きっと、月が綺麗な夜に。
記憶のはるか昔、父が歌っていことがあるのをほんのり思い出すくらい、それくらい昔の曲を、まるでつい昨日自分が作りました、というように歌う美矢に僕は視線が外せない。

そのやわっこいシンプルな歌声で、愛して欲しいのにいつまでも人は孤独で、そして自分とは何なのか揶揄する洒落た歌詞を歌う彼女は、まだ高校を数ヶ月前に出たばかりだと言っていたのに、それすら信じられなくなってしまうくらい、言葉にならない想いたちを歌声に乗せて訴えかけてくる。

この子は一体どんな巡り合わせでこの場所に、僕の目の前に現れたのだろう。


「……ね?悪くない、でしょ?」


いつの間にか歌うのを止め、再び視線を僕に向けてきた美矢に、僕はゆるりと2度、首を縦に振って何とか気持ちを体に落とし込んで現実へと戻る。


「うん……きっと君が弾いてくれたら喜ぶよ、そのギターも、僕の父も」

「そ。ありがと」


別の誰かが聞いたらなんて無味な、可愛げのないそっけない返答だた思うかもしれないその抑揚のない身近な返事だけれども、きっと美矢は、歌うことで感情を伝えることに振り切っているのだろう。

それは、記憶のずっと端にある父や、その父に顔も声もそっくりなかつての幼い僕のように。
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