わかりきったことだけを、





彼がそう呟いて再び唇が重なろうとしたとき。


――がちゃり、1階から音がした。「ただいまー」と微かに聞こえるその声はお母さんのものだ。まだお昼を過ぎたばかり。帰ってくるには早すぎる。





「心配して仕事早退してきたのかな…」

「だれが」

「お母さん」

「え」



志葉が動きを止めた直後、今度はトン、トン、と階段を上る音がした。確実に近づいている足音。間違いなく、お母さんは私の部屋に来ようとしている。

多分、もしかしなくても、結構やばい状況だ。



「志葉 はなれて」

「お預け半殺寸止め焦らし…ロマン……」

「何きしょいこと言ってんの。お母さんくるからしっかりして」

「え。隠れなくていいの」

「隠れる?なんで?」

「…や。いいならいい、むしろうれしい」

「頭おかしくなった?」

「あー…うん、こっちの事情」


志葉が何言ってるのか全然意味わからなかったけど。

――結局、その後すぐ部屋の扉が開いて、お母さんと志葉は見事ご対面したわけである。


お母さんは私の悩みや日常の話を知っていたこともあってか、「あなたが志葉くん!」「かっこいい」「ゆらののことよろしくね「詳しく話を聞きたいわねぇ」などと、想像していた5倍の良反応で志葉を受け入れていた。




「お母さん、浅岡に似てる」

「よく言われる」

「にぎやかでいいね。俺、好きだわ浅岡の家族」

「うん。私も好き」

「お預けくらったけど」

「まあ、先は長いし」

「それプロポーズ?」

「違うけど、それでも別にいいよ」

「うわー…やっぱずるいわ、浅岡」

「志葉もだよ」

「お互い様」





――志葉に全部を貰ってもらうのは、そう遠くない未来の話、だったりもする。



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