イケメン従者とおぶた姫。
あれから月日は流れ、ショウはナナシがこの家に来た時と同じ年齢になっていた。ナナシも、10歳である。
そして、喜ばしい事にナナシは“名無し”ではなくなった。それは、ナナシと一緒にお散歩をしていたショウの目に、ある花が目に止まり
「わぁっ!このハナ、ちれいだね!すっっごく、ちれい。」
と、凛と美しく咲く花を見ていたく気に入ったようで、驚きで目を大きく見開きキラキラ輝かせぷにぷにのほっぺは桃色に染まっており色んな角度からその花を見ていた。
あまりに、その花に食い付いていたショウにナナシは自然と笑みが溢れ、ショウの目線の高さに合わせるようにしゃがみ
ショウの顔を見ながら
「その花は“桔梗(ききょう)って名前だよ。ショウは、その花が好きなの?」
と、聞いた。すると、ショウは
「うん!ちょっても、ちょーーーっても大しゅき!だってね、だってね!」
したったらずで、身振り手振りで一生懸命にこの花が大好きだと伝えてこようとしている。その姿があまりに可愛らしくて、思わずナナシは「…クフフ!」と、ちょっと声を出して笑ってしまった。
そして、次の瞬間。
「ナナシみたいに、ちょってもキレーなムラシャキなの!」
と、言われてナナシはドキリとし、ショウを凝視した。
「ナナシみたいに、ちょってもキレーでカッコいいから、だぁ〜〜〜いしゅきっ!!」
なんて、勢いよく抱きつかれた時には、可愛いが過ぎて心臓が止まるかと思った。きゅんっとする胸を抑えナナシは桔梗の花を見る。
「…そんなに、あの花とオレ様似てる?」
と、ショウに聞くと、ショウは興奮したように大きく「うん!」と頷いた。そこで、ナナシは少し考えるとショウに言った。
「…実はさ。オレ様、名前ないんだよね。
名前が無いから“名無し”って、呼ばれてるだけなんだ。分かる?」
と、問いかけると
「…え?ナナシ、お名前にゃいの?」
ショウは、それはそれは驚いた顔をして
「…かわいちょう…」
と、しょんぼりしていた。それを見て、ちょっと心苦しくて苦笑いしつつもナナシはこう言った。
「だからさ。ショウがオレ様に名前くれよ。」
そう言ったから、ショウはビックリしちゃって。でも、ナナシの為にと
「あたち、ナナシにカッコいいお名前考えたげる!」
なんて意気揚々とするも、どんなに頑張っても名前が思い浮かばず頭を悩ませていた。自分の為に一生懸命に考えてくれるショウに、ナナシはホッコリしながら
「ショウ、この花の名前覚えてる?」
と、桔梗の花を指さすと、ショウはハッとしたように
「……んっと!んっとね!!」
…うん。忘れちゃったみたいだ。ナナシはそのバカワイらしさに、またも「…クフフ。」と笑ってしまった。
「桔梗、な?」
「あ!ちちょうね。うん、ちちょう!」
思い出せて嬉しかったのか、自慢げにナナシに花の名前を言うショウに
「花の名前、覚えて偉いねショウ。」
と、ギュウっとショウを抱きしめて、いっぱいいっぱい褒めた。褒められてショウは「えへへ!」と、とってもご満悦だ。そんなショウに
「その花、綺麗でカッコいいからオレ様に似てるって言ったよね?」
「うん!このお花、ナナシとしゅごくお似合い!!ちょってもちょーーーっても、ちれい!!!」
「だから、オレ様に似てるってその花の名前もらっていいかな?」
そう、聞いてきたナナシに
「…?お花とお名前、おんなじでいいの?」
と、首を傾げ、ジッとナナシの顔を見てきたショウは、控えめに言って宇宙一可愛い!
