最期の花が咲く前に
7章、君が思うままに
数週間の日々の間、私の花は増え続けていた。今では両腕に花が咲き、腹部にも少し花が咲いていた。
真奈のお母さんが残していたという日記を借りて、花を傷つけないように気をつけるのが大変。
「真奈ぁ、花の手入れ?がめっちゃ大変なんだけど…」
真奈と言いあってしまったあの次の日、真奈も葵くんに会ってもらった。
真奈は帰り道、かっこよかった、優しかったと嬉しそうに話すから会ってもらえてよかったなぁと安心できた。
それと同時にお互い謝れたから今は仲も戻っている。
最近は増える花の手入れ方法について教えてもらったり、荷物を持ってくれたりしている。
「ちゃんとできてればいいのよ〜。はい、荷物持つよ。重いもの持っちゃダメ。」
重いものを持つと疲れやすくなってしまうのが今の私。体力がだいぶ減ってしまった。
ハル先生から、発症からだいぶ時間も経っているが、少し他の人より早いということだった。
初期症状が異なった点が主な要因だけれど、新しい花咲病かもしれないとの話もあった。でも私は聞きたくなかった。
「ありがとう。荷物、重くないのに。」
「だめ。私が持つ。さーちゃんはできる限り負担無くさなきゃね。」
真奈はいつも優しい。感謝と申し訳なさがいつも心をぐるぐる回る。
「そういえば、今日は葵君とこ行くんだっけ?」
「うん。真奈も行く?」
「行きたいけど行けないんだよね…ごめん」
「大丈夫だよ〜。今日はじゃあ一人だ。」
「あれ?陽汰は行かないの?」
「今日、委員会なんだってー。あの先生厳しいから、サボれないって。」
そう言ってクスクスと笑う私達。先生に見つかりそうになった途端やめたけど(笑)
「じゃあ、行ってらっしゃい!だね。葵君と喋りたーい。」
「あはは。私が変わりに喋ってくるよ〜。」
「頼んだ!」
そして放課後、私は一人病室へ向かって歩いていた。マスクさんと呼んでいたが、
最近は名前で呼んで?と言われて葵君と呼んでいる。
いつもなら部屋にいるはずの葵君が、外の見える窓の近くに居た。
「あ、葵君。今日は部屋じゃないんだね。」
「咲那!うん。外が見たくて。最近は少しだけ体調いいんだ。」
葵君は初めてあった時より更に白さが増して、とても綺麗。
「ねぇ、外で話したいんだけど、いいかな?」
「いいよ。葵君は大丈夫?」
「俺がいいから言ったのー。行こ。」
初めて会った時と変わったこと、それはもう一つ、性格がクールからゆるい感じに変化した。
「で、話って?」
葵君は景色を見ながら一言
「咲那は好きな人とか、居ないの?」
好きな人、勿論居る。隣に住む陽汰が私は好きだけど、
「どうだろうね。」
私は濁して逃れようとする。
「隠さなくてもいいだろ?陽汰だって分かってるから。」
「っえ?そ、そんな訳ないじゃん!」
「大当たり〜。…何で付き合わないの?両想いじゃん。」
「むう、」
隠せそうもないし、言うしかないな。てか私は嘘が付けないのか?馬鹿なのか?
