10恋100愛
お兄ちゃん?
初恋の人が兄になりました。
父さんの再婚相手が、その初恋の人の母親だっただけですが。
「改めて、よろしくね。深雪ちゃん」
私と君とが家族になった。
それは夏の終わりの、少し残暑が厳しそうだと思ったあの日でした。
部活後、帰宅すると既に家には誰かいた。
その人の気配はリビングではなく、その隣の小さな和室。
扉の右端に丁寧にスリッパが寄せられている。
「おかえり」
スッと和室が開き、ひょこっと顔をのぞかせたのは紛れもなく君だった。
「た、ただいま…」
数ヶ月経った今でもこの光景には慣れない。
小学校のとき、あれほどバカやってふざけていたはずの君が、そしてあれほど惹かれていた君が、毎日傍にいる。
そんな状況に浮かれないはずがない。
「深雪?」
いつの間にか立ち止まっていた私の顔をのぞき込む。
やめて、近づかないで…だってもう、私達は『家族』なんだから。
「なんだい?お兄ちゃん」
いたずらっぽく、そう笑う。君も慣れないのは同じだろう。少しだけ眉をひそめた。
知ってるよ。それは君が緊張したり、照れたり、嬉しかったりする時の表情だ。
「なーんて、ね?それと同じだよ」
きっと君はこの事を理解できないんだろうね。
君と同じように慣れてないだけなの。
「毎日、そうやって人をからかって遊ぶなよ」
困ったように苦笑いしながら、頬より少し下の首との境目をポリポリと掻く。
変わらない。平静装うときの癖だね。からかわれたことに対して恥ずかしいんでしょ。『まぁ動じてないけど』って言いたいんでしょうけど。全部お見通しなんだよ。
だから今君に好きな人がいるのも知ってる。
たまに私が部屋まで呼びに行くと耳たぶの先っぽだけが赤くなってるの。昔、君が好きな子に告白した時と同じ。よく君に相談されてたよね。あの時も近くで隠れててっていう君の頼みで見ていたんだっけ。肉食系に見せかけて、わりとナイーブだよね。
よく彼女の相談も受けてた。
君の嫌いなところ挙げるなら、そういう鈍感なところ。
話さなくなったのはきっと中学でクラスが離れてから。お互いそういう年頃だもの。そのまま高校生、学校も離れて会うことなんてなくなった。
けど、絶対に言ってやんないけど一つわかったの。君以上の人がいないの。だからだよ。君が一番好きなの。他にいい人がいないから、ただそれだけなの。
「ねぇ」
話しかけるつもりで出した声じゃない。ただなんとなく、ふっと出ただけの声。
「なに?」
背中越しで君の声が聞こえる。次の言葉を何を紡ごうか。
「ねぇ」
あれ、私そんなに間あけてた?君からの声。
「今何考えてる?」
「なんでしょう」
そこでまた沈黙。
「強いて言うなら家族愛と恋愛の価値についてかな?」
嘘ではない。いやむしろ本当のことだ。
君はふぅん、と素っ気なく適当な返事だけを残した。
「そういう君は?さしずめ好きな子のこととか?」
げほっとむせこんだ。あぁ、やっぱりいるんだね。私と話しながらでも頭から離れないほどの、君の好きな人。
「な、んでそうなるんだよっ!」
「んー?あれあれー?もしかして図星なのかな?」
今までと同じ、ふざけた対応。男友達と変わらないほどの冷やかしと好奇心。
肩越しに君の方を振り向いてみる。
あぁ、ほら。赤くなってるよ、先のところだけね。
「紹介してくれてもいいんじゃない?君と私の仲だろう?」
「どんな仲だよ…」
「幼馴染で兄妹な仲」
呆れたようにふっと息をつく。
「お前らしいな」
褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。でも君が笑った。あの時からちっとも変わらない顔で、笑った。君のその笑顔が好きだよ。眉をひそめたときの顔も、困ってるような顔も、好物が給食で出てきた時の嬉しそうな顔も、全部好きだけど。
でも君のその笑顔が一番好き。
だから、これでいいの。君の一番の笑顔が見れるのは、私の特権だから。
「ねぇ」
