きっと、月が綺麗な夜に。
「クロミがな、一生懸命にゃーにゃー鳴いてきて、最初は腹減ったんかと思ったらしいんだけど、どうにもそうじゃない。しまいにはトメ子さんを道案内するように歩き出したんだとか」


僕が興味を示して気分が上がったのか、まるで落語家のような語り口調になり始めるが、気持ち良い気候とはいえ暑い空間で、僕もつっこむ気力を失くし、うんうん、と首を縦に二回振った。


「トメ子さん、最初は頑張ってついて行ってらしいいんだけどほら、歳も歳だろう?歩くのが遅いせいでクロミを見失っちゃって、どこに案内したかったか分からずじまいだったんだと」

「……んん?あの、話のオチは?」

「オチというオチはない!ただの珍しい話だ!わはは」


ここまで盛り上げておいて話のオチなしと来た。僕ははあ。と大きくため息をつくとオーバーリアクションでうなだれる。体育館の茶色いフローリングに僕の黒髪から汗が伝い、ぽた、と雫をひとつ落とした。

そんな僕に、わははと絶えず笑いながら武明先生が補足のように話を続ける。


「オチはないんだが、トメ子さんの見間違いか分からんが、クロミな、左の前足に薄手の布?のような代物を巻いていたらしい。赤い派手な、な。まあ、トメ子さん少しボケているからどこまでが現実か分からんが」


なんだかだんだん、寝ぼけたトメ子さんが見た夢の話なんじゃないかと思いつつ、本当なら不思議な、どこかロマンのある話なように感じる。
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