「だって、早く死んじゃうんだよ?付き合っても辛いじゃん。」
葵君は表情を変えずに涼しい顔のままだった。数分後に目線をこちらに向けると
「それでいいの?」
一瞬、問われた意味が分からなかった。それでいい…良くはない、けど。
「咲那は、早く死んでしまうってだけで諦めんのか?」
諦めたいわけない。だって今も好きだから。
「諦めたくないよ…」
小さな声でしか言えなかった。
「じゃあ、諦めんなよ。咲那は幸せになりなよ。最後まで、愛情貰えよ、あげろよ。」
彼の顔は、とても寂しそうで、泣いているのかと思うほどだった。私が言葉を挟む間も無く
「俺は、咲那が好きだ。ずっと、片思いつづけてるんだよ。覚えてないみたいだけどさ、ずっと、ずっと好きだ。」
す、き。それは私が陽汰を好きと思う気持ちと同じだろうか、きっと同じだろう。
「私が好、き?」
「うん。ずっと好き。でも、叶わないなんて知ってる。…俺はさ誰かを愛せなかった。でも咲那には陽汰を愛してほしい。
陽汰にしか、咲那を任せられない。こんな時にいうのは悪いんだけどさ、俺あと少しで死ぬみたいなんだ。」
色んなことを伝えられて頭がパンクしそうだった。
「葵、君、どういう、こと?」
「そのまんまだよ。病気が進みすぎた。ただ、最後の望みをかけて手術してみる。下手すりゃ死ぬかも知んない。
半分の確率で死ぬ。成功しても長くない。だから、これが伝えたかったんだ。死んでからじゃ伝えられないから。」
葵君が死ぬかもしれない、それはもう会えないという事だ。
「頭が、パンクしそう。」
「ごめん、こんな一気に。でも、陽汰に気持ちを伝えてあげてくれ。これだけは俺が死ぬ前にして欲しい。」
「…分かった。」
そう返すしか無かった。整理がつかなかった。
「咲那、今日は帰った方がいい。俺は戻る、またね。」
「…」
いつもなら手を振って帰るのに、それが出来なかった。今の空間には、冷たい風の音だけが通り過ぎていた。
どうすればいいのか。視線を落とすと腕の桜が目に入る。陽汰に綺麗だと言われたその花が、私は好きになった。
グルグルと色々な感情が混じる中、私は家の近くの公園のブランコに座って、夕日を眺めた。
目が焼けるように、私の目から何故か涙が零れていた。きっと、感情が溢れてしまっているのだろう。
拭くことも無く流れる涙は視界を滲ませて、嗚咽も漏れる。
私はどうすればいいのだろう、葵君の言ったことを実現させるのが一番なんだろうが、できる気がしない。出来たら
しなくてはいけないけれど。迷いに迷っていると、
「あれ、咲那、どうかしたか?」
一番今会いたくない人だった。運が悪いような、良いような。
「なんでもない。」
「何でもなくないだろ。なんで泣いてんだよ、お母さん心配してたぞ、帰ってこないのって。」
今は何時なんだろう、気がつけば辺りは暗くて、時計は七時を指していた。
「話してよ。な?」
「やだ。」
話せたら話したいけれど、一度振ってしまったのに、いいのだろうか。思わず表情が暗くなってしまったのだろうか、
陽汰は私の事を優しく抱き締めてくれた。そして、頭も優しくポンポンされて、涙が更に止まらなくなってしまった。
「陽汰、ひっく、うぅ、ごめん、ごめんね」
「どしたんだよ。ほら、落ち着けよ。」
私は陽汰に昼間のことを話していく。陽汰はただ、静かにそれを聞いてくれた。
そして、私は…
「私も、ずっと、ずっと、陽汰が好きだよ。長く生きられないし、普通の人とは違うけど、陽汰と笑い合いたい。」
陽汰は、驚いたようで、その場にしゃがみこむ。
