わかりきったことだけを、

(6).「もっとってずるくねえ?」






「志葉ぁ……それは空飛ぶ爪切りだぁ……」
「……」
「爪剥がされるからはなれて……ん〜……」
「……」
「すー……」


訳のわからない寝言をこぼしたかと思ったら、再び眠りにつく。

空飛ぶ爪切りってなんだ? そして爪を剥がされるのは俺なんかい。

心の中でツッコミを入れつつ、小さく寝息を立てて眠る彼女の頭を撫でる。かわいい、と思った。高校時代、「黙っていればかわいい」「無駄美人」と噂されていたことにも納得できてしまうくらいに、彼女の容姿は誰がいつどの角度から見ても整っていると思う。


「あー……好き」


溢れた独り言に恥ずかしさを覚えた。付き合ってもう3年は経つのに、彼女に対する気持ちは大きくなるばかりだし、かわいさには慣れないし、愛しさが募る。好きだ、愛おしい。この先の人生で、きっともう彼女以上に好きになれる人なんかいないんだと思う。




「ゆらの」

いつのまにか、この呼び方にも慣れてしまった。

浅岡ゆらの。全部愛しくて、俺の中にすとんと落ちる音。頭を撫でていた手を頬まで滑らせ、そっと唇に触れる。

寝顔が可愛くてついついキスをしてしまうけれど、今までゆらの本人には一度もバレたことがない。バレたら「志葉くんはヨッキュー不満ですなあ」とかなんとか言って揶揄われてしまう気がするので、この先も絶対バレたくない──の、だけど。



「しばぁ、もっと」
「は」
「すー…」


唇を離したタイミングで言われたそれに、俺は固まった。当の本人は次の瞬間にはまた夢の中へと戻っていってしまったけれど、それどころじゃない。


は? 俺が寝込みを襲ってる(襲ってないけど)の、もしかしてバレてない?



ていうか「もっと」ってなんだよ。無意識のくせに煽ってくんなばか。ばか、ほんっっと、俺の彼女はバカで、かわいくて、寝ている時すら敵わない。


「……はあ、もう最悪」


降参、無理無理。

いくら寝言とはいえ、こんなにかわいい彼女に煽られて我慢するとか俺には無理。


だからそう、つまり、これは全てゆらののせいにしよう。

「ん、んえ、智咲く…、ん?」
「あ起きた? おはよ」
「おは……いやちょ、っ、なに、近」
「寝てる間にゆらのに煽られたから」
「煽ってな……ん、」



可愛い、好きだ、どうしようもないくらい、浅岡ゆらのの全部がほしい。

そう言ったら、きっと君は「ばかだねえ、あげちゃうよ?」とかなんとか言って笑うんだろうな。


「なあゆらの、好きなんだけど」
「やだ智咲くん、知ってるって」







fin(2023.12.02)
< 219 / 220 >

この作品をシェア

pagetop