる。
時刻は丁度10:00くらいに。
お洒落なサンダルを履いて、外へ駆け出す。
家の前には既に陽汰が居て、とびきりの笑顔で
「おはよ。」
と。お洒落な姿は大学生じゃないかと思う程。背も高いし、顔もモデルみたいにかっこいいから余計にそう思う。
「咲那、今日の服可愛い。お揃いみたいだよ。」
「あ、ほんとだ!Tシャツとデニム」
「やったね。カップルみたいじゃん。」
イタズラな笑みを浮かべる陽汰は、この日差しに似ていた。
「ほんとだね。カップルみたい。」
私も思わず笑ってしまう。
「あと、腕、桜綺麗だね。包帯とったんだ。」
「うん。持ってきたんだけど、服装に合わないから取ったの。綺麗でしょ。」
「咲那に似合うよ。綺麗。」
「綺麗って、花がね?」
「いや、咲那が綺麗なの〜」
「ばーか。」
このノリで、好きだって伝えればいいのに。それが出来ない私はやっぱり弱虫だね。
「今日どこ行く?んー…ショッピングモールで涼みながら過ごしますか?」
「それいいね!行こう!」
私達はゲームセンターで遊んだり、夏の間にやっているお化け屋敷で叫んだり、
雑貨屋でお洒落なものを見たり、本屋で文房具を買ったりと、凄く楽しんだ。
「お腹空いたー。」
「俺も!じゃあ、ご飯食べましょう〜」
いつもここに来た時に寄るレストラン。パンが沢山あって、とても美味しいのだ。
「さて、今日はぁーこれで」
「俺はー、これ。」
注文を済ませたあと、私達は喋り始める。
「みんな、咲那の花よく見てたね。」
「まぁ、変わったものだからね。仕方ないよ。」
そう。まだ奇病は知られているようで知られていない。
中には、奇病は移ると思う人もいるらしく、まだまだ生きにくい世の中だ。
「早く、奇病の認識が広まるといいな。」
「そうだねぇ。あ、この後さ、ゲームセンターでプリクラ撮らない?」
「えー俺あれヤダ〜。暑いじゃんかー」
「思い出をくださいよ〜。お願いっ」
陽汰にお願いしてみる。まあ、ただ、陽汰との写真が欲しいだけだけれど。
「…しょうがないなぁ。一回だよ?」
「いいの?やった!ありがとう!」
「いいえ。」
嬉しがっていると、また首筋に痛みを感じる。朝とは違う、少し強い痛み。
「いたっ、っー」
「大丈夫か、咲那?」
そして、首筋を裂くように走る痛み。
痛すぎて、私は陽汰の腕を強く掴んでしまう。
「痛い…。いたいよ…」
首に感じる異物感、それは咲いてしまった花だと理解する。
「血が出てる、ちょ、こっち来て、」
陽汰は落ち着いているようだが、焦っていることが分かる。
「っ、痛い…」
陽汰に首元を抑えられる。周りの人は多分気づいているだろう。でも静かだった。
…
「止まったみたい。大丈夫か?」
痛みはすっかり引いていて私は普通に戻っていた。
「うん。ごめん心配したよね。」
「はぁー。怖かった。」
「だよね、ごめん。」
「失礼します。お客様、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。すいません。」
「では、ご注文のお品でございます。」
美味しそうな料理が並ぶ。店員さんは落ち着いた様子で微笑んでいた。
「ありがとうございます。」
自然とお礼を言っていた。だって、私と陽汰はきっと尋常ではない雰囲気を放っていたはずだ。
それを何も無かったかのように接してくれて嬉しかったから。
「失礼します。」
また、優しい微笑みで帰っていった。
「優しい店員さんだね。」
「うん。そうだな。良かった。」
