きっと、月が綺麗な夜に。
「大丈夫?顔色悪いけど。ちょうど買いたいもの買い揃えたから電話しようと思ってたんだけど」


感情が大きく出ない子なのに、なんだか、ちゃんとよく分かる。
元々がゆったりしてるから分かりやすいのか、美矢は普通の人間の平均くらいのスピードで、つまり、彼女しては早口に、僕に話しかけている。多分、焦っているのだ。

何も言わない僕に対して、美矢は数秘黙りこくると、筋張ってなく、ピンク色にも見えるそのふわふわの白い右手でそっと、僕の左手を握った。


「へーき?」


短い言葉だけど、その言葉だけで『あの日』に囚われかけていた僕の、幼い僕の幻影がすっと消えて行く。

『あの日』の終わり、そして今の始まりは、りょーちゃんのごつごつした骨っぽい手が僕の幼くて小さな手を握ってくれたけど、今日は、僕よりずっと小さくて、柔らかい、頼りない手が同じように嫌な『あの日』を断ち切ってくれる。


「帰ろう、美矢」


ぽつりと呟いた僕に、美矢は至極穏やかに「ん」と返事すると、僕の手を離すことなく一歩先を歩き出した。


アーケード街の屋根の先は、もう晴れ間が戻っていて、雨上がりのキラキラと水が反射したアスファルトが、彼女を眩いもののように見せて来るようだ。
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