「うん。ショウがオレ様に似てるって、凄く綺麗だって褒めてたその花と同じ名前がいいんだ。だから、お願いしていいかな?」
と、ナナシがお願いすると
「いーよー!ナナシのお名前は、ち…えっと…ちも…うな…」
「…クフッ!桔梗。」
「ちょうっ!ちちょう!ナナシのお名前、ちちょう!」
「オレ様の名前は、今日からキキョウ。ショウがつけてくれた名前だ。ありがとね、ショウ。
スッゲー嬉しいっ!…マジで、うれ…グスッ…嬉しいっっ!!」
と、感極まったナナシ…いや、キキョウは、ショウを抱きしめたまま頬擦りしては、チュッチュキスをいっぱいして、何回も何回もお礼を言った。
キキョウが毎日の様にショウにチュッチュしてくるから、ショウも大好きなキキョウにチュッチュのお返しをしてくる。
だから、キキョウはとっても幸せそうにニヤけてるし、ショウもドヤッと満足気である。
(余談だが、そんな二人のやり取りを見て屋敷では可愛いとかわいいの相乗効果でみんなきゅんきゅんしているという。)
それに対してショウは、飽きもせず
「どういたちまちて!」と言っては、泣いてるキキョウに「…どうちたの?痛い?だいじょーぶ?」と、心配そうに何度も繰り返し声をかけていた。なんなら、キキョウが泣いてたからショウも泣きそうになっている。
そんな出来事があり、ナナシは名無しではなくなりキキョウという立派な名前がついたのだった。そして、この日をキキョウは自分の誕生日とした。
それをお婆に伝え、この日
名無しは、正式にキキョウという名前と誕生日が国の戸籍に登録され
緊急で、キキョウのお誕生会を開く事になった。お婆や使用人達から色んなプレゼントや、普段食べない様な豪華な食事とスイーツが用意された。
…だって、普段は太りやすい体質のショウの健康管理の為にキキョウは、熱心に料理や栄養など調べて自ら台所に立ち、ショウに合わせたバランスのいい食事を作る様になったからだ。
だが、屋敷で雇っている料理人の仕事を奪ってはいけないとお婆に、生活の為に仕事をしているし仕事を見つけるのもとても大変な事で。
仕事がしたくても断られ続け、仕事に就けない人だっていると説明をし
それに納得したキキョウは、料理人にショウにはどうしても自分の手料理が食べさせたい事。
ショウが羨ましがらないように、キキョウには野菜中心のヘルシー料理をお願いした。
代わりに、料理人を含め使用人やメイド達には仕事は体力がいるから、しっかりしたメニューを考えて出してやってほしい。
そして、記念日やお祝いのときは盛大に頼む。お前の料理はどれも美味いから期待してる。と、料理人の立場や気持ちも考えキキョウなりに配慮してお願いしたのだった。
色々と頑張っているキキョウはやや口は悪いし粗暴気味ではあるが、思いやりのある優しい子に育った。…おそらく、口の悪さや粗暴な態度はバカ高いプライドと恥ずかしさがあっての事。その性格を知った上で、キキョウを見ると全然許せてしまうし、“ああ、照れ隠しなんだな”と、可愛く思える。
キキョウに初めて会った人や付き合いの浅い人から見れば、乱暴者でオレ様な嫌な奴にしか思えないが。
それでも、キキョウはお婆達と出会った当初と比べると同一人物かって目を疑う程に心の地盤が変わったと思う。キキョウ自身、そう感じてるのだからそうなんだと思う。
ーーー
まだ、ショウが2才の頃だ。
その頃、キキョウはまだ名前がなくナナシ呼ばれていたから、その当時のキキョウの名前はナナシとする。
ショウはその頃「あう、あー。あー。」としか言わなかった。
育児本には二才か二才半くらいで“あれ、ほしい”“ママ、あっち”など、2語文で話すようになるらしいのだ。一才か一才半くらいでも“ワンワン(犬)”“クック(靴)”など意味のある言葉を喋る様になるという。
もちろん、個人差はありそれより早かったり遅かったりするのは当たり前だが。
だが、どの育児本に載ってる時期よりも、ショウが同年代の子に比べて歩くのも言葉を覚えるのもだいぶ遅かった。
その時ナナシは相当焦ったし悩んでた時期があった。
「育児本にも、みんな個人差があるって載ってるけど…平均より遅いのはいいけど。あまりに覚えが遅過ぎないか?ハイハイも最近ようやくできる様になった。
ハイハイって、平均で7ヶ月から10ヶ月前後でできるんだろ?その期間さえもだいぶ過ぎてる!!