私達は少し静かに、その料理を食べる。美味しいのに、何故か悲しかった。
「あ、プリクラどれで撮るんだ?」
「え、あぁ、あれにしようよ」
陽汰がいつものように話してくれた。優しい笑みを浮かべて。
「ありがとう。陽汰」
「ん?いいよ別に。咲那が笑わないと、なんか変だしさ。」
「変なの?何それ。そうだ、私、なんの花が咲いてる?」
気になった。触っただけでは分からないし、自分で見るのも怖かったから。
「これは、薔薇なのかな?真っ白な薔薇だと思う…」
「え、薔薇なの?!やった!嬉しい!」
「え、薔薇が良かったのか?やったじゃん。」
嬉しかった。薔薇が良かったから。そして、白い薔薇は同時にマスクさんを彷彿とさせる。
「マスクさんと一緒だ。」
「マスクさん?だれ?」
「えっとね、白化病の人で、優しい人なの。凄い綺麗なんだよ?」
「へー。女の人?」
「ううん、男の人。」
「へー。そうなんだ。」
少し不機嫌そうな陽汰。何故かよく分からないけれど。
「薔薇、綺麗?」
「うん。白くて綺麗だよ。桜に似て、綺麗だし、似合う。」
「また言ってる。花が綺麗なんだからね?」
「咲那は綺麗だろ。」
いつもと違う少し大人びた笑みが、陽汰をまた美しく見せる。
「…綺麗で羨ましい。」
「なんて言った?もう一回言ってー」
「やーだね。べーだ。」
私達はそんなことを言いながらプリクラを撮りに行く。
陽汰はうだうだ言いながらも楽しそうにプリクラを撮る。
私の花も綺麗に写っていた。初めてみた薔薇の花は綺麗で、自分のものじゃないみたいだった。
「本当に薔薇、綺麗だね。」
「だろ?綺麗なんだよ。言ったろ?」
「うん。綺麗です。」
また二人で笑う。ずっと一緒の私達はいつもこんな風に笑っていられる。
「楽しいな。」
そう一言出ていた。
「俺も、楽しいよ。」
時刻は夕暮れ。陰ってきた太陽を背に私達は歩く。
「なぁ、公園行かね?」
「別にいいよ。行こっか。」
陽汰が公園に行きたがるのは久しぶりだった。最後に行ったのは、私の病気を打ち明けた時か。もう一ヶ月くらいか。
「はい。いつもの」
「おーありがとう。あ、今日はブラック買ったね?」
「おうよ、ミスってないぜ」
ぷはぁとレモンスカッシュを飲むと、陽汰は笑って
「ほんと、レモン好きだな。真奈も言ってたよ、さーちゃんがレモン好きすぎて、レモンになっちゃいそうだ!って。」
「うぐ、だって好きなんだもん。仕方ないじゃん…」
「俺がブラックとか、エナジードリンク好きなのと一緒か。」
「そう。そゆこと!」
「…で、何の話ですか?!」
「あ、バレてたか。」
「そりゃそうでしょ。」
ここに陽汰が来る時は、いつも悩み事があったり、相談事があるときなのだ。
「はぁ、じゃあさ、何言っても怒るなよ?」
その言葉の意味が理解できなかったが、まあ別に良かったので
「いいよ。了解しました。」
はーっと息を吐くと、決意したように私を見ると
「俺は…咲那が好きだ。ずっと」
好きだと言われた。信じられない。
「え、本気じゃないよね?だって、陽汰だもん。絶対嘘だね。」
私が笑っても、陽汰は真剣な眼差しで言う。
「俺は本気だよ。咲那がいいなら、付き合いたいとも思ってる。」
「でも、」
私は花咲病だ。三年以内に死んでしまうし、それより早くに陽汰を愛せなくなるに決まってる。
「咲那が、花咲病なのも、理解してる。これから何があっても支える、だから。」
「ごめん。」
「っ、そっか。」
怖かった。これから多くの心配をかけたくなかったから。
