きっと、月が綺麗な夜に。
美矢は膝にクロミを乗せ、短く相槌を打ちながら、僕のなんでもない独り言を穏やかに聞いてくれていた。

その感じが、ちょうど良い。変に悲しそうなリアクションを取られたりするのも嫌だし、気まぐれに付き合って、傍にいてくれている感じが、僕にはちょうど良いんだ。


「出来た。君が来てすぐ、君が微妙に弾きづらそうにしてからずっと弦高が高いんじゃないかなって思ってたけど、ブリッジも削って調整出来たしすっきり」


だから、話の内容ほど空気も重くならなくて、ギターのメンテナンスついでに話せたような感覚で、僕はそっと視線をギターから美矢へと移した。

美矢のビー玉みたいな目が、愛おしそうにギターを眺めていた。父が生きていた頃、ギリギリ僕に愛着がなくもない頃母が僕に与えたビー玉に似たそれは、じい、と滑らかなローズウッドのボディから視線を逸らさない。


「……引いた?」

「全然。とらは優しいね。愛してたんだね。傷より、心が痛くなるくらいに」


そっと声をかけると、美矢は抜糸の終わったばかりの新しい傷の下にある『あの日』の傷をそっと人差し指でなぞる。

美矢が愛おしそうに見ていたのは、ギターじゃなくて僕の傷だった。
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