きっと、月が綺麗な夜に。
そうしてお互いの作業を始めたが、見ての通り騒がしい武明先生が黙って作業出来る訳もなく、流行りのバンドの最近売れたバラードを、全く切なくもない野太い声で歌い出した。

ちっとも心地よくないもう鼻歌でもないそのはっきりとした歌声に、先ほどまで爽やかに感じていた蝉の声と絶妙な不協和音……ハーモーニーを奏でているおかげで、眠気も湧き上がらないとプラス思考になろう、と暗示をかけることにした。


次第に歌うことにも飽きた武明先生は、その絶妙な歌を止め、再び僕に話を振り始める。


「なぁとらちぃ、珍しい話でさ、トメ子さんから聞いた話なんだけど」

「トメ子さん?……ああ、定食屋のおばばですか。トメ子さんがどうかしました?」

「いやさ、トメ子さん、今朝クロミに絡まれたらしいんだよ」


さっきまで空気のように扱うと決めていた武明先生だけれど、本当に珍しい話だったため思わず手を止めてしまう。

それというのも、この『クロミ』というのは、島の漁師達や猫目当ての観光客に手なずけられてすっかり甘えたになった猫達の中で、かなり希少価値の高い擦り寄らない黒猫だからだ。それが島人に近寄ったとなれば、わりかし大きなニュースだ。
< 6 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop