こんな鬼姑もいるんです
第1章
人は好き好んで姑なんかになるわけじゃない。60代の喜久子は自分でうなずいた。現在息子二人が結婚し、正真正銘の姑になった。息子はいう。「お母さんが姑に苦労したことは知っている。やられて辛かったことを俺の嫁にしないでくれ、優しくしてやってほしい」。いわれるまでもない。嫁に喜久子は優しく接っしている。「うちの愚息と結婚してくれてありがとう」。こういう気持ちで嫁と接っすればきっとうまくいくと思っているからだ。
喜久子は姑に優しくされたり、気づかってもらったり、褒められたり、励まされたりした経験がないので、とても寂しかった。息子たちの嫁には全部少しづつしてあげたいとおもっている。
 それにしても、、、。喜久子は思う。夫の母。つまり喜久子の姑、貞は実に酷い姑である
自分だけが大事で大好きな人なのである。
90代でまだまだ健在だから、あと何年この苦労がつづくかと思うと、ものすごーく暗い気持ちになるのだ。
喜久子は一人、夜寝ながら指をおる。姑の貞にやられて口惜しかった事柄を数えてみるのだ。そうすれば少しは気がほぐれるような気がして。
26の時喜久子は夫になる人に連れられて初めて夫の故郷に行った。義理の母になる人に会うために。今もはっきり覚えている。小さいけれど花束と、グレーのウールのマフラー6000円、をおみやげに携えていた。好かれたかった。すくなくとも普通くらいにはおもわれたかった。でも義母は喜久子のことを嫌っていたとすぐおもいしらされた。
喜久子の結婚は夫の健からのたっての頼みを了解した結婚である。
喜久子はすごい美人という訳ではなかったが、顔は整っているほうだったし、愛嬌よく健康的で、男性からのオファーも多かったほうだとおもう。その時まだ26で若い、ちゃんと学歴もある、まずまずの仕事にもついている。教員の免許もいくつかもっていた。少なくとも、女としての商品価値は高かったとおもう。
しかし、貞には気にいらなかったのだ。貞は数年前に、自分の夫を会社の事故で亡くし、既に50代で寡婦であった。会社からはかなり多額の年金みたいなものがずーと支払われているらしい。とにかく末っ子の健をこよなく溺愛していたようだ。
だから、健がつれてくる女は無条件で獲られたようで大っ嫌いなのだ。貞は気性が激しく嫉妬深くとびきりの我儘女だった。顔は自分でいうほど、おかちめんこで太っていた。ただ愛嬌のある顔という手もある。
 食べ物の好き嫌いが非常にはげしく、食べられるもがほとんどなく、あんぱんとか魚の鮭と甘く似た豆など、本当にわずかな物だけをたくさん冷蔵庫にいれ食べていたようだ。
「世の中にはなんでも食べられる人がいるっちゅう」それが貞の口ぐせだった。本当はたいていの人が、ほとんどの食べ物はたべられるのだ。健もそういう頑固で我儘なところはそっくりで喜久子は生涯苦労している。とにかく、好き放題すると長生きするらしい。
貞は品がない、女らしいところは皆無で、道路にペッペと唾をはき、近所にいる孫にたしなめられていた。
婚約中、喜久子は健がいない間に健の了解済みでアパートの掃除に行き、ダンボールの上に無防備にぽんとなげだされた日記をつい読んでしまったことがある。その中にあることが書いてあったのだ。あとで日記を読んだことは健に言った件である。貞に喜久子のことをあからさまに「あの程度の嫁しかいなかったのならしかたない」というようなことをいわれたと。それを日記で読んで喜久子がすごくいやな気持になったことはいうまでもない。
内容もだが、そういうことを考えたり、結婚を控えた息子に平然と息子が選んで連れてきた婚約者の悪口をズケズケ言う、品のなさもとても傷ついた。
自分のその時おもったことを瞬時にズバッといい、言葉のあとさき全く考えない教養のなさ。相手の心を傷つけたんじゃないかなんて杞憂はとんでもない。彼女の辞書にもない。未来に暗雲たちこめるとはこういうことをいうのであろう。
結婚後まず、狭い部屋の時は日帰りでよく遊びにきた。喜久子がケーキを買ってもてなすと平然と「この家にはいつもケーキがある」とういうのだ。驚いた。客だとおもうからわざわざ高いケーキを買ってもてなすのに、それさえわからないのだ。
ある時貞を駅に迎えに行ってアパートまでの道すがら貞が喜久子に言った。「あたしゃー、この子と結婚する人が羨ましくてさ。あたしゃ、この子が従妹の晴美と結婚してくれりゃよかったと思ってさー」。
残酷な言葉。結婚したばかりの嫁に言っていい事か?今なら健をのしをつけて貞に返してやれる。「あんたの大事で自慢の息子はただの我儘な女ったらしですよ」って。
そういう人の心が全く分からないんだか、底意地が悪いのだかわからない貞であった。
喜久子に子供が生まれ、やがて少し広い宿舎に引っ越すと、貞はもう当たり前のように時々泊まりにくるようになった。
「いつ行っていいですか?」、などとは聞かず、「明日行く」と電話がきたらもう絶対第一優先、決定なのだった。一切こっちの都合は考えない人なのだ。
自分の大切な息子様が結婚してあげ、一緒に住まわせてあげているんだから、嫁が姑である自分に仕えてなんでも我慢するのは当たり前と思っているようだった。
孫のおもちゃは買ってくれない。遊んでもくれない。貞の性格は天真爛漫、傍若無人。かわいい健だけに会いにくるのである。
健に「なんとかしてくれ」といっても、「言ってわかる人じゃない。同居じゃないからお前が我慢しろ」だった。「我慢は実の親の貞のほうもするべきだろう。少なくとも、互いに公平にキチンというべきだ」といってもダメだった。
