きっと、月が綺麗な夜に。
「とら、今日は武明くんと釣りに出るんだったか?」

「うん、あの人が船釣りに付き合えって煩くて。僕、二学期になってからの授業のスケジュール組んでおきたかったんだけど仕方ないよね」


夏休みになったら真鯛が釣りたいって毎日職員室で大声で話していた武明先生に、他の先生たちが今年の夏休みの有給は僕も同じ時期だとバラしたせいで、しつこく誘われて仕方なく行くことになったのが今日だ。


「いっぱい釣ってこい!今日はとらの釣った魚さばいて刺身だぞー!」


すっかり元気を取り戻りたりょーちゃんは早くも晩御飯の献立を考えてはウキウキしているようだ。それに比べて、やはり食べることにまっすぐな美矢は、僕たちの会話すら聞いていない模様。いつの間にかきて、美矢の足元でカリカリキャットフードを食べてるクロミもまた然り。


「そうだ美矢、お前も行ってきたらどうだ?」

「んえ……?あたし?」


そんな美矢のペースにもお構いなしのりょーちゃんに背中を小突かれ、その衝撃で小さな体を派手に震わせた美矢はおずおず顔を上げる。


「だから、釣りだよ、釣り!」


色んな説明を諸々省いたりょーちゃんに対し美矢は僕をちらりと見てくるが、この家ではこのおじさんが一番の権力者なんだ。僕は何かフォローする手立てを持ってはいない。


「あたし、生魚触ったことないんだけど」


不安か不満か、もごもごと声を発した美矢だったけど、ニコニコし続けるりょーちゃんにこれ以上何を言っても仕方ないと諦め、手元の白米を平らげ、おかわりを無言で催促した。
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