きっと、月が綺麗な夜に。
「それからお母さんと2人っきりになったんだけど、お母さんは周りから『懇親的に娘を看病する可哀想だけど凄い母親』って評価だったんだ。……全部嘘、だったけど」

やわっこい手が、ぎゅう、と強く拳を作る。
思い出したくないことなのだろう。それでも、美矢はゆっくり、自分の言葉にして話を止めない。


「あたし、あの人が死ぬまで『体の弱い障害のある子』として育てられた。代理ミュンヒハウゼン症候群って、とらは聞いたことある?」

「……教員研修で聞いたことがあるよ」


美矢が言った『代理ミュンヒハウゼン症候群』というのは、子供や肉親が病気や障害であると偽り、懇親的な看病で周囲の気を引き評価を得ることを快楽とする精神疾患だ。


「信じらんないでしょ?今は肉付き良いけど、8歳になるまであたし、脳の病気だって洗脳されて、自由に歩かせて貰えなくて車椅子生活だったし、お箸すらまともに使わせて貰えなかったんだ」


気ままに自分の足で旅をして、綺麗なお箸の使い方でご飯をもりもり食べて、器用にギターを弾いてのびのび過ごす彼女から、そんな姿を想像出来る人はいるのだろうか。
少なくとも、僕には想像出来ない。
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