貞は共働きで留守の喜久子の家に、勝手に自分の妹をよんで楽しんだこともある。この件は喜久子を蒼白にさせ、あとあとまでひびいた。
さらに平然とこんな失言をくりかえした。
「喜久子さん、キノコのしめじくれるなら半分でなく1パックくれ。私が泊まる時シーツは新しいのを出せ。健の下着が黄ばんでいる、ちゃんと洗濯しろ。子供はまだ生まれないのか?」子供が生まれると、
「こどもの洋服の洗濯がなってない。きたない」
喜久子が子供を産んだ時、実家に帰れなくて一週間ずつ双方の母親が交代で手伝いにきてくれたが、貞はそれはきびしかった。
狭いへやで喜久子が産後の肥立ちが悪く寝ているのが気にいらなくて、
「まだ、おきられないのかい」とたびたび言うのだった。
狭いへやなので掃除はあっという間におわる。元気ですぐあきてしまう貞はそれから、スーパーマーケットをねりあるくのだ。
好奇心旺盛、心はつめたくて、そのうえ、強欲。よくひとさまの大切な娘の喜久子にそこまで酷いことが言えたり出来たりできるものかと不思議におもうほどだ。
弱い嫁はダメだみたいないいかたを平気でした。
喜久子は、共働きや嫁姑問題、健の意志の弱さゆえ女にだまされる問題などストレス続きで身体をわるくしてその後、仕事をやめなければならなくなった。心身ともに限界だった。手術もふくめ、ここまでの生涯で2回も入院したのだ。
昔、喜久子は警視庁の婦人警官の試験もパスするほど心身ともに健康体だったのにだ。(記念受験でしたが)
身体が弱くなった喜久子、それも貞は気にいらなかったらしい。近所にいる自分の娘にいろいろ悪口をいっていたらしい。その娘はいい年をしてたいして働きもせず、母親のところにきてはお金をせびっているのだ。早くいうと、亡くなったお父さんのお金をだ。
貞は健のことを嫁や孫の前でもあからさまにいちばん優遇し、それを隠そうともしなかった。電話をよこしても平然と、孫に「お父さんはまだ帰ってないのかい?」
健のこと以外いっさい孫とも話したいともおもわないし、愛情を感じていることさえないようだった。
まあ、さみしい、心がかたよった人間なのであった。たぶん自分も愛されたこともなかったのであろう。
あるとき喜久子が会社から帰ってくると、健とふたりで嬉しそうにしていた。そして足を健にまかせ、足の爪を丁寧に切ってもらっているのだった。喜久子は気持ち悪くなりショックで翌日、会社でぶちまけた。
「そりゃー、マザコンだね」と一様にいわれた。
「太っているから切ってやったんだ」、と健は言い訳をいったが、それでも日常は自分で切っているのだろう。まさか嫁のまえでなにくわぬ顔をして息子に甘えそれをやるとは、、、。
今おもうとそのあたりが限界で離婚をしておけばよかったとまでおもう。
健はどういう育て方をされたのか、女性にたいして、まったく無防備で、普通なら他の女性といて感じるであろう違和感を感じなさ過ぎることがたびたびあり、生涯、女性にだまされては喜久子を女性問題で泣かせつづけた。これからもまだあるかもしれない。
死にそうに恐ろしい。
貞が健をおもう気持ちは、あるときは異常だった。
健は恋人でもあり平気であまえるのだ女として。
喜久子の子供が2人になり、育児がたいへんな時、貞は健と近所にすむ自分の娘と三人だけで伊豆の旅館海底温泉に行きたいと言い出した。喜久子は反対し、どうしても行くなら自分らもつれていって、と懇願したが全くだめだった。
健が親孝行をしたい、母が血筋だけで行きたいといっているからと、全くとりあってくれなかったのだ。またまた酷い我慢をさせられた。
現在の喜久子の息子に同じことを頼んだら、キチガイ扱いされて一切縁切りされるとおもいます。非常識すぎるから。
ごきげんで三人で一泊旅行をして、喜久子には貞からお礼の電話さえなかった。
貞の好き嫌いは異常で高級な料理屋につれていってもほとんど残した。金持でもないのに、、、。生寿司もほとんど食べられない。卵焼きくらいだ。もったいない。
やがて同居していた長男が結婚し貞の家に嫁がきて同居がはじまった。この嫁が、なんでもできる一番がだい好きな勝気な女性だったらしい。そして、自信満々だった貞のことを、なにもできないと馬鹿にしはじめたらしい。
喜久子は「お母さんはなんでもできてすごい」と今まで気持ちよくもち上げてやっていたのだ。貞は新しい嫁に馬鹿にされてくやしくて今度は喜久子の家にひんぱんにきては喜久子をいじめはじめた、
「あんたはなにもできない」
自分のうっぷんを気のよわそうな喜久子をいじめてはらしていたのだ。
もう年寄りなのだから勝気なあたらしい嫁に直に負けてやって、優しくしてもらい得をすればいいのに。
それで、同居とはいえ、せっかく3食事一緒だったのに、2食になり、1食だけになり、とうとう、完全に家庭内別居状態にされてしまったのだ。その後、その嫁は貞をひどく嫌い一切接触を断ったようだ。
貞は喜久子の家に来るとき勝手に家具を買っては自信満々に持ってくるようになった。米びつ、蠅たたき。
家具はその家のカラーだしお金をためては少しずつ気にいった物を買う、それが結婚の醍醐味だ。それを断りもなく勝手に入れられては困るのだ。お金がたすかるという問題ではない。
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