「本気で言ってるよな?…俺こそ、咲那を愛したい。笑い合いたい。だから、付き合って、下さい。」
「私で良ければ、お願いします。」
返事を聞いて、陽汰は喜んでくれた。私も嬉しかった。短くてもお互いを愛し合えるのは嬉しかったから。
言葉もなく、陽汰は私をただ、抱き締めていた。さっきよりも強く。
「陽汰、この前告白してくれたでしょ?その時も言ったけど、私は弱っちゃうの。でも、今日の葵君の言葉で陽汰と、真奈にもっと支えられたいと思ったの。だから、ちゃんと気持ちを伝えたかったんだ。…ありがとう、陽汰。」
「こちらこそ、ありがとう。支えるよ、ずっと。」
陽汰はいつもの優しい笑みを浮かべながら、初めてのキスをしてしまう。
甘酸っぱくて、ほろ苦い味がした。
「咲那、今度出かけるか。ほら、イルミネーションとかさ。もうすぐ始まるだろ?」
「そうだね!カップルで行くのは、初めてだね。」
「なんか、嬉しいな。」
溶けてしまうような笑みがほんわかする。
「早く行きたいね。楽しみ〜」
「あ、明日、葵に伝えに行こうか。あいつに言われたんだろ?なら、ちゃんと伝えよ。」
「うん!真奈にも伝えようね!」
冬に近づいているのに、暖かくて笑みが零れる。
またね。とお互いの家に入る私達。すぐにお母さんが出てくる。
「良かったぁ。心配したのよ?!」
「ご、ごめんなさい!陽汰と喋ってたの…」
「陽汰君がいてくれてよかったわ…。」
「あの、ね。陽汰と付き合ったよ。」
「あら、本当?良かったぁ。やっと付き合えたのね。おめでとう、頑張りなさい!深入りはしないわよ〜」
「ありがとう。お姉ちゃんには内緒でお願いします。」
あの姉にはバレたくない。陽汰だからといって許してくれそうにない。本当に憂鬱な気分にさせる姉だ。
その日は、平和に終わった。
次の日、私と陽汰は真奈に報告した。
「良かったぁ!やっっっと付き合ったのね!おめでとう!」
最高な祝福をしてくれて、とても嬉しかった。
「来年の夏は海ね!楽しまなくちゃ!今冬はイルミネーションとか?いいねぇ。」
「なんで全部分かるんだよ?!おま、天才か?」
「ふふん、私のことは真奈探偵とお呼びなさい!」
「あはは…」
プラン全てバレてた、というよりベタな感じだからなぁということは黙っておいた。
真奈は私達の報告を聞いて、安心してくれたようだった。優しい人が身の回りにたくさん居てくれて嬉しかった。
「ありがとう、真奈。」
「えへへ、いいよ〜。お幸せにね。」
「うん。」
そして、葵君に会いに行く。
「あ、二人で来たのか。その様子からすると…」
「うん。付き合い始めたよ。」
「良かった。」
昨日の葵君とは違い、ベットに横になったまま、弱々しい返答だった。
「今日は、体調あんまり良くなくて。ごめんね、せっかく来てくれたのに。」
「別にいいよ。大丈夫か?」
「うん。二人見たら、少し元気になったよ。」
「そうか。良かったよ。…まぁ、どうせ嘘だろ?」
そうに言いながら陽汰は葵君の隣に座った。私も、その隣に座って、二人の話を聞く。
「俺のおかげだろ。良かったなぁ陽汰。」
「悔しいけどそうなんですよ、あざす。」
「いえいえ。咲那も良かったね。」
「うん。ありがとう。あ、飲み物買ってきてもいい?喉乾いちゃったの。」
「了解!俺もなんでもいいからコーヒーよろしく〜」
「はいはい。じゃ、行ってきます。」
*☼*―――――*☼*―――――
部屋には、俺と葵の二人だけ。沈黙の中でも、別に気まずくはなかった。そう思っていると、
「咲那、昨日大丈夫だったか?」
「あ?…ダメだったよ。泣いてたし。」
