わかりきったことだけを、
「時に志葉くん」
「なに?」
「一問目からまったく分からないんだよね。どうしたらいい?」
「いや聞けよ。何のための俺だよ」
「はっはあ、確かに。面白いね志葉くんって」
何も面白くない。俺は帰りたい。
「ここはこの公式を、」
「ほう、なるほど。てことはこうか」
「いや全然違う。なんでだよ」
「ええ、志葉の教え方が良くないんじゃ」
「俺のせいにすんな。いい?浅岡。もっかい説明するからちゃんと聞いて」
俺がそういえば、浅岡は柔らかく笑う。
どうしてか胸がどき、と音を立てた。
……なんだよドキって。意味わかんねーよ。
最初から変だった。おかしかった。
めんどくさいなら断ればよかったんだ。
浅岡が課題を出そうが出さまいが、数学の評定が悪かろうが、どうでもよかったんだ。
「志葉って左利きなんだー」
「…、ああ、うん」
「私は右」
「みりゃわかるわ」
数分前まで「志葉くん」だった呼び方が「志葉」に変わったのが、
左利きに気づいてくれたのが、
まるでお手本のように綺麗なペンの持ち方が、
───気になって仕方ないなんて、俺はどうかしてた、絶対。