一匹狼くん、 拾いました。弐
浜辺に行くと、結賀とミカが砂浜の上で談笑していた。
「えっ、仁、なにか酷いことでも言われたのか?」
ミカが俺の顔を見ながら言う。
かけられた言葉に違和感を覚えて顔を触ると、瞳から涙が流れていた。
「仁」
俺の目の前に来た結賀に、声をかける。
「結賀……俺は、俺がパティシエを目指したのは、パティシエになったら、母親が自分を見てくれると思ったからなんかじゃないよな?」
「それは……っ」
「さっさとそうじゃないって言えよ!! なぁっ!」
結賀の胸ぐらを掴んで、声が枯れる勢いで叫ぶ。
嘘でもいいから、違うって、そうじゃないって言って欲しかった。
そんなことを思う時点で、この夢が母親に認められるための夢だったのは自明だけれど。
俺が夢を捨てられないのは、パティシエになったら、母親は自分を見てくれるかもしれないと思っているからだった。
あまりに餓鬼すぎる自分に殺意が湧く。
人に期待なんかしない? 期待してるじゃねえか。
パティシエになったら母親が自分を認めてくれるかもしれないなんて思っている時点で、期待してるのは明白だ。
嗚呼。なんで。
なんで今更、こんな事実に気づいてしまうんだろう。
まさか自分がこんなにガキだったなんて。
親に見切りをつけられてるわけじゃない。
自分はどうせ愛されないのだから、母親のことはもう考えないようにしようって、必死にそう言い聞かせていた。
考えなければ、愛された時の記憶に蓋をしてしまえば、いつか忘れられると思ったから。
ミカに出会うまでは誰よりも好きだった、母親のことを。
忘れられると思ったのに。
「仁、母親に会いに行こう」
「は? やだよ! 誰があんな奴に会うか!!」
結賀の提案を、かたくなに拒否る。
「たぶん会わねぇと、一生前に進めねぇよ」
「じゃあ進まなくていい!!」
グレるみたいに言う。会うのなんて、冗談じゃない。
「仁、俺も一緒に、母親に会いに行くから。俺はもう嫌だよ、本当は母親に会いたいのに、会って傷つくのが怖いからって会わないようにしてるお前を見んのは」
「俺は母親に会いたくなんかない!」
「もう意地を張るのはやめろ!それならなんで、ミカが血流に入って間もないあの日、お前は泣いてたんだよ!」
目にゴミが入ったとか、そんな嘘だったらいくらでも言えた。
でもそれを言うのは、結賀に失礼だ。