「やっぱりか、ごめん。俺のせいだ。」
「大丈夫だよ。今は普通だしさ。気にすんな。」
「…ありがとな。あと、俺もうすぐ死ぬから。咲那には言わないでくれ。」
「は?もう、すぐ?」
「昨日、もうすぐとは伝えなかった。でも、俺の体だから、もう限界だってわかってる。昨日外に行けたのは奇跡だと思う。」
「よく、大丈夫だったな。」
「微妙だったよ、昨日は部屋に戻れなくて、途中で倒れて、今に至るんだ。弱くなったよ…。」
乾いた笑顔と、寂しげな目を見て、俺も寂しくなってしまう。
「治んないんだよな。辛いな…」
「治るかも、しれないぞ?確率は無いに等しいけどさ、手術したら、良くなるかもしんないし。」
「するのか?」
「あぁ。三日後にね。死ぬかも知んない。そして、完全に成功しなければ、命は短さを増す。」
「その確率は?」
「五パーセント、あるかないか。もうつきそうな命を、活かせる最後のチャンスだからさ。頑張ってみるよ。」
「ほぼ無いようなもんじゃねぇかよ。てか、つきそうとか言うなよ。死ぬなよ。」
「ごめん。もう待つのは死ぬだけなんだよ。奇跡が起こらなきゃ、治んないんだよ。」
「なんで、こんな思いしなきゃなんないんだろうなぁ。俺の父さんは今何やってんだろ。早く、葵とか、咲那が治る方法を作ってくれたらいいのにな。」
「無理な話だろ。陽汰の父さんは頑張ってるんだから、そんな事言わないでやれよ?」
「言いたくないけど、やっぱり思っちゃうよ。」
大笑いする訳でもなく、俺達ふたりは小さく笑い合う。もうすぐ死ぬかも知れない、それを咲那には隠さなくては行けない。
それを知ってしまう会話だった。
*☼*―――――*☼*―――――
「ただいま。はい、コーヒー。」
「あざす。遅かったのな。」
「うん。迷ったの。何の話してたの?」
「知りたい?」
葵君は悪戯っぽく笑って問いかけてくる。
「知りたい!教えて!」
「咲那の可愛いと思うとこを聞いてたの。色々あったぞ〜?」
「っえ?何の話してんのよ!もう!」
「ごめんて。許して?」
「むぅ。二人だけにしとくとろくな事話さないんだから。」
無意識のうちに頬が膨らんでしまう。恥ずかしくて、顔が向けられなかった。
その後も、様々なことを話して、さあ帰ろうという時に、葵君が、
「咲那、陽汰、俺がいつ死んでもさ、忘れないでくれよ。寂しいからさ。」
「当たり前だろ。」「当たり前じゃん。」
「当たり前だったか。ありがとう。…あと、二人が思うままに、生きて?」
思うままに生きて、と。
「たまには、俺の出来なかったことも、いっぱいやってくれよ。そして、逢いに来てくれよ。真奈も連れて来てくれよ。」
「死んじゃうみたいじゃん、やめてよ。」
怖かった。次に会う時は、もう葵君がいないんじゃないかと思ってしまった。
「いつ死ぬかわかんないから、言っといただけだよ。心配しないで。」
といつもの笑顔で言われたら、そうだと理解するしか出来なかった。
帰り道、私達はいつものように喋りながら歩く。いつもと違うのは手を繋いでいるということ。そのせいでドキドキが収まらないから中々困っているけれど。
ただ、病院での会話はずっと頭に残っていて、少し気分が沈んでしまう。
「葵、大丈夫だよ。きっと。」
私の心を読んだように葵君の話題が出る。大丈夫だと思いたいけど、怖かった。
「もし、死んじゃったら?」
「…俺達にもしもなんて無いんだよ。なるようにしかならないから。」
「そうだね。それまで、いつも通り過ごすしかないよね…。」
「うん。大丈夫。信じよう。」
