10恋100愛
告げ口
誰しも人に言えない秘密がある。トラウマだったり傷ついたことだったり好きな人の事だったり…多かれ少なかれ抱え込むものはあるだろう。かく言う僕もそうだ、人に言えない秘密がある。それは--
「お疲れ様、頑張ってるわね」
ピトッと缶コーヒーが頬に温もりを伝える。
「お疲れ様です。えぇ、おかげさまで」
「よしよし…頑張ってる君にご褒美をあげよう。なにがいい?」
そういうとドヤ顔をした彼女は楽しげに僕を見据える。そう、彼女が僕の秘密。何故かって?
「じゃあ今夜、いいですか」
僕は彼女が好きで彼女もそれを知っているからだ。
「…あんまり遅くまではいられないわよ?旦那が帰ってきちゃうから」
そして僕たちのそれは世間で言う不倫にあたるからだ。
「わかってます」
初めは僕からだった。慣れない職場でサポートしてくれたり、落ち込んだら面白い話をして元気付けてくれたり、僕のミスを彼女が代わりに頭を下げてくれたり…上司として当たり前のことなのかもしれないが、そんなかっこいい素敵な人に惚れないはずがなかった。もちろん結婚していることも知っていたし打ち明けるつもりなんてなかった。しかしある日の飲み会で泥酔した彼女は
「あんな浮気野郎捨ててやりたい」
そうこぼしたのだ。近くにいた僕にしか聞こえなかったはずの声で呟くと、さらに酒を煽った彼女の介抱を任されたので水を飲ませ休ませていた。その時つい、僕も一言こぼしてしまったのだ。
「僕なら、そんな思い絶対させないのに」
聞こえなくていいととても小さな一言だったはずなのに、泥酔していた彼女は聴き逃してはくれなかった。
「じゃあ、私を愛してよ」
その日から僕達の秘密は始まった。
「おじゃましまーす」
「お疲れ様です、コーヒーとココアとホットミルク、どれがいいですか?」
2人とも仕事を終え、少しタイミングを変えて僕の家に帰ってきた彼女に飲みたいものを聞く。
「ホットミルクがいい!」
その声ははしゃいでいるようだった。外ではコーヒーを好んで飲むのに家で飲むのはホットミルクが1番お気に入りらしい。
「ありがとー!不思議と君がいれてくれたホットミルクは美味しくて好きなんだよねー」
嬉しそうにコクコクと飲む彼女は満足気だ。しかしその表情は一瞬曇る。
「どうかしたんですか?」
パッとこちらを振り向いた時は一切そんな顔は見せない。しかし『なんでもないよ』の一言はいくら待っても出てこなかった。代わりに出てきたのは困ったような笑い顔で一言だけ
「もうやめにしよ?こういうの」
正直ショックだった。同時にやっぱりなと思ったのも事実だ。いつまでも続くわけがないとわかっていた。だけど僕はいい子では無いので嫌だと拒否する。
「旦那にバレたの。同じことされて初めてわかった、お前だけは死んでも手離したくない、相手の男と別れてきてくれ、じゃなきゃ…」
「じゃなきゃ?」
「んーまぁそんな感じでね、今日はお別れを言いに来たの」
「そんなの…」
「私も覚悟、決めたから。やっぱり旦那を捨てるわけにはいかないんだ。君はまだ若いしこれからたくさんの人に出会う、その中で幸せになって欲しい。巻き込んでしまってごめんなさいね」
そこまで言われてしまってはもう僕に勝ち目はないということだろう。所詮不倫、僕は二番目、それでよかった。
「わかり、ました…」
「ごめんね。今まで、ありがとう。…さよなら」
そうして僕の初恋はあっけなく終わりを迎えて秘密にするようなことは何も無くなった。
しかし翌日も翌々日も彼女は職場に来ていない。どうしたのかと問うと忙しそうな先輩はただ一言
「亡くなったらしい」
そう言い残してせかせかとやることをやりにこの場を去った。『亡くなった』…?そこから先はよく覚えていない。お通夜や葬儀は身内だけで済ませたらしい。彼女のご両親が会社に来て僕に渡したいものがあると呼び出された。