どうしてだ?オレ様が、何かとちってしまったのか?いつだ…?どの時点で、そもそも…」
と、ぶつぶつ独り言を言いながら、様々な育児本、教育本などを読み漁っては焦りあまりの焦燥感から自分を責め立てる様になっていた。
「…オレ様のせいだ。オレ様が、もっと自分の時間を割いてショウに付きっきりで面倒みてれば…!」
そんな、ナナシに
「ナナシ様のせいではございしぇん。もちろん、ショウ様のせいでも誰のせいでもありましぇぬ。」
と、後ろから、お婆の声が聞こえた。
「ウッセーーーッッ!クソババアッ!!
テメーなんかに、何が分かんだよっ!!?」
キキョウは、声を荒げて今にも飛びかからんばかりにお婆を睨んできた。目には、ジワリと涙が浮かんでいる。
「ナナシ様、ショウ様は色んな事をいっぱい見ておりましゅ。例えば、他の子は“ハイハイしたい”と、それだけを考えて集中して何度も何度も失敗を繰り返しては、少しずつ上達してハイハイが出来る様になりましゅ。
でしゅが、ショウ様は別の事も考えておられるのでしゅ。」
「…別の事?」
「はい。絶対とは言い切れましぇんが、
例えばハイハイをしようとしてたけど、別の物が目に入りハイハイよりもそちらが気になってしまう。それよりも気になる事があれば、そちらに夢中になってしまう。」
「…は?それって、集中力がない…注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)(LD)、自閉スペクトラム症…つまり、発達障害って事か?」
「その可能性が大いに考えられましゅ。」
と、ここでお婆は、ナナシとのやり取りに内心ハラハラしていた。ここで、ナナシは覚えの遅いショウに一気に興味を無くし育児放棄する可能性もある。
それか、ナナシの元々の性格を考えれば、何でこんな簡単な事もできないんだ!分からないんだ!と、自分の思い通りにいかなくてストレスと苛立ちからショウをぶつけ虐待に発展してしまうか。
今、考えられるのは、この二つだとお婆は思っていた。だって、ナナシは天才だから、分からないって事が分からない。覚えられないって事が理解できない。そう、思っている。
ナナシにそんな経験がないから想像もつかないのだ。
すると、ナナシから意外な言葉が出てきた。
「…ああ、“気味”な?そんなん言っちまったら、この世に住んでる全員が“発達障害気味”になっちまうぜ?
短期で人に当たり散らす、陰口を言う、悪い事をして何処までなら許してもらえるか愛情を試す。どこまで悪さしたら怒られるか試すとか色々あるけど、これって自閉症気味って事?
オレ様は、比較的短期でけっこうすぐブチ切れる。好きな事も偏ってる。興味ねーもんには一切見向きもしねー。これって、自閉症気味って事?いじめっ子の行動もみんな、自閉症気味だから?
そういう考えになってもおかしくねーよな。
この判断もかなり難しい話になってくると思うぜ?なにせ、超絶軽いもんから、重度まで幅広くあると思うしさ。」
なんて、7才児は自分の考えをお婆に話した。…って、7才で発達障害知ってるとか、ある意味お婆は頭が痛くなってしまった。
一体、この子は何処を目指しているんだろうか?学者か医者にでもなるつもりだろうか?