胸に残る不安が取れないのは何故だろうか。
当たらなければいいと、願う時ほど当たってしまうなんて望まない。でも、今出来ることは
「信じるよ。陽汰、また葵君の手術終わったら会いに行こう。」
「うん。そのつもりだよ。」
私達の手は強く握られていた。不安に勝てるように、お互いを信じて、葵君を信じて。
その日の月は綺麗な三日月で、その不安を晴らしてくれそうな気がした。
嬉しさと、不安と、色々な感情があったが、今はただ、葵君が生きてくれる事を願った。
まだ昔の記憶が思い出せないから、私は部屋でその記憶を探る。
初めて葵君に会ったその日を思い出すために。
何故だろうか。今まで何にも思い出せなかったのに、今はすっと思い出すことが出来た。
「あ…思い出した。」
真奈のお母さんが残していたという日記を借りて、花を傷つけないように気をつけるのが大変。
「真奈ぁ、花の手入れ?がめっちゃ大変なんだけど…」
真奈と言いあってしまったあの次の日、真奈も葵くんに会ってもらった。
真奈は帰り道、かっこよかった、優しかったと嬉しそうに話すから会ってもらえてよかったなぁと安心できた。
それと同時にお互い謝れたから今は仲も戻っている。
最近は増える花の手入れ方法について教えてもらったり、荷物を持ってくれたりしている。
「ちゃんとできてればいいのよ〜。はい、荷物持つよ。重いもの持っちゃダメ。」
重いものを持つと疲れやすくなってしまうのが今の私。体力がだいぶ減ってしまった。
ハル先生から、発症からだいぶ時間も経っているが、少し他の人より早いということだった。
初期症状が異なった点が主な要因だけれど、新しい花咲病かもしれないとの話もあった。でも私は聞きたくなかった。
「ありがとう。荷物、重くないのに。」
「だめ。私が持つ。さーちゃんはできる限り負担無くさなきゃね。」
真奈はいつも優しい。感謝と申し訳なさがいつも心をぐるぐる回る。
「そういえば、今日は葵君とこ行くんだっけ?」
「うん。真奈も行く?」
「行きたいけど行けないんだよね…ごめん」
「大丈夫だよ〜。今日はじゃあ一人だ。」
「あれ?陽汰は行かないの?」
「今日、委員会なんだってー。あの先生厳しいから、サボれないって。」
そう言ってクスクスと笑う私達。先生に見つかりそうになった途端やめたけど(笑)
「じゃあ、行ってらっしゃい!だね。葵君と喋りたーい。」
「あはは。私が変わりに喋ってくるよ〜。」
「頼んだ!」
そして放課後、私は一人病室へ向かって歩いていた。マスクさんと呼んでいたが、
最近は名前で呼んで?と言われて葵君と呼んでいる。
いつもなら部屋にいるはずの葵君が、外の見える窓の近くに居た。
「あ、葵君。今日は部屋じゃないんだね。」
「咲那!うん。外が見たくて。最近は少しだけ体調いいんだ。」
葵君は初めてあった時より更に白さが増して、とても綺麗。
「ねぇ、外で話したいんだけど、いいかな?」
「いいよ。葵君は大丈夫?」
「俺がいいから言ったのー。行こ。」
初めて会った時と変わったこと、それはもう一つ、性格がクールからゆるい感じに変化した。
「で、話って?」
葵君は景色を見ながら一言
「咲那は好きな人とか、居ないの?」
好きな人、勿論居る。隣に住む陽汰が私は好きだけど、
「どうだろうね。」
私は濁して逃れようとする。
「隠さなくてもいいだろ?陽汰だって分かってるから。」
「っえ?そ、そんな訳ないじゃん!」
「大当たり〜。…何で付き合わないの?両想いじゃん。」
「むう、」
隠せそうもないし、言うしかないな。てか私は嘘が付けないのか?馬鹿なのか?
