最期の花が咲く前に
6章、奇病を受けいれること
次の日の朝は、憂鬱だった。
学校に行ったら、この病気をみんなに言わなければならないと考える度にため息が出てしまう。
「行ってきます。」
包帯もしないで学校に行くなんて久しぶりだから、変な気分になる。
「おはよ。お、包帯取ったんだ。」
「おはよー。うん。今日、みんなに言わなきゃだし、隠す必要ないかなって。」
「ふーん。でも、結構緊張してるんだ?」
「えっ、なんで?」
「いつも緊張してる時は、髪を触る癖があるから。」
そんな所でバレるとか、嫌だなぁ。
「あはは、緊張してるよ。だってなんて言われるかわかんないんだよ?」
「そうだな。でも、俺も居るし、真奈も居るから、心配すんな。大丈夫。」
「ありがとう。」
勇気づけられる言葉だった。
「お二人さんおはよー!」
「「おはよう。」」
「あ、薔薇綺麗〜。ほんとに真っ白だね。」
「でしょ。で、今日みんなに言わなきゃだなぁって思って。」
「そうだね、隠せないし、言うしかないよ!体育の時も休みやすくなるし。」
「そうなればいいなぁ。」
「私と陽汰が助けるから大丈夫!」
「陽汰と同じこと言ってるよ?ありがとう。」
「陽汰も同じ気持ちでよかった!頑張ろう!」
時刻は八時、先生の所へ行ったあとに教室へ向かう。
まだ人は少なかったが、見かけた人はみんな驚いたように私達を見ている。
「早く説明したいなぁ…訝しげな目線が嫌だよ。」
「ほんとだなぁ。みんな初めて見るだろうし…」

私達は、どれについて伝えるかを話し合う。
そして、ホームルームの時間、クラスのみんなに説明する時間を用意してもらった。
みんなの視線が少し怯えたようなものになっているのがかなり怖かった。
すぅっと息を吸って話し始める。
「えーと、見て分かる通りですが、私は花咲病になりました。夏休みからです。
最近、体育の時に休んでいたのは、この病気の影響です。」
そう告げるとざわつき始める教室。あれって移らないの?気持ち悪い。触ったらどうなるんだろう。
「えと、少し説明させてください。」
そして私は、この病気ついての事を、いくつか話した。
「こんな感じです。少しだけ、理解してくれましたか…?」
みんなの方を見ると、大半は理解したようで、数人がまだ腑に落ちない表情をしていた。
「質問とかあれば答えます。」
すると一人が手を挙げる。
「質問じゃないんだけど、」
とクラスのリーダーである深崎君が喋る。
「俺達はだいたい、奇病を見たことないし、理解も薄いんだけど、もっと早く言ってもらいたかったよ。
そうしたら、体育の時休んでた理由とか、分かったわけだし。
俺達は咲那が苦しんでるのに、何も知らないままって、中々悲しいかな。もっと、信じてもらっていいと思うな。」
思ってもいなかった言葉だった。
「ごめん、怖くて。」
「まぁ、多分俺も同じ立場だったらそうなると思う。
でも、これからは俺達を信じて、頼ってくれよ?」
みんな「そうだよー。」「信じていいよ〜。」と言ってくれる。
「ありがとう。みんな。」
うちのクラスはいい人ばかりだった。ヒーローになれそうな深崎君だなぁと思ったりした。
ただ、クラス外での私のイメージはあまり良くなかった。
「キモイ」「体育ズル休み」「嘘じゃない?」「誰かあの造花取ってこいよ。」
聞こえるような悪口がまあ酷かった。
他クラスの友達は、花咲病について理解してくれたが、他の人にまで説明できないので状況を変えることができない。
「仕方ないかなぁ。」
そんな時、ふと耳にひとつの噂が真奈から届く。
他クラスにも、奇病の人が居るという噂。でも、その人は中々学校には来ていないらしく見たことない人の方が多いと聞いた。
校風とは程遠い個性的な見た目が印象的らしい。
それを聞いて、マスクさんが浮かんだ。あの見た目は何とも印象に残りやすいからだろう。
「私以外にも居るんだね。初めて知った。」
「でも、その人はもう学校に来ないかもしれないって聞いたよ。」
「え、そうなの、会ってみたかったなぁ。」
「病気の状態的に、もう長くはないから、学校には行かないって選択したらしいの。」
「そうなんだ、だいぶ苦しいんだね、その人。あ、名前とかわかんないの?」
「確か…うーん、あ!思い出した!葵くん!東堂 葵君だ!」
「えっ?葵君?」
マスクさんと同じ名前。偶然だろうか、いや、東堂って聞いたし、同一人物だろう。
「私、その人知ってる。この前会ったもん。」
「え、どこで?」
「病院で話して、Limeも貰ったの…」
「ほんと?!凄いね、偶然すぎるわ…」
「ほんとにそれは思った。」
まさか同じ学校の人だとは…でも、この学校に入って二年目の私はその人を学校で見た事がない。
「先輩なの?」
と真奈に聞くと、
「いや、隣のクラスだって聞いたよ。でも、友達とか居なかったと思うって言ってた。」
「なんで?いい人だよ?」
「いい人でも、見た目が変わってるんでしょ?それで近づきにくくて孤立したっぽいけどね。」
「そんな…マスクさんは、凄い、優しいんだよ?」
「でも、馴染めなかったのが、事実なんだよ。」
意味がわからなかった。見た目だけでここまで孤立してしまうなんて。
「意味わからない…。」
「今こそ、理解も広まってきたし、差別の少ない世の中だけど、お母さんはもっと酷い事をされてたよ。
仕事にも来るなとか、視界に入るなとか、近づくなとか。バイ菌みたいに。」
真奈に、また辛い話をさせてしまった。
「だからね、さーちゃんには、そんな思いして欲しくないの。お母さんもそんな事望んでいないし。」
「分かった…。ありがとう。ごめん、トイレ行ってくる。」
「うん…。」