ググッと背伸びをした君にまた声をかける。
勉強が一段落したんだね。
「君はやっぱりバカみたいに爆笑してるのが一番様になるね」
「それは褒めてんの?貶してんの?」
さっきのお返しだ。どちらとも答えずに、私は本を読み始める。
「深雪さ」
ぽつりと静かな君の声。
「俺のどこがそんなに好きなわけ?」
からの予想外な言葉。
「…は?」
振り向くが、後ろ姿しか見えない。頬より少し下の首との境目をポリポリと掻いている。
「…なんで?」
「答えたらな」
きっと今君はいたずらした時の楽しげな顔をしてるんだろう。なら私は答えない。答えたら君の思うつぼになると思ったからね。
「答えろよ」
ぐいっと手首が引っ張られた。重心が揺らぐ。会話をはじめて、ようやく今になって君の顔が見える。
君はまた、眉をひそめている。
「さぁね」
答えから逃げる。体制を整えて君に背を向ける。あぁもう止まれない。
「でも」
君が私の鍵を開けたんだよ。平穏な家族団らんを、日常を、君が壊したんだ。あとでどうなっても知らない。
「君が好き」
ガタッというか、バタンっというか、そんな大きな物音がして静まり返った。
「…いつから?」
「君がかおりちゃんを好きになるよりも前じゃないかな?」
君の初恋だと言っていた人。あの時は結局君が勇気出せずに告白しなかったんだっけね。
「ははっ…まじかよ…」
もうここまできたら、開き直ってしまう。今更恥ずかしいとも思わない。
「馬鹿でしょ?」
「馬鹿だね」
「知ってる」
でも今、君の顔が見れないの。開き直ってしまっているのに、それでもまだ拒まれるのが怖い。
「ほんと馬鹿だな俺…」
「なんで?」
「今頃気付くんだよ。おっせーよな」
きっと今の私はすごく変な顔をしていただろう。
「離れて、忘れるかと思えば忘れなくてさ。久々に会ったら嬉しくてさ。好きって言われてこのザマだよ」
私はその時になって初めて君を見た。耳の先だけ赤く、顔は腕で覆ってしまっている。
「腕のけて」
そっと君の腕をつかんで動かしてみる。ゆっくりと開かれる君の表情は初めて見たものだった。
訂正。
私は君の笑顔が一番好きって言ったけど、一番はこの顔だ。最高に照れて、恥ずかしがって、愛おしい目をしている、私にだけ見せてくれたこの顔。
「だっせ…」
その目にはわずかに涙が潤んでいた。
「深雪」
さっきよりも力は弱く、くいっと服の裾を引く。知ってる。君がきっと今して欲しいことを。君が私を好きだと思ってくれてることを。
今までの誰よりも、愛おしいと思ってくれたことを。
「君は?」
だって今まで何人かいた彼女のときも、嬉しそうではあってもこんな顔してなかった。そろそろうぬぼれてもいいでしょ?
「…その意地の悪いとこも昔のまんまだな」
「君のわかりやすいのに素直じゃないとこもね」
「好きだよ」
やっと言ってくれた。五分は待たされたかな。でも、言えただけよしとしとこう。
私はご褒美に力いっぱいぎゅっと抱きしめてあげた。
「そういえばなんで知ってたの?」
あぁと君は頷いて何でもないように答えた。
「いや前にさ、帰ったらヨダレ垂らして幸せそうに寝てるなーって思ったら俺の名前呼んでてさ」
「…は!?」
「それで好きとか言ってくれてましたから。そりゃわかるわな」
わなわなと震える拳は抑えることはせず、自由にさせた。つまるところ君を殴ることを許可した。
「なんてことをしてくれてるの?君は」
極めて静かに抑えて笑顔を作って言う。『やべっ』て顔をしたって許さないんだから。
「そんな怒んなくても…」
「怒ります。よりにもよってそんな顔見られた挙句寝言なんて…」
「でも可愛かったしいいじゃん」
しれっとこういうことを言ってくる。しゅん…とうなだれていくせに、私の機嫌を取りに来る。
そしてそれを、ただそれだけで許してしまうあたり私もまだまだ甘い。
「馬鹿」
「知ってるよ」
「君がね」
「知ってる。でも似たもの同士ってことでいいんじゃない?」
