小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
「詩乃ちゃんただいま…!」
「おかえりなさい!郁人くん!」
家に帰れば笑顔で出迎えてくれる愛しい奥さんがいて、幸福感に包まれる。
(今日もがんばった〜)
仕事に余裕なんてなくて、でも残業したくなくて。
毎日必死こいてやってるなんてこと、かっこ悪いから詩乃ちゃんには内緒にしておこう。
「詩乃ちゃんご所望のラタトゥイユ作るよ」
「え!いいのー?」
「うん」
思えば営みの約束をしてから、顔を見合わせるのも恥ずかしい。
(……いつの間にか僕も詩乃ちゃんみたいにウブになってる…?)
いや、違う。
きっと詩乃ちゃん相手だからドキドキするし、詩乃ちゃん相手だから変な緊張をしつつも欲情している。
「詩乃ちゃん…」
「っ…はいっ……」
ただいまのチューとか言って少し擦り寄りたくて呼びかけたら詩乃ちゃんは異常に身体をビクつかせた。
「? そんなびっくりするほど?」
「うっ…その……今、ちょうど郁人くんで妄想してたから…」
僕に小説の内容がバレてから隠し事しなくなったのは良いけど、そこまで曝(さら)け出せるのが凄いな。
「どんな妄想?」
「えっ…それ訊く…?」
「うん。知りたい」
少しずつ距離を詰める。
ほら、僕ってとことん性格悪いから。
大好物の詩乃ちゃんの困惑した表情を堪能した。
「…っ……郁人くん……近い…」
「今更恥ずかしがる中でもないでしょ?」
「うっ……うぅ…」
「妄想の中で…僕に何されて喜んでるの?」
観念した様子の愛しい妻は、目を強く瞑りながらゆっくりと口を開く。
「ギュって…されて……その…チュッて……」
擬音語を沢山含んだ話し方から恥じらいを感じた。
「してほしい?」
「うん…」
「じゃあ…」
キスも、抱擁も。
(未だに照れ臭いって思ってるの、絶対にバレてたまるか…。)
守ってあげたくなるような小柄な身体を抱き寄せると、彼女は僕の胸に顔を埋めていた。
顔が熱い感覚も、胸が高鳴っておかしくなるのも、全部全部…。
「おかえり…」
「ただいま」
詩乃ちゃん限定だから。
1日の仕事のご褒美の口付けをして、僕は詩乃ちゃんをもう一度強く抱きしめた。