「突然ごめんなさいね、実はあの子からあなたに預かりものがあるの。受け取ってもらえるかしら」
そういうと取りだしたのは茶色い封筒。宛名は僕で、彼女の筆跡で間違いなかった。
「…心中だったの。あの子の旦那さんがあの子を殺してその後、旦那さんも…」
ふつふつと怒りが湧き上がるがぶつける相手も今はもう居ない。
その後、封筒を受け取ると家に帰り開いてみた。
『これを見てるってことは私は死んだってことだろうと思う。あの日あったことをここに記します。君がどう思うか分からないけれど、黙ったままは嫌だから、読みたくなければ捨ててくれていいよ。』
そんな言葉から始まった。読まずに捨てるなんてことは出来なくてさらに読み進める。
『君に別れようって言ったあの日、旦那にバレて相手の男を殺しに行くと言って聞かなかったの。でもそれだけは絶対にさせたくなくてすぐ別れてきたよって話したんだけど相手は誰だとかどこのやつだとか問い詰められて、でもこれ以上迷惑をかけたくなくて文字通り命懸けで君の情報を守った。だから最後まで私たちふたりのヒミツだから安心して欲しい。私はきっと旦那に殺される。旦那もきっと私と一緒に死ぬ。だから最期に一つだけ言わせて欲しい』
待ってくれ、もしかして僕があの日打ち明けたりしなければ彼女は…。
『旦那よりも君の方が大事だったよ。本当は最後まで誰よりも1番愛してたよ』
あの日の別れ際の言葉は僕を突き放すためだと知った。同時に僕を守るためのものだったことが今になってわかった。
『どうか生きて、幸せになってください』
僕はなんて不幸な愛を選んでしまったのだろうか。彼女の幸せも生きる権利も奪ってしまって、もう全て失った僕はこの愛を選ばなければよかったと後悔した。
最期までカッコイイ人だった。自惚れていいのなら最愛の人のために命はって挙句幸せになってくれという。悔しくて不甲斐なくて涙は止まらないが彼女の想いは全て受け取った。いつか死んだ時に呆れられないようにまずはまだ生きていなければならない。次に顔を合わせた時に約束、守りましたよって笑って言えるように。
「お疲れ様、頑張ってるわね」
ピトッと缶コーヒーが頬に温もりを伝える。
「お疲れ様です。えぇ、おかげさまで」
「よしよし…頑張ってる君にご褒美をあげよう。なにがいい?」
そういうとドヤ顔をした彼女は楽しげに僕を見据える。そう、彼女が僕の秘密。何故かって?
「じゃあ今夜、いいですか」
僕は彼女が好きで彼女もそれを知っているからだ。
「…あんまり遅くまではいられないわよ?旦那が帰ってきちゃうから」
そして僕たちのそれは世間で言う不倫にあたるからだ。
「わかってます」
初めは僕からだった。慣れない職場でサポートしてくれたり、落ち込んだら面白い話をして元気付けてくれたり、僕のミスを彼女が代わりに頭を下げてくれたり…上司として当たり前のことなのかもしれないが、そんなかっこいい素敵な人に惚れないはずがなかった。もちろん結婚していることも知っていたし打ち明けるつもりなんてなかった。しかしある日の飲み会で泥酔した彼女は
「あんな浮気野郎捨ててやりたい」
そうこぼしたのだ。近くにいた僕にしか聞こえなかったはずの声で呟くと、さらに酒を煽った彼女の介抱を任されたので水を飲ませ休ませていた。その時つい、僕も一言こぼしてしまったのだ。
「僕なら、そんな思い絶対させないのに」
聞こえなくていいととても小さな一言だったはずなのに、泥酔していた彼女は聴き逃してはくれなかった。
「じゃあ、私を愛してよ」
その日から僕達の秘密は始まった。
「おじゃましまーす」
「お疲れ様です、コーヒーとココアとホットミルク、どれがいいですか?」
2人とも仕事を終え、少しタイミングを変えて僕の家に帰ってきた彼女に飲みたいものを聞く。
「ホットミルクがいい!」
その声ははしゃいでいるようだった。外ではコーヒーを好んで飲むのに家で飲むのはホットミルクが1番お気に入りらしい。