「私ね、陽汰の事、嫌いじゃないよ。でも、嫌なの。これから弱っていくのを見られたくない。いつか、愛せなくなるのに、嫌だ。陽汰と、一緒に大人になれないんだよ。それが辛いの。」
「それでも、いいよ?俺は。」
「私が嫌なの。ごめん。」
「そう、か。」
「でも、これからもいつも通り、接してくれないかな?今日みたいにお出かけもしたいし、」
「当たり前だろ。俺は、これからも咲那が好きだからな?」
「私だって、陽汰が好きだよ。でも、付き合えないの。」
「気持ちが変わったらさ、教えてよ。俺は咲那とならいつでも付き合いたい。支えたいんだ。大切な人として。」
「分かったよ。」
「ま、俺はこれからも、勝手に大切な人として支えるからねん。よろしく。」
「はいはい。…私も、そうに思っておきます。」
「そう思うなら付き合ってくれよ…まぁ、仕方ないんだけどさぁ」
悲しいはずの話題は、笑いながら話されていた。
「やっぱり私達、バカだよね。だって、こんな話題で笑ってるんだよ?」
「ホントだよ。バカだ。」
そう言いつつ笑っていた。その日は、久しぶりに帰りが十七時を過ぎていた。
「こんな時間じゃん。そろそろ帰ろうぜ。」
「そうだね。じゃあ、またLimeで。」
「ん。あ、また遊ぼうな!」
「はーい!またね。」
隣の家同士、玄関の前で手を振る。いつもとは違う、彼氏彼女に似たそんな別れ際を。
「あ、おかえり。遅かったのね。って首…」
「ただいま。あはは、首、咲いちゃった。」
「そう…薔薇ね。綺麗。」
「ありがとう。あ、お腹すいたのー。ご飯できてる?」
「出来てるわよ。ほら、早くいらっしゃい。」
「はぁい。わー!美味しそう!」
家族はすっかりこの姿を受け入れてくれた。
優しい家族だなぁと思った。…ただ、一人を除いて、
「え、薔薇咲いてる…大丈夫なの?ねえ、」
この人だ。私の姉である雪ねえ。奇病に付いて調べまくっているみたいで、詳しいのだが、
「首に薔薇?えー、大丈夫?ねぇ、ねぇ。」
とまあこんな感じで、少し面倒くさい。
「大丈夫だよ、もう。心配しすぎ。」
雪ねえは今にも私を抱きしめてきそうに手を広げて震わせながら近づいてくる。
「ヤダよ。」
キッパリ断ると、雪ねえはしょんぼりとして席に着く。
「冷たいよ、咲那…」
「いやー年頃の妹に抱きつこうとするの、少しやばいからね?」
「うぐ、分かるけどさぁ、心配なの。許してよ〜」
「許すけど、やめてね…?」
相変わらずしょんぼりとしたままの雪ねえに、ショックそうな表情がプラスされていて、
私はバレないように笑った。
部屋に戻って、私はマスクさんと、真奈に「首にも花が咲きました」と送る。
二人とも直ぐに既読はつかなかったが、真奈は五分後くらいに既読がついた。
「首にも咲いたかー( ´・ω・`)何の花?」
「薔薇だよー、真っ白な。」
「まじ!めっちゃ見たい。写真送ってよ〜」
「まぁ、いいよ( ˙∀˙ )b」
私は一枚の写真を送る。
「凄いキレイ!キラキラしてるみたい!」
「キラキラしてるみたいだよね!自分でも思うもん。」
「明日楽しみ〜」
「よく見てね〜!」
「あと、陽汰に好きって言われたでしょ!もーなんで断ってるの?」
陽汰、相談していたのか…
「それは…」
困りスタンプと一緒に送る。
「理由は聞いたよ、それなら仕方ないよね。でも、ちゃんと好きってことも言えたみたいだし、良かった。」
「好きとは言えたから良かったよ。」
「まぁ、付き合ってるみたいなもんだよね〜。」
「そうかも〜」
