きっと、月が綺麗な夜に。
「夜中、ジャージ姿で河原に行くと、いつもギターで歌ってる中年の女の人がいた。あたし、その人の歌が好きで、毎日そこに行ったよ。その人もあたしに何か深く突っ込んだりしないで傍においてくれた。地獄みたいな毎日だったけど、心の支えだったよ」

「今君がギターで弾き語るきっかけの人?」

「うん。ギターは上手く言葉が出てこないあたしにとって、多分死ぬまで必要な手段になった。その人のおかげでね」


月明かりの下、青白く光る美矢の肌とか、透ける細くてサラサラの髪の毛とか、全部が尊くて、この世のものじゃないくらいに美しい。

だけど、僕の右手に感じる温もりが確かに隣に美矢が存在してくれていると言っていて、美矢が生きていると証明している。


「どこも悪くないのに飲まされる薬も、使えるのに使わせて貰えない体も、歌えるのにほとんど何も発せれない声も、今思えば全部あたしのもので、どう使うかはあたしの自由。あの時自分でどうにかしてりゃ、ちょっとは違ったのかな」

「それは違うよ。その頃は、そういう選択肢が無いんだ。親が自分の全てなんだよ。残酷なことだけれど」


従っていた幼い美矢は何も悪くない。それは、悪しき記憶が根付いている僕が1番分かってあげれる。
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