「ありがとー!不思議と君がいれてくれたホットミルクは美味しくて好きなんだよねー」
嬉しそうにコクコクと飲む彼女は満足気だ。しかしその表情は一瞬曇る。
「どうかしたんですか?」
パッとこちらを振り向いた時は一切そんな顔は見せない。しかし『なんでもないよ』の一言はいくら待っても出てこなかった。代わりに出てきたのは困ったような笑い顔で一言だけ
「もうやめにしよ?こういうの」
正直ショックだった。同時にやっぱりなと思ったのも事実だ。いつまでも続くわけがないとわかっていた。だけど僕はいい子では無いので嫌だと拒否する。
「旦那にバレたの。同じことされて初めてわかった、お前だけは死んでも手離したくない、相手の男と別れてきてくれ、じゃなきゃ…」
「じゃなきゃ?」
「んーまぁそんな感じでね、今日はお別れを言いに来たの」
「そんなの…」
「私も覚悟、決めたから。やっぱり旦那を捨てるわけにはいかないんだ。君はまだ若いしこれからたくさんの人に出会う、その中で幸せになって欲しい。巻き込んでしまってごめんなさいね」
そこまで言われてしまってはもう僕に勝ち目はないということだろう。所詮不倫、僕は二番目、それでよかった。
「わかり、ました…」
「ごめんね。今まで、ありがとう。…さよなら」
そうして僕の初恋はあっけなく終わりを迎えて秘密にするようなことは何も無くなった。
しかし翌日も翌々日も彼女は職場に来ていない。どうしたのかと問うと忙しそうな先輩はただ一言
「亡くなったらしい」
そう言い残してせかせかとやることをやりにこの場を去った。『亡くなった』…?そこから先はよく覚えていない。お通夜や葬儀は身内だけで済ませたらしい。彼女のご両親が会社に来て僕に渡したいものがあると呼び出された。
「突然ごめんなさいね、実はあの子からあなたに預かりものがあるの。受け取ってもらえるかしら」
そういうと取りだしたのは茶色い封筒。宛名は僕で、彼女の筆跡で間違いなかった。
「…心中だったの。あの子の旦那さんがあの子を殺してその後、旦那さんも…」
ふつふつと怒りが湧き上がるがぶつける相手も今はもう居ない。
その後、封筒を受け取ると家に帰り開いてみた。
『これを見てるってことは私は死んだってことだろうと思う。あの日あったことをここに記します。君がどう思うか分からないけれど、黙ったままは嫌だから、読みたくなければ捨ててくれていいよ。』
そんな言葉から始まった。読まずに捨てるなんてことは出来なくてさらに読み進める。
『君に別れようって言ったあの日、旦那にバレて相手の男を殺しに行くと言って聞かなかったの。でもそれだけは絶対にさせたくなくてすぐ別れてきたよって話したんだけど相手は誰だとかどこのやつだとか問い詰められて、でもこれ以上迷惑をかけたくなくて文字通り命懸けで君の情報を守った。だから最後まで私たちふたりのヒミツだから安心して欲しい。私はきっと旦那に殺される。旦那もきっと私と一緒に死ぬ。だから最期に一つだけ言わせて欲しい』
待ってくれ、もしかして僕があの日打ち明けたりしなければ彼女は…。
『旦那よりも君の方が大事だったよ。本当は最後まで誰よりも1番愛してたよ』
あの日の別れ際の言葉は僕を突き放すためだと知った。同時に僕を守るためのものだったことが今になってわかった。
『どうか生きて、幸せになってください』
僕はなんて不幸な愛を選んでしまったのだろうか。彼女の幸せも生きる権利も奪ってしまって、もう全て失った僕はこの愛を選ばなければよかったと後悔した。
最期までカッコイイ人だった。自惚れていいのなら最愛の人のために命はって挙句幸せになってくれという。悔しくて不甲斐なくて涙は止まらないが彼女の想いは全て受け取った。いつか死んだ時に呆れられないようにまずはまだ生きていなければならない。次に顔を合わせた時に約束、守りましたよって笑って言えるように。