「お幸せに!私も彼と幸せに行くんで。」
そう。真奈にも彼氏がいる。他校のバスケ部みたいだった。塾が一緒で、付き合い始めたらしく、
私も少し顔見知り程度で全く知らない訳では無い。良い人である。
「はいはい。お幸せにね〜」
「はぁい!じゃあまた、朝、話そうね!」
「ばいばいー」
その後、陽汰とLimeをしていた。そこでも馬鹿みたいな会話が続いて、楽しかった。
ただ、それが終わったあと、不安を感じる。
首に咲いた花は、隠せないのだ。
だから、みんなに言わなければいけない。
「大丈夫かなぁー。」
不安だが、やるしかないなぁ。スマホを充電器にさして、手に持つ物をプリクラに持ちかえる。
「陽汰、ごめんね。」
私は陽汰に再び謝る。好きなのに付き合えないのは辛いなぁ、と思いながら。
その日の夜、マスクさんからの返信はなく、私は日記を書いて眠った。
きっと、スマホをいじっていないだけと思い、気にはしなかった。
ただ、私は知らないだけだった。奇病の恐ろしさをまだ、知らないだけだったのだ。
「ん、誰?」
そこにはマスクさんからのメッセージが入っていた。
「追加してから、挨拶をしていなかったから、今します。」
という言葉の後に可愛らしいスタンプがひとつ送られてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ぺこりとスタンプを送っておいた。
にしてもマスクさんのスタンプが可愛い。ほわほわしたデザインのスタンプがよろしく!と動いている。
腕の桜は、相変わらず枯れることなく咲き誇っている。
その時、首筋に痛みを感じた。
「あれ、寝違えたかな?」
ただその痛みは直ぐに消える。なんだろ、少し痛かっただけかな?
ピロン~♩♩
陽汰からのLimeだった。
「今日、適当に駅前で遊ばない?俺暇〜」
気分がぱっと明るくなる。
「分かった〜遊ぼう!」
「よっしゃあ!じゃあ、10:00に家の前で!」
「はーい」
私はすぐさま行動開始した。陽汰の私服はかっこいいから、頑張らないと吊り合えないのだ。
「暑いから…これかな。」
私はお気に入りのTシャツと、デニムスカートを選ぶ。
髪をハーフアップアレンジにして、まだ夏っぽいメイクもした。
ただ、腕に巻かれた包帯が少し嫌だけれど。
「んー…これとって出かけても平気だよね…」
私は包帯を外す。桜の花が腕で綺麗に輝いていた。
「陽汰、びっくりするかな?」
夏らしいメイクに、ピンクを混ぜて桜に合わせる。
時刻は丁度10:00くらいに。
お洒落なサンダルを履いて、外へ駆け出す。
家の前には既に陽汰が居て、とびきりの笑顔で
「おはよ。」
と。お洒落な姿は大学生じゃないかと思う程。背も高いし、顔もモデルみたいにかっこいいから余計にそう思う。
「咲那、今日の服可愛い。お揃いみたいだよ。」
「あ、ほんとだ!Tシャツとデニム」
「やったね。カップルみたいじゃん。」
イタズラな笑みを浮かべる陽汰は、この日差しに似ていた。
「ほんとだね。カップルみたい。」
私も思わず笑ってしまう。
「あと、腕、桜綺麗だね。包帯とったんだ。」
「うん。持ってきたんだけど、服装に合わないから取ったの。綺麗でしょ。」
「咲那に似合うよ。綺麗。」
「綺麗って、花がね?」
「いや、咲那が綺麗なの〜」
「ばーか。」
このノリで、好きだって伝えればいいのに。それが出来ない私はやっぱり弱虫だね。
「今日どこ行く?んー…ショッピングモールで涼みながら過ごしますか?」
「それいいね!行こう!」
