きっと、月が綺麗な夜に。
一呼吸置いて鼻歌と覚えている歌詞を織り交ぜながら再び歌い出す美矢。

人気のビジュアル系バンドの初期の頃の曲だ。雨が降ったからだろう。昭和歌謡の香りが漂う寂しげなその曲を、まだ少女の美矢が空気を含んだ儚げな声で歌い上げるのを心地よく感じる。


少女のひと夏の恋を雨にかけて寂しい音に混ぜ合わせたその不思議な響きの曲をひとしきり聴いていると、僕の右指が無意識にたんたん、と動き出してしまう。

その自分の動作に思わずハッとして、動きを止めるように拳を作り泳いだ目がバックミラー越しに美矢と重なった。


「とらって………隠し事の多そうな奴。やっぱりギター弾ける人なんだ。今、指アルペジオの動きしてたよ」


やはり見られてしまっていた。ギター上級者の美矢にとって、僕の右手の密かな動きは馴染みのある動作だ。


「そのバンド、好きなんだ。初期の頃の鬱っぽい昭和歌謡時代とか、特に。ライブ映像死ぬほど見たから覚えてただけ」


苦し紛れに出た言葉に、平行な眉尻をぴくりと動かした美矢は「そ」とだけ声を出すと、追求するでもなく再び歌い出した。
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