小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
薄々感じてはいた。というかものすごくわかりやすい。
恋愛的に狙われている。らしい。
同僚の噂と、態度から見て断定できるし、先日、陰で『沖崎さん、フワフワしてそうだから本気で頑張れば落とせそう〜』なんて話していた、と同期の仲間がわざわざ伝えてきた。
(……この薬指の指輪見えてないのかな?)
既婚者相手でもグイグイくる積極性。
それが仕事に対して発揮してくれれば少しは尊敬できたのに。
いい機会だ。この機会を上手く使わない手はない。
「お礼とか良いよ。逆に貰ってもらえて助かったし」
この薄ら笑いで察してくれれば良い、くらいの気持ちで軽くあしらう。
「いや…その…!私が沖崎さんとお話ししたくて…!」
だけど、平井さんは食い下がってくる。かなり面倒だな。
(……そのメンタルの強さには尊敬する)
なんて考えながら、僕は腕時計の時間を確認して隣を通り過ぎた。
「今日は大好きな妻に晩ご飯作る約束してるんだよね。それに奥さん、僕が家にいないと寂しいみたいで早く帰ってあげたいし。申し訳ないんだけどご飯一緒にするとかは無理かな〜」
「っ…じゃあお昼は…!」
「弁当あるからちょっとキツい。奥さん、最近僕のためにって朝早起きして料理頑張ってるから断りたくないんだよね。ごめん!平井さん!話があるなら休憩中とかで是非!」
溺愛&寵愛アピールを目一杯する。
「そう…ですかぁ…」
つくづく僕は詩乃ちゃんだけだし、そんな妻を悲しませたり落ち込ませたりするようなことは絶対にしたくない。
「……奥さんのこと大好きなんですね」
「うん」
ニッコリとした笑顔を浮かべるのはお手の物。
優しい人を演じてばっかりいるから詩乃ちゃんにも素の自分を見せられてないんだけども。
「……よし!じゃあ仕事に戻るね!平井さんもファイト〜」
無言の後輩を置き去りにして僕はデスクに戻る。
そしてまた時間を確認し、終業のチャイムまで全力疾走のごとくタイムロスを補うように仕事を捌(さば)いて行った。