私達はゲームセンターで遊んだり、夏の間にやっているお化け屋敷で叫んだり、
雑貨屋でお洒落なものを見たり、本屋で文房具を買ったりと、凄く楽しんだ。
「お腹空いたー。」
「俺も!じゃあ、ご飯食べましょう〜」
いつもここに来た時に寄るレストラン。パンが沢山あって、とても美味しいのだ。
「さて、今日はぁーこれで」
「俺はー、これ。」
注文を済ませたあと、私達は喋り始める。
「みんな、咲那の花よく見てたね。」
「まぁ、変わったものだからね。仕方ないよ。」
そう。まだ奇病は知られているようで知られていない。
中には、奇病は移ると思う人もいるらしく、まだまだ生きにくい世の中だ。
「早く、奇病の認識が広まるといいな。」
「そうだねぇ。あ、この後さ、ゲームセンターでプリクラ撮らない?」
「えー俺あれヤダ〜。暑いじゃんかー」
「思い出をくださいよ〜。お願いっ」
陽汰にお願いしてみる。まあ、ただ、陽汰との写真が欲しいだけだけれど。
「…しょうがないなぁ。一回だよ?」
「いいの?やった!ありがとう!」
「いいえ。」
嬉しがっていると、また首筋に痛みを感じる。朝とは違う、少し強い痛み。
「いたっ、っー」
「大丈夫か、咲那?」
そして、首筋を裂くように走る痛み。
痛すぎて、私は陽汰の腕を強く掴んでしまう。
「痛い…。いたいよ…」
首に感じる異物感、それは咲いてしまった花だと理解する。
「血が出てる、ちょ、こっち来て、」
陽汰は落ち着いているようだが、焦っていることが分かる。
「っ、痛い…」
陽汰に首元を抑えられる。周りの人は多分気づいているだろう。でも静かだった。
…
「止まったみたい。大丈夫か?」
痛みはすっかり引いていて私は普通に戻っていた。
「うん。ごめん心配したよね。」
「はぁー。怖かった。」
「だよね、ごめん。」
「失礼します。お客様、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。すいません。」
「では、ご注文のお品でございます。」
美味しそうな料理が並ぶ。店員さんは落ち着いた様子で微笑んでいた。
「ありがとうございます。」
自然とお礼を言っていた。だって、私と陽汰はきっと尋常ではない雰囲気を放っていたはずだ。
それを何も無かったかのように接してくれて嬉しかったから。
「失礼します。」
また、優しい微笑みで帰っていった。
「優しい店員さんだね。」
「うん。そうだな。良かった。」
私達は少し静かに、その料理を食べる。美味しいのに、何故か悲しかった。
「あ、プリクラどれで撮るんだ?」
「え、あぁ、あれにしようよ」
陽汰がいつものように話してくれた。優しい笑みを浮かべて。
「ありがとう。陽汰」
「ん?いいよ別に。咲那が笑わないと、なんか変だしさ。」
「変なの?何それ。そうだ、私、なんの花が咲いてる?」
気になった。触っただけでは分からないし、自分で見るのも怖かったから。
「これは、薔薇なのかな?真っ白な薔薇だと思う…」
「え、薔薇なの?!やった!嬉しい!」
「え、薔薇が良かったのか?やったじゃん。」
嬉しかった。薔薇が良かったから。そして、白い薔薇は同時にマスクさんを彷彿とさせる。
「マスクさんと一緒だ。」
「マスクさん?だれ?」
「えっとね、白化病の人で、優しい人なの。凄い綺麗なんだよ?」
「へー。女の人?」
「ううん、男の人。」
「へー。そうなんだ。」
少し不機嫌そうな陽汰。何故かよく分からないけれど。
「薔薇、綺麗?」
