きっと、月が綺麗な夜に。
少し考えるように項垂れた美矢は、短くない時間そのまま動きを止めた。

正直、首を横に振ってくれてもいいとさえ思う。
無理に話さなくても、知らないことが多くても、知ってることもたくさんあるから。

例えば、君の下の名前とか、ギターと歌が上手いことか、大食いなこと、マイペースなこと。それから実は優しくて子供が好きで、言ったことは絶対守る正直なとことか、色々。

「なんてね、嘘」って声をかけてあげようとして息を吸い込んだタイミングで、美矢がのろり、と顔を上げた。


「いーよ。とらになら話しても。でも、先に歌ってよ」

「え、良いの?」

「自分で話せって言ったのにすっとんきょうな声出すな」


多分訳ありの美矢の話の代わりになるようなクオリティじゃないのに、僕が歌うくらいでいいの?って意味だったのだけれど、残念ながらそれは伝わらず。

僕は返事の代わりに、メンテナンスしたてのギターの弦をもう一度指で弾いてチューニングを確かめる。

寸分の狂いもない、新品のシャリっとしたコーティング弦の音を確かめ終わり、僕は話すよりも緊張して高鳴る鼓動を抑え、そっと歌声をメロディに乗せた。
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