つくづく私は君には甘いみたい。
父さんの再婚相手が、その初恋の人の母親だっただけですが。
「改めて、よろしくね。深雪ちゃん」
私と君とが家族になった。
それは夏の終わりの、少し残暑が厳しそうだと思ったあの日でした。
部活後、帰宅すると既に家には誰かいた。
その人の気配はリビングではなく、その隣の小さな和室。
扉の右端に丁寧にスリッパが寄せられている。
「おかえり」
スッと和室が開き、ひょこっと顔をのぞかせたのは紛れもなく君だった。
「た、ただいま…」
数ヶ月経った今でもこの光景には慣れない。
小学校のとき、あれほどバカやってふざけていたはずの君が、そしてあれほど惹かれていた君が、毎日傍にいる。
そんな状況に浮かれないはずがない。
「深雪?」
いつの間にか立ち止まっていた私の顔をのぞき込む。
やめて、近づかないで…だってもう、私達は『家族』なんだから。
「なんだい?お兄ちゃん」
いたずらっぽく、そう笑う。君も慣れないのは同じだろう。少しだけ眉をひそめた。
知ってるよ。それは君が緊張したり、照れたり、嬉しかったりする時の表情だ。
「なーんて、ね?それと同じだよ」
きっと君はこの事を理解できないんだろうね。
君と同じように慣れてないだけなの。
「毎日、そうやって人をからかって遊ぶなよ」
困ったように苦笑いしながら、頬より少し下の首との境目をポリポリと掻く。
変わらない。平静装うときの癖だね。からかわれたことに対して恥ずかしいんでしょ。『まぁ動じてないけど』って言いたいんでしょうけど。全部お見通しなんだよ。
だから今君に好きな人がいるのも知ってる。
たまに私が部屋まで呼びに行くと耳たぶの先っぽだけが赤くなってるの。昔、君が好きな子に告白した時と同じ。よく君に相談されてたよね。あの時も近くで隠れててっていう君の頼みで見ていたんだっけ。肉食系に見せかけて、わりとナイーブだよね。
よく彼女の相談も受けてた。
君の嫌いなところ挙げるなら、そういう鈍感なところ。
話さなくなったのはきっと中学でクラスが離れてから。お互いそういう年頃だもの。そのまま高校生、学校も離れて会うことなんてなくなった。
けど、絶対に言ってやんないけど一つわかったの。君以上の人がいないの。だからだよ。君が一番好きなの。他にいい人がいないから、ただそれだけなの。
「ねぇ」
話しかけるつもりで出した声じゃない。ただなんとなく、ふっと出ただけの声。
「なに?」
背中越しで君の声が聞こえる。次の言葉を何を紡ごうか。
「ねぇ」
あれ、私そんなに間あけてた?君からの声。
「今何考えてる?」
「なんでしょう」
そこでまた沈黙。
「強いて言うなら家族愛と恋愛の価値についてかな?」
嘘ではない。いやむしろ本当のことだ。
君はふぅん、と素っ気なく適当な返事だけを残した。
「そういう君は?さしずめ好きな子のこととか?」
げほっとむせこんだ。あぁ、やっぱりいるんだね。私と話しながらでも頭から離れないほどの、君の好きな人。
「な、んでそうなるんだよっ!」
「んー?あれあれー?もしかして図星なのかな?」
今までと同じ、ふざけた対応。男友達と変わらないほどの冷やかしと好奇心。
肩越しに君の方を振り向いてみる。
あぁ、ほら。赤くなってるよ、先のところだけね。
「紹介してくれてもいいんじゃない?君と私の仲だろう?」
「どんな仲だよ…」
「幼馴染で兄妹な仲」
呆れたようにふっと息をつく。
「お前らしいな」
褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。でも君が笑った。あの時からちっとも変わらない顔で、笑った。君のその笑顔が好きだよ。眉をひそめたときの顔も、困ってるような顔も、好物が給食で出てきた時の嬉しそうな顔も、全部好きだけど。
でも君のその笑顔が一番好き。
だから、これでいいの。君の一番の笑顔が見れるのは、私の特権だから。
「ねぇ」
ググッと背伸びをした君にまた声をかける。