「うん。白くて綺麗だよ。桜に似て、綺麗だし、似合う。」
「また言ってる。花が綺麗なんだからね?」
「咲那は綺麗だろ。」
いつもと違う少し大人びた笑みが、陽汰をまた美しく見せる。
「…綺麗で羨ましい。」
「なんて言った?もう一回言ってー」
「やーだね。べーだ。」
私達はそんなことを言いながらプリクラを撮りに行く。
陽汰はうだうだ言いながらも楽しそうにプリクラを撮る。
私の花も綺麗に写っていた。初めてみた薔薇の花は綺麗で、自分のものじゃないみたいだった。
「本当に薔薇、綺麗だね。」
「だろ?綺麗なんだよ。言ったろ?」
「うん。綺麗です。」
また二人で笑う。ずっと一緒の私達はいつもこんな風に笑っていられる。
「楽しいな。」
そう一言出ていた。
「俺も、楽しいよ。」
時刻は夕暮れ。陰ってきた太陽を背に私達は歩く。
「なぁ、公園行かね?」
「別にいいよ。行こっか。」
陽汰が公園に行きたがるのは久しぶりだった。最後に行ったのは、私の病気を打ち明けた時か。もう一ヶ月くらいか。
「はい。いつもの」
「おーありがとう。あ、今日はブラック買ったね?」
「おうよ、ミスってないぜ」
ぷはぁとレモンスカッシュを飲むと、陽汰は笑って
「ほんと、レモン好きだな。真奈も言ってたよ、さーちゃんがレモン好きすぎて、レモンになっちゃいそうだ!って。」
「うぐ、だって好きなんだもん。仕方ないじゃん…」
「俺がブラックとか、エナジードリンク好きなのと一緒か。」
「そう。そゆこと!」
「…で、何の話ですか?!」
「あ、バレてたか。」
「そりゃそうでしょ。」
ここに陽汰が来る時は、いつも悩み事があったり、相談事があるときなのだ。
「はぁ、じゃあさ、何言っても怒るなよ?」
その言葉の意味が理解できなかったが、まあ別に良かったので
「いいよ。了解しました。」
はーっと息を吐くと、決意したように私を見ると
「俺は…咲那が好きだ。ずっと」
好きだと言われた。信じられない。
「え、本気じゃないよね?だって、陽汰だもん。絶対嘘だね。」
私が笑っても、陽汰は真剣な眼差しで言う。
「俺は本気だよ。咲那がいいなら、付き合いたいとも思ってる。」
「でも、」
私は花咲病だ。三年以内に死んでしまうし、それより早くに陽汰を愛せなくなるに決まってる。
「咲那が、花咲病なのも、理解してる。これから何があっても支える、だから。」
「ごめん。」
「っ、そっか。」
怖かった。これから多くの心配をかけたくなかったから。
「私ね、陽汰の事、嫌いじゃないよ。でも、嫌なの。これから弱っていくのを見られたくない。いつか、愛せなくなるのに、嫌だ。陽汰と、一緒に大人になれないんだよ。それが辛いの。」
「それでも、いいよ?俺は。」
「私が嫌なの。ごめん。」
「そう、か。」
「でも、これからもいつも通り、接してくれないかな?今日みたいにお出かけもしたいし、」
「当たり前だろ。俺は、これからも咲那が好きだからな?」
「私だって、陽汰が好きだよ。でも、付き合えないの。」
「気持ちが変わったらさ、教えてよ。俺は咲那とならいつでも付き合いたい。支えたいんだ。大切な人として。」
「分かったよ。」
「ま、俺はこれからも、勝手に大切な人として支えるからねん。よろしく。」
「はいはい。…私も、そうに思っておきます。」
「そう思うなら付き合ってくれよ…まぁ、仕方ないんだけどさぁ」
悲しいはずの話題は、笑いながら話されていた。
「やっぱり私達、バカだよね。だって、こんな話題で笑ってるんだよ?」
「ホントだよ。バカだ。」
