小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
「沖崎郁人です。」

「藍澤詩乃です。」


話していると同い年だということを知った。何処からどう見ても男慣れしていない反応に珍しさを感じたのを覚えている。


「藍澤さん、小説家なんだよ!」

「わわ…!それは…!」

「ん?内緒だった?」

「……未だに恥ずかしくて…」


酒を飲んで赤らんだ頬が印象的。
小説家……。読書好きな僕は関心して、積極的に質問したっけ。


「どんなジャンルを書くんですか?」

「えっと…最近書いているのはファンタジーですね」


お見合いみたいな、そんな状況。
4人で会話する、というよりかは後半男女2組で話している感じだった。


(めちゃくちゃ小谷、彼女に夢中だな)


小谷は麻耶さんと結婚も考えているらしい。
大人だな、とか、少し置いていかれた気分になる。焦ってないとか言ったけど口だけじゃん。


その場しのぎみたいな取り繕った僕で接した。
興味や関心は抱いても、恋仲になる相手だなんて全く思ってなかったし。


そんな僕の心を揺さぶったのは、彼女が手掛けた一冊の本だった。


「沖崎さん。詩乃には内緒ね。」


麻耶さんが帰り際、こっそり渡してきた小説は、その時話題奮闘中のファンタジー小説だった。

『相澤 詩音』

昔の詩乃ちゃんの小説家ネーム。いや、『正当な小説を書いていた頃』の小説家ネームだ。


(安直だなぁ)


名前を考えたのが本人かはわからないけれど、その安直さが少し可愛らしくて。


「ぜひ読んでみて。ものすごく泣けるから!」

「ありがとう」


とりあえず礼を伝えた。
なんとなく流れのまま連絡先を交換したのち、家に帰って寝支度を済ませ、読み始めると…。


「っ……」


悔しいことに僕は感涙してしまった。


冷めた人間だと自分で思っていたのに、その優しさや温かさの詰まった文章に意図も簡単に感銘を受けた。


あの人がこれを書いたんだ。


(……藍澤さん…どんな人なんだろう)


彼女は人見知りで全く僕の眼を見ようとしない。酒を呑むスピードはゆっくりめで、焼き鳥はタレじゃなくて塩派。枝豆一粒一粒美味しそうにモグモグと食していた。


何を考えて、何を感じて生きているんだろう。


もっと知りたい。


恋とかそういうのじゃなくて、下心一切なしに彼女を知りたいという欲が湧き上がって。


『今度、2人で食事に行きませんか』


無意識のうちに、僕は食事に誘った。
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