勉強が一段落したんだね。
「君はやっぱりバカみたいに爆笑してるのが一番様になるね」
「それは褒めてんの?貶してんの?」
さっきのお返しだ。どちらとも答えずに、私は本を読み始める。
「深雪さ」
ぽつりと静かな君の声。
「俺のどこがそんなに好きなわけ?」
からの予想外な言葉。
「…は?」
振り向くが、後ろ姿しか見えない。頬より少し下の首との境目をポリポリと掻いている。
「…なんで?」
「答えたらな」
きっと今君はいたずらした時の楽しげな顔をしてるんだろう。なら私は答えない。答えたら君の思うつぼになると思ったからね。
「答えろよ」
ぐいっと手首が引っ張られた。重心が揺らぐ。会話をはじめて、ようやく今になって君の顔が見える。
君はまた、眉をひそめている。
「さぁね」
答えから逃げる。体制を整えて君に背を向ける。あぁもう止まれない。
「でも」
君が私の鍵を開けたんだよ。平穏な家族団らんを、日常を、君が壊したんだ。あとでどうなっても知らない。
「君が好き」
ガタッというか、バタンっというか、そんな大きな物音がして静まり返った。
「…いつから?」
「君がかおりちゃんを好きになるよりも前じゃないかな?」
君の初恋だと言っていた人。あの時は結局君が勇気出せずに告白しなかったんだっけね。
「ははっ…まじかよ…」
もうここまできたら、開き直ってしまう。今更恥ずかしいとも思わない。
「馬鹿でしょ?」
「馬鹿だね」
「知ってる」
でも今、君の顔が見れないの。開き直ってしまっているのに、それでもまだ拒まれるのが怖い。
「ほんと馬鹿だな俺…」
「なんで?」
「今頃気付くんだよ。おっせーよな」
きっと今の私はすごく変な顔をしていただろう。
「離れて、忘れるかと思えば忘れなくてさ。久々に会ったら嬉しくてさ。好きって言われてこのザマだよ」
私はその時になって初めて君を見た。耳の先だけ赤く、顔は腕で覆ってしまっている。
「腕のけて」
そっと君の腕をつかんで動かしてみる。ゆっくりと開かれる君の表情は初めて見たものだった。
訂正。
私は君の笑顔が一番好きって言ったけど、一番はこの顔だ。最高に照れて、恥ずかしがって、愛おしい目をしている、私にだけ見せてくれたこの顔。
「だっせ…」
その目にはわずかに涙が潤んでいた。
「深雪」
さっきよりも力は弱く、くいっと服の裾を引く。知ってる。君がきっと今して欲しいことを。君が私を好きだと思ってくれてることを。
今までの誰よりも、愛おしいと思ってくれたことを。
「君は?」
だって今まで何人かいた彼女のときも、嬉しそうではあってもこんな顔してなかった。そろそろうぬぼれてもいいでしょ?
「…その意地の悪いとこも昔のまんまだな」
「君のわかりやすいのに素直じゃないとこもね」
「好きだよ」
やっと言ってくれた。五分は待たされたかな。でも、言えただけよしとしとこう。
私はご褒美に力いっぱいぎゅっと抱きしめてあげた。
「そういえばなんで知ってたの?」
あぁと君は頷いて何でもないように答えた。
「いや前にさ、帰ったらヨダレ垂らして幸せそうに寝てるなーって思ったら俺の名前呼んでてさ」
「…は!?」
「それで好きとか言ってくれてましたから。そりゃわかるわな」
わなわなと震える拳は抑えることはせず、自由にさせた。つまるところ君を殴ることを許可した。
「なんてことをしてくれてるの?君は」
極めて静かに抑えて笑顔を作って言う。『やべっ』て顔をしたって許さないんだから。
「そんな怒んなくても…」
「怒ります。よりにもよってそんな顔見られた挙句寝言なんて…」
「でも可愛かったしいいじゃん」
しれっとこういうことを言ってくる。しゅん…とうなだれていくせに、私の機嫌を取りに来る。
そしてそれを、ただそれだけで許してしまうあたり私もまだまだ甘い。
「馬鹿」
「知ってるよ」
「君がね」
「知ってる。でも似たもの同士ってことでいいんじゃない?」
つくづく私は君には甘いみたい。