そう言いつつ笑っていた。その日は、久しぶりに帰りが十七時を過ぎていた。
「こんな時間じゃん。そろそろ帰ろうぜ。」
「そうだね。じゃあ、またLimeで。」
「ん。あ、また遊ぼうな!」
「はーい!またね。」
隣の家同士、玄関の前で手を振る。いつもとは違う、彼氏彼女に似たそんな別れ際を。
「あ、おかえり。遅かったのね。って首…」
「ただいま。あはは、首、咲いちゃった。」
「そう…薔薇ね。綺麗。」
「ありがとう。あ、お腹すいたのー。ご飯できてる?」
「出来てるわよ。ほら、早くいらっしゃい。」
「はぁい。わー!美味しそう!」
家族はすっかりこの姿を受け入れてくれた。
優しい家族だなぁと思った。…ただ、一人を除いて、
「え、薔薇咲いてる…大丈夫なの?ねえ、」
この人だ。私の姉である雪ねえ。奇病に付いて調べまくっているみたいで、詳しいのだが、
「首に薔薇?えー、大丈夫?ねぇ、ねぇ。」
とまあこんな感じで、少し面倒くさい。
「大丈夫だよ、もう。心配しすぎ。」
雪ねえは今にも私を抱きしめてきそうに手を広げて震わせながら近づいてくる。
「ヤダよ。」
キッパリ断ると、雪ねえはしょんぼりとして席に着く。
「冷たいよ、咲那…」
「いやー年頃の妹に抱きつこうとするの、少しやばいからね?」
「うぐ、分かるけどさぁ、心配なの。許してよ〜」
「許すけど、やめてね…?」
相変わらずしょんぼりとしたままの雪ねえに、ショックそうな表情がプラスされていて、
私はバレないように笑った。
部屋に戻って、私はマスクさんと、真奈に「首にも花が咲きました」と送る。
二人とも直ぐに既読はつかなかったが、真奈は五分後くらいに既読がついた。
「首にも咲いたかー( ´・ω・`)何の花?」
「薔薇だよー、真っ白な。」
「まじ!めっちゃ見たい。写真送ってよ〜」
「まぁ、いいよ( ˙∀˙ )b」
私は一枚の写真を送る。
「凄いキレイ!キラキラしてるみたい!」
「キラキラしてるみたいだよね!自分でも思うもん。」
「明日楽しみ〜」
「よく見てね〜!」
「あと、陽汰に好きって言われたでしょ!もーなんで断ってるの?」
陽汰、相談していたのか…
「それは…」
困りスタンプと一緒に送る。
「理由は聞いたよ、それなら仕方ないよね。でも、ちゃんと好きってことも言えたみたいだし、良かった。」
「好きとは言えたから良かったよ。」
「まぁ、付き合ってるみたいなもんだよね〜。」
「そうかも〜」
「お幸せに!私も彼と幸せに行くんで。」
そう。真奈にも彼氏がいる。他校のバスケ部みたいだった。塾が一緒で、付き合い始めたらしく、
私も少し顔見知り程度で全く知らない訳では無い。良い人である。
「はいはい。お幸せにね〜」
「はぁい!じゃあまた、朝、話そうね!」
「ばいばいー」
その後、陽汰とLimeをしていた。そこでも馬鹿みたいな会話が続いて、楽しかった。
ただ、それが終わったあと、不安を感じる。
首に咲いた花は、隠せないのだ。
だから、みんなに言わなければいけない。
「大丈夫かなぁー。」
不安だが、やるしかないなぁ。スマホを充電器にさして、手に持つ物をプリクラに持ちかえる。
「陽汰、ごめんね。」
私は陽汰に再び謝る。好きなのに付き合えないのは辛いなぁ、と思いながら。
その日の夜、マスクさんからの返信はなく、私は日記を書いて眠った。
きっと、スマホをいじっていないだけと思い、気にはしなかった。
ただ、私は知らないだけだった。奇病の恐ろしさをまだ、知らないだけだったのだ。