「だって、早く死んじゃうんだよ?付き合っても辛いじゃん。」
葵君は表情を変えずに涼しい顔のままだった。数分後に目線をこちらに向けると
「それでいいの?」
一瞬、問われた意味が分からなかった。それでいい…良くはない、けど。
「咲那は、早く死んでしまうってだけで諦めんのか?」
諦めたいわけない。だって今も好きだから。
「諦めたくないよ…」
小さな声でしか言えなかった。
「じゃあ、諦めんなよ。咲那は幸せになりなよ。最後まで、愛情貰えよ、あげろよ。」
彼の顔は、とても寂しそうで、泣いているのかと思うほどだった。私が言葉を挟む間も無く
「俺は、咲那が好きだ。ずっと、片思いつづけてるんだよ。覚えてないみたいだけどさ、ずっと、ずっと好きだ。」
す、き。それは私が陽汰を好きと思う気持ちと同じだろうか、きっと同じだろう。
「私が好、き?」
「うん。ずっと好き。でも、叶わないなんて知ってる。…俺はさ誰かを愛せなかった。でも咲那には陽汰を愛してほしい。
陽汰にしか、咲那を任せられない。こんな時にいうのは悪いんだけどさ、俺あと少しで死ぬみたいなんだ。」
色んなことを伝えられて頭がパンクしそうだった。
「葵、君、どういう、こと?」
「そのまんまだよ。病気が進みすぎた。ただ、最後の望みをかけて手術してみる。下手すりゃ死ぬかも知んない。
半分の確率で死ぬ。成功しても長くない。だから、これが伝えたかったんだ。死んでからじゃ伝えられないから。」
葵君が死ぬかもしれない、それはもう会えないという事だ。
「頭が、パンクしそう。」
「ごめん、こんな一気に。でも、陽汰に気持ちを伝えてあげてくれ。これだけは俺が死ぬ前にして欲しい。」
「…分かった。」
そう返すしか無かった。整理がつかなかった。
「咲那、今日は帰った方がいい。俺は戻る、またね。」
「…」
いつもなら手を振って帰るのに、それが出来なかった。今の空間には、冷たい風の音だけが通り過ぎていた。
どうすればいいのか。視線を落とすと腕の桜が目に入る。陽汰に綺麗だと言われたその花が、私は好きになった。
グルグルと色々な感情が混じる中、私は家の近くの公園のブランコに座って、夕日を眺めた。
目が焼けるように、私の目から何故か涙が零れていた。きっと、感情が溢れてしまっているのだろう。
拭くことも無く流れる涙は視界を滲ませて、嗚咽も漏れる。
私はどうすればいいのだろう、葵君の言ったことを実現させるのが一番なんだろうが、できる気がしない。出来たら
しなくてはいけないけれど。迷いに迷っていると、
「あれ、咲那、どうかしたか?」
一番今会いたくない人だった。運が悪いような、良いような。
「なんでもない。」
「何でもなくないだろ。なんで泣いてんだよ、お母さん心配してたぞ、帰ってこないのって。」
今は何時なんだろう、気がつけば辺りは暗くて、時計は七時を指していた。
「話してよ。な?」
「やだ。」
話せたら話したいけれど、一度振ってしまったのに、いいのだろうか。思わず表情が暗くなってしまったのだろうか、
陽汰は私の事を優しく抱き締めてくれた。そして、頭も優しくポンポンされて、涙が更に止まらなくなってしまった。
「陽汰、ひっく、うぅ、ごめん、ごめんね」
「どしたんだよ。ほら、落ち着けよ。」
私は陽汰に昼間のことを話していく。陽汰はただ、静かにそれを聞いてくれた。
そして、私は…
「私も、ずっと、ずっと、陽汰が好きだよ。長く生きられないし、普通の人とは違うけど、陽汰と笑い合いたい。」
陽汰は、驚いたようで、その場にしゃがみこむ。
「本気で言ってるよな?…俺こそ、咲那を愛したい。笑い合いたい。だから、付き合って、下さい。」
「私で良ければ、お願いします。」
返事を聞いて、陽汰は喜んでくれた。私も嬉しかった。短くてもお互いを愛し合えるのは嬉しかったから。