…このままいけば、確実になれるだろうけど!
本当に、7才だろうか?
「…でも…、そっか!そうだよな。
今まで、育児本の平均って言葉だけで敏感になって視野が狭くなっちまってたけど。それを踏まえて、他の子たちと比べてばっかいないで、ショウ自身を見て向き合う事が大事なんだ!
よその子はよその子、うちの子はうちの子って感じ?」
…う〜ん、そうは言っても、そう考えて気持ちを切り替えようと頑張っても、いつの間にかどうしても他の子と比較して焦ってしまうものだ。頭じゃ分かっていても、心が追いついてこない。
やはり、焦ってパニックになって、どうしよう…うちの子、大丈夫なの?と、不安になり悩むというエンドレスを繰り返す人も少なくないかもしれない。
「そうやって考えりゃ、ショウの周りの空気は特別なんだよな。そこだけ、ゆっくり時間が流れてて不思議な感覚になるんだ。
だから、ショウは雰囲気がすっげー柔らかいんだ。ショウは魔法認定はされてないけど、オレ様の心を癒したり温かい気持ちにさせる特別な力を持つ存在なのかもな。そっかぁ!
色んな事がスローペースでふわふわ、ふにゃふにゃしてんのはショウの性格だし、それがショウの個性!すっげーかわいいじゃん!」
そう、言ってきたのだ。
何とも、子どもらしい発想だ。だが、
…個性…!そんな考え方もあるのかと、お婆は目から鱗である。少なくとも、今のお婆にはナナシの考え方はとても心に突き刺さるものがあり、温かい気持ちがグッと込み上げてきた。
…ナナシ様。そんな風に考えられるあなた様は、誰よりも心優しく素晴らしいと、このお婆めはとても感服しておりましゅ。
この問題もデリケートなので様々な意見があり色んな見解があるので、ナナシの考えを否定したり馬鹿にする人もいるかもしれない。
この世は、色んなデリケートな問題で溢れている。ちょっと考え方や発想が人と異なれば、敏感に反応して物議が出る事も少なくない。
何が良くて駄目なのか、ハッキリしていればいいのだが、そのギリギリのラインが非常に多く悩ましい限りである。
ショウの場合、発達障害かも(?)と少し疑う所もあるが、それも発達障害とは言い切れない本当に本当にギリギリの判断だと感じている。
同じ専門家でも、人によってとても発達障害ですねと言う人もいれば、何言ってるんですか!?全然、発達障害ではありませんよ!と、診断結果も違うだろう。それほど、境目のラインの判断はデリケートであり、とてもとても難しい判断と言える。
一重に発達障害と言っても、中度・重度となれば、話は全然変わってくると思う。本当に物議を醸し出すデリケートな話だし長くなりそうなので、そこは割愛するが
その話についてもナナシは、親や家族の苦労は想像を超えて大変も超えてくるだろうからなど、自分の考えを熱心に話してくれた。
それもこれも“もしも”の事に備えて、直ぐに対処できるよう受け止められるよう、熱心に勉強してるのだと思うとナナシのショウを守るんだという強い意志を感じられ胸が熱く締め付けられる気持ちだとお婆は思った。
そして、またショウの話に戻り
「ただ、平均よりずっと覚えるのに時間はかかるけど、ゆっくり時間掛けて教え方にも工夫して教えりゃ覚えてくれんだろ?
