小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
Sweet Extra
湯けむりの香り
「詩乃ちゃん、一緒にお風呂入ろう?」
唐突に誘われた私は一瞬フリーズしてしまった。
「……へ…?」
そして予想外だった言葉に変な声が漏れ、フルフルと顔を横に振る。
「この間貰った入浴剤使いたいんだけど、一人で楽しむのもなんか違う気がして。……だから詩乃ちゃん、一緒に入ろう?」
へこたれない郁人くん。
きっと彼のことだから、何かしら策略があるに違いない。じゃなきゃこんな風に誘ってこないだろうし、こんな風にニコニコしていないと思う。
「……明るいところで身体見られるのは嫌…。耐えられない…」
「なんで?綺麗なのに。」
「っ…女性には準備ってものが…!」
「準備…。最近、僕に抱かれるようになってからいつもお風呂長いくせに」
「うぅ…」
彼の策略など、大して準備は必要ないのかもしれない。
私がする抗議ひとつひとつに的確に反論するのが彼の策略だと踏んだ。
こういう時、誘われて断れるわけがない私の性格も問題だけど…。
「詩乃ちゃん。」
いつの間にか後ろから抱きしめられて、耳元には郁人くんの口があって…。
「隅々まで洗ってあげるね。気持ちよくなって?」
郁人くんがご奉仕してくれる。
なんて思ったら自然と胸中に期待が巻き起こって、拒もうという意思は粉々に砕かれた。
脱衣所で郁人くんは服を脱ぎ始めると、引き締まった腹筋が露わになる。触れたいなぁなんていう欲求が蔓延るけれど、そんな図々しいことが言えそうにもない私は顔を逸らして自分のシャツのボタンを外し始めた。
「いつも脱がせてるけど、たまには自分で脱いでるのを見るのもいいね。」
「っ…あっち向いてて…!」
「僕の脱ぐところ、ものすごく食い入って見てたくせに。」
何もかも観察されて暴かれて。
私には到底、郁人くんを欺くことはできなそう。
浴室に入ると、ほのかな白濁したお湯がはってあり、優しくて何処か甘いような匂いがしている。
「なんの香り?」
「クレイ重曹炭酸湯……『湯けむりの香り』だって」
郁人くんはパッケージとにらめっこしていた。
有名な入浴剤で薬局でよく見かけるものだ。近所に住むお婆さんに、『これにでも浸かってゆっくりしなさい』と目尻にシワを寄せた笑顔で渡されたものである。
「湯けむりの香り…。落ち着くね」
「うん。」
不思議とさっきまでの慌てた心境は鎮まり、私はタオルで隠しながら何気ない顔でシャワーを浴び始めた。
思えばいつもそうだ。
冷静さを欠くから郁人くんのドツボにハマって虐められるのである。
(今更…!夫に裸を見られたくらいで…!)
今日の私は一味違う。『風呂場に入場すれば無敵です』と言わんばかりに余裕そうな顔を浮かべて(正確には余裕そうな顔を作って)構えた。