言葉もなく、陽汰は私をただ、抱き締めていた。さっきよりも強く。
「陽汰、この前告白してくれたでしょ?その時も言ったけど、私は弱っちゃうの。でも、今日の葵君の言葉で陽汰と、真奈にもっと支えられたいと思ったの。だから、ちゃんと気持ちを伝えたかったんだ。…ありがとう、陽汰。」
「こちらこそ、ありがとう。支えるよ、ずっと。」
陽汰はいつもの優しい笑みを浮かべながら、初めてのキスをしてしまう。
甘酸っぱくて、ほろ苦い味がした。
「咲那、今度出かけるか。ほら、イルミネーションとかさ。もうすぐ始まるだろ?」
「そうだね!カップルで行くのは、初めてだね。」
「なんか、嬉しいな。」
溶けてしまうような笑みがほんわかする。
「早く行きたいね。楽しみ〜」
「あ、明日、葵に伝えに行こうか。あいつに言われたんだろ?なら、ちゃんと伝えよ。」
「うん!真奈にも伝えようね!」
冬に近づいているのに、暖かくて笑みが零れる。
またね。とお互いの家に入る私達。すぐにお母さんが出てくる。
「良かったぁ。心配したのよ?!」
「ご、ごめんなさい!陽汰と喋ってたの…」
「陽汰君がいてくれてよかったわ…。」
「あの、ね。陽汰と付き合ったよ。」
「あら、本当?良かったぁ。やっと付き合えたのね。おめでとう、頑張りなさい!深入りはしないわよ〜」
「ありがとう。お姉ちゃんには内緒でお願いします。」
あの姉にはバレたくない。陽汰だからといって許してくれそうにない。本当に憂鬱な気分にさせる姉だ。
その日は、平和に終わった。
次の日、私と陽汰は真奈に報告した。
「良かったぁ!やっっっと付き合ったのね!おめでとう!」
最高な祝福をしてくれて、とても嬉しかった。
「来年の夏は海ね!楽しまなくちゃ!今冬はイルミネーションとか?いいねぇ。」
「なんで全部分かるんだよ?!おま、天才か?」
「ふふん、私のことは真奈探偵とお呼びなさい!」
「あはは…」
プラン全てバレてた、というよりベタな感じだからなぁということは黙っておいた。
真奈は私達の報告を聞いて、安心してくれたようだった。優しい人が身の回りにたくさん居てくれて嬉しかった。
「ありがとう、真奈。」
「えへへ、いいよ〜。お幸せにね。」
「うん。」
そして、葵君に会いに行く。
「あ、二人で来たのか。その様子からすると…」
「うん。付き合い始めたよ。」
「良かった。」
昨日の葵君とは違い、ベットに横になったまま、弱々しい返答だった。
「今日は、体調あんまり良くなくて。ごめんね、せっかく来てくれたのに。」
「別にいいよ。大丈夫か?」
「うん。二人見たら、少し元気になったよ。」
「そうか。良かったよ。…まぁ、どうせ嘘だろ?」
そうに言いながら陽汰は葵君の隣に座った。私も、その隣に座って、二人の話を聞く。
「俺のおかげだろ。良かったなぁ陽汰。」
「悔しいけどそうなんですよ、あざす。」
「いえいえ。咲那も良かったね。」
「うん。ありがとう。あ、飲み物買ってきてもいい?喉乾いちゃったの。」
「了解!俺もなんでもいいからコーヒーよろしく〜」
「はいはい。じゃ、行ってきます。」
*☼*―――――*☼*―――――
部屋には、俺と葵の二人だけ。沈黙の中でも、別に気まずくはなかった。そう思っていると、
「咲那、昨日大丈夫だったか?」
「あ?…ダメだったよ。泣いてたし。」
「やっぱりか、ごめん。俺のせいだ。」
「大丈夫だよ。今は普通だしさ。気にすんな。」
「…ありがとな。あと、俺もうすぐ死ぬから。咲那には言わないでくれ。」
「は?もう、すぐ?」
「昨日、もうすぐとは伝えなかった。でも、俺の体だから、もう限界だってわかってる。昨日外に行けたのは奇跡だと思う。」
「よく、大丈夫だったな。」
「微妙だったよ、昨日は部屋に戻れなくて、途中で倒れて、今に至るんだ。弱くなったよ…。」