時間掛かっても失敗繰り返しても、覚えてくれんなら何の問題ないじゃんさ。
誰だって覚えるのに多少の時間かかるし、失敗だってするもんだろ?」
そう言ったナナシの顔は晴れやかだった。自分の中の悩みが解決した瞬間だった。
それからのナナシは機転が早く、ショウに対する対応は素晴らしいという他なかった。ショウもとても快適に過ごしやすそうにしている。
そこだけ、時間の流れはとても穏やかでとても柔らかく温かい空間になっていた。
癒しの空間である。
そのおかげか、ショウは超運動音痴なものの…そこは才能の問題が大きいのでどうしようもない。学習面では周りの子供達の平均をマークしていた。
それには、お婆はナナシの順応性の高さと、考え方、捉え方などもう驚かされっぱなしだった。とても、勉強になる。
ーーー
そのおかげもあってか、ショウは今現在5才で幼稚園に通っているが勉強で何か指摘される事話なかった。
だけど、人見知りで内気な性格のショウはお友達ができず、ずっと一人ぼっちで寂しそうだった。
それを見兼ねたキキョウは、オレ様がいるから、わざわざ幼稚園に行かせなくていいと抗議してきたが
勉強の他にも、集団生活、社会生活の中で、人間関係、価値観の違い、人との付き合い方などを学ぶ場でもあるし
学校で友達ができたら楽しいし喧嘩してもそれもまた勉強になる、と、お婆に説得されてしまった。
ショウに友達?…なんか複雑と思った事は口にしなかった。本心では、ショウにはオレ様一人いればいいし、オレ様もショウ以外誰もいらないって思ってはいるが。
それを言ってしまえば精神異常者だとショウと引き離されてしまいそうだし、今までここで生活していてキキョウ一人ではどうしようもできない事もある。
誰かの助けが必要な事だってある事を学んだから。
悔しくてムカつくから言えないけど、ぶっちゃけショウをここまで育ててこれたのは、お婆をはじめ屋敷で働いている人達の助けがあるからこそだと…実は感謝してたりする。
その事を眠ってるショウに
「…悔しいけどさ。ショウをこんなに、超絶可愛くスッゲーいい子に育てられたのってオレ様だけの力じゃないんだよなぁ。
…認めるのは癪だけど、あの口ウッセークソババアが居なかったらダメだった。
それに、屋敷で働いてる奴らの助けがあったから、ショウを育ててこれたんだと思う。ムカつくけど…感謝…してるんだぜ?
ショウも、感謝しろよ?みんな、ショウの事が大好きなんだ。オレ様は、ショウの事無限大に愛してるし大好きけどな!早く、結婚しよな。マジで大好きっ!」
なんて、小さな声で話し掛けショウのほっぺにキスしてる姿を目撃しちゃったら、可愛く思うし、自分達の事をそんな風に思ってくれてたなんてと嬉しくないわけない。普段、自分達に塩対応だから尚更だ。
次の日には屋敷中にキキョウの呟きの内容が知られていて、みんなニマニマを抑えるのがやっとだった。
まさか、昨日の夜の呟きが使用人の一人に聞かれていたなんて知る由もないキキョウは、
なんだか、いつもよりみんなより一層気持ち悪りーなと失礼な事を思っていた。
そして、他の子より遅くに幼稚園に入園した、ショウにとって大事件が起こった。
それは、入園して一週間過ぎてからの出来事。
幼稚園から帰って来たショウはずっと俯きっぱなしで、キキョウは何やら嫌な予感がしていた。それでも、何も言わず何かに耐えるように下を俯いてばかりいるショウ。
いつもなら、幼稚園バスから降りた瞬間に、元気いっぱいの笑顔で「たらいまーーー!!!」と、キキョウに飛びついてくるというのに。
今日はバスから降りる足取りも重く、全体的に雰囲気もどんよりしていた。
そんなショウをキキョウはいつもの様に抱き上げ、抱っこしたまま屋敷に向かって行く。その間にキキョウは心配そうにショウの顔を覗き込み
「おかえり、ショウ。…どうした?