久しぶりに真奈と少し言い合ってしまった。
「やっちゃったよぉ…。」
沈む気分に、追い打ちをかけてくる周りの人がいることを忘れていた。
「あ、変な子だ…ほんとに花が咲いてる…」
声のした方を向くと、訝しげな目線が私に向けられている。見られていることに気づくとそそくさ何処かへ歩いていった。
奇病は、まだ広まっていないんだなぁと実感させられた。腕を見ると桜が少し萎んでいるように感じた。
気分を反映すると聞いていたことを思い出してまたへこんでしまう。
マスクさんに送ったメッセージは未だに既読にならない。また一つ溜息を着くと、スマホに着信が入る。
ハル先生だった。
「もしもし、」
「あ!咲那ちゃん、出てくれてよかった。葵君、学校に来てる?」
「え、来てませんけど…」
「どこ行ったのかしら…今日通院の日なんだけど、来てないのよ。電話にも出てくれないし。」
「そうなんですか?!私もメッセージ送ったんですが、見てもらえてなくて。」
「んー、嫌な予感がするわね。咲那ちゃん、行けたら今日の学校帰りにお家に行ってみてくれるかな?
先生達手が基本的に空かないから…」
「行けますが、住所分かんないです…」
「そうよね。メールに送っておくから、よろしく頼むわ。人任せで申し訳ないんだけど…」
「大丈夫です。任せてください。言っておきますね。」
「ありがとう。任せるわ…」

心配そうなハル先生の声、無理をしてでも行くと思う。
にしても、マスクさんどうしたんだろう。私も胸がざわつき落ち着かなかった。
こうしている間も、マスクさんが既読を付けることはなかったから。