乾いた笑顔と、寂しげな目を見て、俺も寂しくなってしまう。
「治んないんだよな。辛いな…」
「治るかも、しれないぞ?確率は無いに等しいけどさ、手術したら、良くなるかもしんないし。」
「するのか?」
「あぁ。三日後にね。死ぬかも知んない。そして、完全に成功しなければ、命は短さを増す。」
「その確率は?」
「五パーセント、あるかないか。もうつきそうな命を、活かせる最後のチャンスだからさ。頑張ってみるよ。」
「ほぼ無いようなもんじゃねぇかよ。てか、つきそうとか言うなよ。死ぬなよ。」
「ごめん。もう待つのは死ぬだけなんだよ。奇跡が起こらなきゃ、治んないんだよ。」
「なんで、こんな思いしなきゃなんないんだろうなぁ。俺の父さんは今何やってんだろ。早く、葵とか、咲那が治る方法を作ってくれたらいいのにな。」
「無理な話だろ。陽汰の父さんは頑張ってるんだから、そんな事言わないでやれよ?」
「言いたくないけど、やっぱり思っちゃうよ。」
大笑いする訳でもなく、俺達ふたりは小さく笑い合う。もうすぐ死ぬかも知れない、それを咲那には隠さなくては行けない。
それを知ってしまう会話だった。
*☼*―――――*☼*―――――
「ただいま。はい、コーヒー。」
「あざす。遅かったのな。」
「うん。迷ったの。何の話してたの?」
「知りたい?」
葵君は悪戯っぽく笑って問いかけてくる。
「知りたい!教えて!」
「咲那の可愛いと思うとこを聞いてたの。色々あったぞ〜?」
「っえ?何の話してんのよ!もう!」
「ごめんて。許して?」
「むぅ。二人だけにしとくとろくな事話さないんだから。」
無意識のうちに頬が膨らんでしまう。恥ずかしくて、顔が向けられなかった。
その後も、様々なことを話して、さあ帰ろうという時に、葵君が、
「咲那、陽汰、俺がいつ死んでもさ、忘れないでくれよ。寂しいからさ。」
「当たり前だろ。」「当たり前じゃん。」
「当たり前だったか。ありがとう。…あと、二人が思うままに、生きて?」
思うままに生きて、と。
「たまには、俺の出来なかったことも、いっぱいやってくれよ。そして、逢いに来てくれよ。真奈も連れて来てくれよ。」
「死んじゃうみたいじゃん、やめてよ。」
怖かった。次に会う時は、もう葵君がいないんじゃないかと思ってしまった。
「いつ死ぬかわかんないから、言っといただけだよ。心配しないで。」
といつもの笑顔で言われたら、そうだと理解するしか出来なかった。
帰り道、私達はいつものように喋りながら歩く。いつもと違うのは手を繋いでいるということ。そのせいでドキドキが収まらないから中々困っているけれど。
ただ、病院での会話はずっと頭に残っていて、少し気分が沈んでしまう。
「葵、大丈夫だよ。きっと。」
私の心を読んだように葵君の話題が出る。大丈夫だと思いたいけど、怖かった。
「もし、死んじゃったら?」
「…俺達にもしもなんて無いんだよ。なるようにしかならないから。」
「そうだね。それまで、いつも通り過ごすしかないよね…。」
「うん。大丈夫。信じよう。」
胸に残る不安が取れないのは何故だろうか。
当たらなければいいと、願う時ほど当たってしまうなんて望まない。でも、今出来ることは
「信じるよ。陽汰、また葵君の手術終わったら会いに行こう。」
「うん。そのつもりだよ。」
私達の手は強く握られていた。不安に勝てるように、お互いを信じて、葵君を信じて。
その日の月は綺麗な三日月で、その不安を晴らしてくれそうな気がした。
嬉しさと、不安と、色々な感情があったが、今はただ、葵君が生きてくれる事を願った。
まだ昔の記憶が思い出せないから、私は部屋でその記憶を探る。
初めて葵君に会ったその日を思い出すために。
何故だろうか。今まで何にも思い出せなかったのに、今はすっと思い出すことが出来た。
「あ…思い出した。」