今日、元気ないみたいだけど、何かあった?」
と、聞いても、下を俯いてギュッと唇を噛んでいる。小さなお目々にも大粒の涙が浮かんでいる。あまりに心配で、キキョウは不安が募り
「…ショウの事は何でも知りたい。
教えてくれないか?オレ様の“かわいい”ショウ。」
と、キキョウが親愛を込めて、ショウの頭にキスをした。すると
「…う、うちょちゅきっ!」
精いっぱい虚勢を張ったのだろう。普段おっとりしているショウが、声を震わせながら声を荒げたのだ。それに驚いたキキョウは
「どうした?…やっぱり、なんかあったのか?」
と、再度心配そうに声を掛けると、ショウは勢いよく俯いていた顔をあげるとジッとキキョウの顔を見て
「…ち、ちちょうのうちょちゅきっ!!
あたち、かわいくないって!“ブチュ”だって言われたっ!幼稚園もみんなよりおちょく入ったからビンボーだ。頭わるいからだ。って、わらわれちゃのっ!」
…ズキッ…!
ショウからたくさんの涙と共に飛び出してきた言葉は、キキョウの心を抉る様に痛んだ。
…な、なんなんだ、それっ!!?
それが、なんだってんだよ…たったそれだけでショウを傷付けるのか?
…は?
マジで意味分かんねー
なんで、ショウがこんなに傷つかなきゃいけねーんだ!
…こんな事になるなら、幼稚園に通わせなきゃよかった…ショウ…
「あたち、ビンボーで頭わるいからいっちょに遊ぶとうつるって、バジュくんのお母たんとかお父たん言ってたって。」
…ズキン、ズキン…
子供は親の背中見て育つってよく言うけど
親の心ない言葉を聞いて、親の言動を見て、それがキッカケになってイジメに発展する事も少なくない
ショウの場合、今まさにそれだ
「…あたちも、みんなとお友達になりたくてガンバッて“あそぼう”“おともだちになって?”って、お願いちたの!…でもにぇ…
みんな、“あっち行け”ちょか、“ブチュとはあちょばない”って、言ってね。あたちの事いないいないして、いなくなっちゃうの。
…だから、あたち…ひちょりなの。さみちい。」
と、キキョウに抱きついて、エーンエーンと泣いていた。これには、キキョウも泣きたくなってしまった。心が張り裂けそうに痛い。心が苦しい。何とかしてあげたいのに、何もしてあげられない。
…こんな…どうしよう
どうしたら、いい?
「…幼稚園、嫌だよぉ〜!行きちゃくないよぉ〜!」
泣いてるショウをあやしながら、そういえばと思い立ち、連絡事項や今日一日あった出来事を先生が書く連絡帳を開いて見た。そこで、何か先生も対策を考えてくれてるかもしれないと。
だが、そこで目にしたのは
【連絡帳・今日も、いつもの様に大好きな絵本を読んで楽しそうでした。
ですが、少々社交性に欠けている様なので、お家でもお外で遊ぶよう、お友達とも仲良くするようにお話ししてあげて下さい。
周りのお友達はとても優しくていい子達ばかりなので安心して下さい。】
と、いう内容だった。
思い出してみれば、毎日同じような事ばかり書かれている。
そして、ショウの話を聞くまで大して気にしていなかったが、ショウの話を聞いてからよくよく考えて読めば…これは、まるでショウが悪いと言っているようにも受け取れる。
そういう風に解釈してしまうと、だんだんともの凄くムカついてきた。
ここで、キキョウはこの幼稚園に不信感を抱くようになった。幼稚園全体がそうなのか、一部の先生がそうなのか。はたまた、外部からの圧力なのか。分からないが、とにかく
子ども達をよく見ていない。
そんな悪い印象を持ってしまった。
だからといって、ショウの言う事ばかり聞いてしまうと。我が儘放題の癇癪持ちになり、意味不明に暴れ回ったり暴言を吐いたり、芯のない薄っぺらい人間に育ちそうで怖い。
別に、キキョウはそれでいいが
それが原因で、人生を謳歌できない、張り合いがない、楽しみもない、何を糧に生きればいいのか、何の為に生きてるのか分からない、と、ストレスばかり溜まり精神を患って廃人のようになったら…それこそ、ショウが本当に可哀想だ。
度合いというものがあるが、我慢する事や努力する事、立ち向かう勇気など少し…ほんの少しでいいから学んでほしい。
そう、思うキキョウだ。
けど、我慢のしすぎや頑張り過ぎは絶対にいけない。それが、過ぎても取り返しのつかない精神病にかかってしまう可能性が非常に高い。
そのバランスが本当に難しいところだ。
それに、イジメは犯罪だとキキョウは感じている。イジメてる側、関係のない人などは、“たかが”と、思っている人も多いだろうが
本当に、“たかが”だろうか?