放課後、私は陽汰と一緒にマスクさんの家へ向かっていた。
真奈は用事があるらしく、先に帰ってしまった。
言い合いをしてしまったから少し気まずくなってしまったが、普通に話せて良かった。
「なあ、この辺だよな?マスクさんの家って。」
「此処のアパートみたい。新しい感じだね。」
「何してるんだろうな、既読もつけないなんて。」
「ホントだよ。ま、行こっか。」
…ピンポーンと家の中から聞こえてくるチャイムの音。但し返答する声もなければ、動作音もしなかった。
「留守なのかなぁ…マスクさーん。」
少し待っていると、ドアを叩くような音がした。マスクさんは中に居るんだ。
ドアノブを捻ると、軽くそのドアは開いた。驚いたが、早く中に入ろうと必死で部屋へと入っていく。
「お邪魔します…っ!」
部屋に入ってすぐの場所に、マスクさんが倒れていた。
「マスクさん?!大丈夫ですか?!」
返答がなかった。陽汰が慌ててマスクさんを抱えるが、ぐったりとした様子で力が入っていなかった。
私達は慌ててしまった。ただ、陽汰が救急車は呼んでくれたのでよかった。
息はあるマスクさんを落ち着けないまま見守る。水を持ってきても飲めるわけは無いし、
今はただ、救急車を待つことしか出来なかった。

救急車が来て、私達は奇病専門病院に向かう。
ハル先生に電話をすると、直ぐに来てくれとの事だった。
それはそうだ。マスクさん、葵君は目の前で苦しそうにしている。
見ていて辛かった。小さく震えてしまう。葵君が今にも死んでしまうんじゃないかと思って怖かった。
「大丈夫。きっと大丈夫だから、信じよう。」
そっと肩を叩く陽汰も、不安な表情をしていた。

処置が終わり、葵君は眠っている。
私達二人は、緊張の糸が切れ、その場にしゃがみこむ。
「ありがとう、二人とも。もしかしたら…ということもあったかもしれない。本当に、ありがとう。」
申し訳なさそうに、ハル先生は言っていた。
「大丈夫です。葵君が、助かってよかったです。」
「俺は何もしてませんけど…」
「あら、救急車呼んでくれたんでしょう。立派なことをしてくれたわ。ありがとう、えーと…」
「日比谷 陽汰です。」
「陽汰くん、ありがとう。」
「いえ…あ、俺そろそろ帰ります。あとは咲那が居てくれれば安心ですし。」
「そんなこと言わずに、陽汰君も居てあげて?」
そんな会話をしていると、
「ん、此処、どこ…?」
葵君が目を覚ましていた。
「マスクさん!大丈夫?」
「え、あぁ病院か。死んだと思った。多分大丈夫だよ?」
「良かった…心配したよ。」
「ごめん、君は…?」
「俺は、日比谷 陽汰。咲那と一緒に家行って、お前を助けただけだよ。」
「お前って、あんた誰なのよ。」
軽く陽汰を叩く。喋ったことくせに馴れ馴れしい。
「陽汰…久しぶりだね。」
「え?知り合いなの?!」
「うん。陽汰とは、元々行ってたサッカーで同じチームだったからね。」
「マスクさんが、葵とは思わなかった。いきなりサッカーやめたから、興味なくしたんだと思ってた。」
「やっぱりそう思ってたか。ごめん。」
「仕方ないけどさ、やめるのは。」
「奇病のせいで、辞めるしか無かった。陽の光に弱いんだ。」
「なんとなく、姿見りゃ分かるよ。アルビノに近いだろ。」
「そっか。確かに、アルビノみたいなもんだよ。…陽汰が元気そうでよかった。」
「元気だよ。葵は、そうじゃなさそうだけど。ただ、咲那のこと覚えてて近づいたんだろ。」
「え?私のこと…?」
「さあ、どうだろうね。陽汰が思うまま捉えてくれ。」
葵君は、私を知っている?確かにサッカーを見に行った時に会っているかもしれないけれど、ずいぶん前の話だ。
「覚えてるな。そうじゃなきゃお前は話さなかったはずだ。知り合いとしか喋らないだろ?」
「その通りだよ。さすが陽汰。咲那の事は知ってた。」
「私は、覚えてない…です。」
「そりゃ、仕方ないよ。姿がかなり変わってるし。」
思い出そうとしたが、思い出さなかった。ただ、今は一つ聞きたいことがあったから。
「マスクさんは、いつから奇病になっているんですか。」
目の前の彼は、私から目線をそらす。
「三年前か、な。もう、余命宣告は過ぎてる。実際は死んでいてもおかしくないんだ。」
三年前。私達が中学二年生の頃だ。まだ陽汰もサッカーチームに通っていたのに、なんで覚えていないんだろう。
「三年前のある日から、段々と色素を失った。この前、身体機能が低下してはいないって言ったけれど、少しは始まってるんだ。」
「なんで、嘘を…」
「やっと、咲那に会えたと思ったんだ。チームをやめて、会える機会も無くなって、寂しかった。
少しでも、長く関われるように嘘を吐いた。そういえば、暫くは病院で会えると思ったからね。」
真っ白な肌が陽の光に照らされて透け通るように見える。
「でも、倒れてこの様だよ。見栄はらなきゃ良かったね。陽汰がいるって思うと、焦ったりしたから。」
「それ以上言わなくていいだろ。」
「止められちゃうか。相変わらず当たりが強いね。」
「そこだけは変わんないからな。葵こそ、変わんねーな。」
「俺、変わんないわけないんだけどなー。これになってから、友達とかいなかったし、親も…無関心になったし。」
「…友達なら、いるよな、普通に。」
「は?誰だよ。」
「咲那と、俺?」
「マジ?許すのそれ?笑える」
二人の話すスピードについていけない。確かに友達だとは思っている。うん。
「ね、咲那?」
「っえ?あぁ、うん!友達だよ。当たり前です。」
「…なんだかんだ言っていつも優しいよな、陽汰は。」
ふっと笑う葵君を見て、記憶の中にある彼の笑顔が少しだけ思い出される。
会ったことあるんだ、と考える。
「でも、なんで見た目だけで決めつけるんだろうな。」
「俺は、もう少し前はもっと変わった見た目してたからな。黒混じりの髪、肌色が気味の悪い色。」
「それだけで…酷い。」
「仕方ないんだよ。でも、最近は逆に目立ってしまうから、出かける日は帽子とマスクで。」
「あぁ、だから。」
「うん。咲那は、大丈夫?」
そう聞かれて直ぐに大丈夫とは返せなかった。大丈夫ではないから。
「聞かなくても、何となく分かった。説明できない人には、気味悪がられるだろ?」
「うん…。」
的確に当ててくるという事は、葵君もそうだったんだろう。
「全員に、受け入れられるわけはないから、仕方ないんだよ。受け入れないとなんだよ。それを」
「そう、なんだよね…」
「俺は、理解しようとするけどな。まぁ、全員そうじゃないだろうし」
「うん…。」
「まぁ、俺は大丈夫だから、今日は帰んなよ。わざわざありがとうね。嫌じゃなかったら、また来て?」
「了解。じゃ、帰るわ、またな。」
「おう。陽汰、また沢山話そうぜ。あと、咲那を守ってな。」
「はいはい。」

