きっと、月が綺麗な夜に。
思い出すだけできついのだろう。美矢は、自分の腕を自分で抱きしめて、小刻みに震え出す。

幼い少女は、父を亡くしたという2歳から、物心が付いた8歳までの6年間、決して短くないその期間に大人のエゴに辛い思いをたくさんしてきたのだろう。

僕は子供たちにするように、そっと美矢の背中をとんとん、と叩いて、そして上下にさすった。 今、美矢に言葉で何か声をかけるのは違う気がしたから、代わりに、色んな気持ちを込めて。

美矢はしばらく猫が興奮する時のような音を喉から出していたが、ゆっくり呼吸を整えて話を再開する。


「本当に歩けなくなるのが怖くて、手が使えなくなるのが怖くて、母が寝静まった夜中があたしの活動時間だった。幸いあの人、睡眠薬で寝るし、あたしは学校にも行けなくて、昼間寝れることが多かったし」


震えが落ち着いた彼女から手を離すと、美矢が視線を僕に向ける。


「手、握ってていい?」

「あ……はい、ご自由にご利用ください」


唐突なお願いに驚きつつ手を差し出すと、美矢は僕のリアクションが少し面白かったのか、強ばった表情を綻ばせ、僕の手を取った。
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