面倒事になりそうだと加害者側につく学校や保護者は“子ども同士の事なんだから”など、自分達の都合のいいことばかり言ってそこから逃げようとする。
…なあ?
一重にイジメって言っても、病気みたいに色んな種類もあるし超絶軽くて直ぐ直っちゃうものから、重度で刑罰が必要なくらいあまりに酷く非道なイジメまで幅広くある。
それを、単純にイジメってだけの言葉で片付けていいものなのだろうか?
それが原因で、人の人生を大きく狂わせる
それがトラウマとなり、一生その傷が消えないままもがき苦しみ続ける人だっている
時には、命を奪う
それを“たかが”で、済ませてしまっていいものなのだろうか?
キキョウは、たった半年であったが被害者側を経験して、そう感じた。
それに、自分よりもずっとずっと壮絶なイジメをされた子が上級生にいて、まだ小学生だというのにその若さで自ら命を絶った子もいた。
別の学校の同年代の子供は、売春をしていたところ補導され、そこで明るみになったのは家庭内暴力と親からの性的な虐待を受けていたという信じられないほど悍ましい事実。
そして、その親から売春して金を稼げとその子がもっともっと幼い頃から強制されていたらしいのだ。
また、自分と同級生だった自分と同じようにイジメられてる子が、最近ニュースで報道された時には驚いた。
心の限界がきて、恨みつらみばかり増築されていったその子は、ついに心が爆発しいじめっ子の主犯格にカッターで切りかかり怪我をさせたそうだ。運良くも、いじめっ子の主犯格は軽症で済んだらしいが。
どうも、そのいじめられっ子は学校だけでなく、家でもパワハラ・モラハラが酷くて挙げ句“お前みたいな子供いらない!”“いい?車が来たら飛び出してひかれなさい。”と、命じられていたそうだ。
ニュースで知っただけなので、彼らがどうなったかは分からないし知ろうとも思わないが…もう、ここで“イジメられっ子”の人生は狂ってしまっただろう。なんて、やつだ!頭がおかしな子だと。
いじめっ子の方は、怪我をさせられた可哀想な子。心のケアをしてあげないとと手厚く介抱される事だろう。イジメについては、後で少し注意されるくらいで済むだろう。
その時、イジメっ子はどう感じるだろうか?
