きっと、月が綺麗な夜に。
そんな僕の手を乱暴に振りほどいた母の顔は、清々しいほどに笑顔だった。これからの未来に満ちた笑顔だったのだ。


「すぐ戻るわ。いい子にしていたらね」


そう言って出て行った母に呆然としながら、それでも信じて、いつもならお腹を空かせて向かうりょーちゃんの家にも数日行かず、学校にも行かず、母の言う『いい子』にして、帰りを待った。


それでも帰らぬ母を探しに出たのは、今日よりももっと酷い雨風が島を包む、台風の日だった。


「お母さん!お母さん!」


島にいるはずのない母の姿を探して、小さな体を何度もうずくまらせては走り、うずくまらせては、走る。

もういないんだと心のどこかでは分かっているのに、往生際の悪い愚かな僕は、喉が切れるんじゃないかと思う声で、母を呼んでは泣き叫んだ。

だが、数日飲まず食わずだった僕にはもう、体力が残っていない。

完全にうずくまった幼い僕の小さな体の右側に、台風の強い風でどこからか飛ばされた屋根瓦が、襲いかかった。

そのままその体はアスファルトに横たわり、映像が途切れる。
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