小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
敵わない愛しい人
無事に締め切りまでに小説を書き上げ、一息ついている頃だった。
正午。お腹が空いてきて、ひとりぼっちの部屋で冷凍していた冷やご飯をレンジでチンしている最中に電話が鳴り響く。
《プルルルル》
古典的な音に設定したスマートフォンに目をやると、画面には『沖崎家』という文字が表示されていた。
(お母さんかな?)
直々に私に電話をしてくるのはきっと郁人くんのお母さんだろう。
いつも優しくて、天使な時の郁人くんに目元がそっくりで小柄な人。私を我が子みたいに可愛がってくれる大切な人だ。
「もしもし」
『しーちゃん元気?わたしわたし』
紛れもない郁人くんのお母さんの由美子(ゆみこ)さんの声に和みつつ、要件を問う。
「どうしたの〜?」
初対面の時に敬語禁止と言われてから詩乃は敬語を使わないように気を遣っている。なんともおかしな状態だが、敬語を取っ払ったことによってすぐに親密になれた。
(親しみやすくて郁人くんのご両親大好き…)
心の中で告白しながら私は由美子さんの話を聞く。
『今日の夕方ごろってしーちゃんお家にいる? 宅配で色々と送ったの〜。自家製のトマトとナスが美味しいからぜひ食べて欲しくて!』
「わぁ〜っ嬉しい!」
郁人くんのお父さんの趣味の畑で獲れる野菜はすごく美味しい。水々しさだけじゃなくて甘くて…。
新鮮味を感じる、そんなお野菜。
「毎回楽しみにしてて…。本当にありがとうございます」
『喜んでもらえて嬉しいわ♪ 他にも色々詰めておいたからお楽しみに!』
この時の私は一切知らなかった。
『色々詰めておいたからお楽しみに!』という由美子さんの言葉が示す、裏の意味を。