きっと、月が綺麗な夜に。
車からバスへ、バスから船を乗り継いで帰り着いた頃には丁度夕食時の時間。
「今日は肉の匂いがする。豚かな?……ただだいまー。お腹空いた!」
すんすん、と玄関から漂う醤油の柔らかな香りを堪能した美矢は小さなスニーカーを綺麗に並べて慣れたように上がり、今日1番に大きな声でりょーちゃんのいるダイニングへと大荷物でかけて行く。
まだ10代だからかな、僕は疲れて空腹より疲労が勝ってしまってのろのろと美矢の後に続いた。
リビングのドアを開くと美矢の予想通り、テーブルには大皿いっぱいの豚の角煮と味玉が置いてあり、それから、僕の好きな里芋の煮っころがしとアボカドとサーモンのサラダが並んでいた。
「おかえり!とらも美矢もナイスタイミング!手洗っておいで!」
相変わらず顔体に似合わないフリフリのエプロンを身にまとったりょーちゃんが、しゃもじ片手に白い歯を輝かせて笑っている。
「ん?とら、どうした?顔色があんまり良くないな」
「あっち、雨降ったから、少し」
「……そうか。じゃあ、今日は無理して食え。食えば元気になるよ」
『あの日』から何一つ変わらない無骨だけど優しいりょーちゃんの掌が、僕の頭の上で一回跳ねた。
大人になった今も、りょーちゃんは僕を子供扱いのまま。『あの日』のりょーちゃんより今の僕の方が歳を取った筈なのに。