そう言って陽汰は私を押して部屋から出してくる。
「ば、ばいばい。葵君!」
手を振る葵君はまた優しく笑っていた。
「ねぇ、陽汰、守ってねって何?」
「咲那が、安心して暮らせるように支えてくれってことだよ。」
「ふぅん。そういうことなの…よくわかんないや。」

自室で、スマホをいじりながら今日の事を振り返る。
守ってなんて、葵君は、本当に謎の人物だ。
でも、奇病の種類によっては差別を受けていることをネット掲示板でも知った。
何もしていないのに暴力を受けたり、無視されたり、いじめみたいな感じだ。
私はそこまで酷くないが、陰口は腹が立つ。
「差別の無い世の中って、いつまでも出来ないんだなぁ。」
いつかなくなると思いたいが、差別は私達の生まれるずっと昔から世界を取り込んでいる気がする。
私が生きている時間で少しでも、その世界が変わりますように。と空の星に小さく願うのだった。

その日のニュースにて、一つの報道があった。
「今日未明、東京都〇区にて、投身自殺がありました。
なお、亡くなった〇さんは、奇病を原因に亡くなったという本人による遺書も見つかっているようです。」
詳しいことは、語られなかったがその現場付近に沢山の花が落ちていたことから、私と同じ花咲病ということが分かった。
胸が痛むニュースを、私は何も言わずただじっと見つめていた。
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