何にも心に響かないどころか、なんで自分だけ?自分だけ可哀想だと悲劇に浸るだけなのか。
それをキッカケに、何かを感じイジメられっ子の気持ちを考えてあげられるようになるか…
そのどちらでもない、別の何かを感じ考えているのか…
人の気持ちも数えきれない程あるので、そこまではキキョウには分からないが。
話は逸れてしまったが、ここは慎重にショウの様子や幼稚園の様子を見て動いた方がいいだろうとキキョウは思っていた。
ショウには酷な話だが、とりあえず一週間バレないように幼稚園に張り付いて様子を見てみよう。場合によっては、その場でショウを連れ帰る!ケースバイケースってやつだ。
そこで、この幼稚園を辞め別の幼稚園へと編入すべきか、どうするべきか考えなければならない。
…そうは思っても、ショウの話や今の様子を見ると…仕方ないとはいえ、その様子見の期間ですらショウをあの幼稚園に行かせたくないとキキョウはとても心が苦しかった。
「…ごめんな、ショウ。」
最初からオレ様が、園の様子を見てればこんな事にはならなかったのに
気づいてあげられなくて、ごめん…
と、まさか幼児達の間でそんな事があるとは想像してなかった。幼稚園=幼子=無害なんて、勝手に思っていた自分は浅はかなんだと物凄く自分を責めた。
逆に考えれば、無邪気で透明。いい所も悪い所もどんどん吸収して行く大事な時期。だからこそ、大人達がいい見本となり、いい事はいい、いけない事は駄目だとしっかり導かなければならない。
だが、悪い事をしても駄目だと叱るだけではいけない。
何が、どういけないのか、どうするべきかしっかり教えてあげなければ分からないのだ。
おそらく、ショウの通ってる幼稚園や親御がそれを怠ってる可能性が高く思える。
まだ、ハッキリ分からないから何とも言えない所も多いが、ショウが傷ついて泣いてる。
それだけは変わらない真実なのだ。
向こうはどう思っているか分からないけど“大した事ない”、“こんな些細な事”と、そう思ってたと仮定しても相手を傷付ける理由にはならない。
理由は何であれ“相手を傷付けた”それが事実であり、人によってその感じ方や受け取り方は個々様々なのだから。
ただ、被害者側の単なる被害妄想だったり逆恨みだったりしたら、話は違うが…。
そして、喜ばしい事にナナシは“名無し”ではなくなった。それは、ナナシと一緒にお散歩をしていたショウの目に、ある花が目に止まり
「わぁっ!このハナ、ちれいだね!すっっごく、ちれい。」
と、凛と美しく咲く花を見ていたく気に入ったようで、驚きで目を大きく見開きキラキラ輝かせぷにぷにのほっぺは桃色に染まっており色んな角度からその花を見ていた。
あまりに、その花に食い付いていたショウにナナシは自然と笑みが溢れ、ショウの目線の高さに合わせるようにしゃがみ
ショウの顔を見ながら
「その花は“桔梗(ききょう)って名前だよ。ショウは、その花が好きなの?」
と、聞いた。すると、ショウは
「うん!ちょっても、ちょーーーっても大しゅき!だってね、だってね!」
したったらずで、身振り手振りで一生懸命にこの花が大好きだと伝えてこようとしている。その姿があまりに可愛らしくて、思わずナナシは「…クフフ!」と、ちょっと声を出して笑ってしまった。
そして、次の瞬間。
「ナナシみたいに、ちょってもキレーなムラシャキなの!」
と、言われてナナシはドキリとし、ショウを凝視した。
「ナナシみたいに、ちょってもキレーでカッコいいから、だぁ〜〜〜いしゅきっ!!」
なんて、勢いよく抱きつかれた時には、可愛いが過ぎて心臓が止まるかと思った。きゅんっとする胸を抑えナナシは桔梗の花を見る。
「…そんなに、あの花とオレ様似てる?」
と、ショウに聞くと、ショウは興奮したように大きく「うん!」と頷いた。そこで、ナナシは少し考えるとショウに言った。
「…実はさ。オレ様、名前ないんだよね。
名前が無いから“名無し”って、呼ばれてるだけなんだ。分かる?」
と、問いかけると
「…え?ナナシ、お名前にゃいの?」
ショウは、それはそれは驚いた顔をして
「…かわいちょう…」
と、しょんぼりしていた。それを見て、ちょっと心苦しくて苦笑いしつつもナナシはこう言った。
「だからさ。ショウがオレ様に名前くれよ。」
そう言ったから、ショウはビックリしちゃって。でも、ナナシの為にと
「あたち、ナナシにカッコいいお名前考えたげる!」
なんて意気揚々とするも、どんなに頑張っても名前が思い浮かばず頭を悩ませていた。自分の為に一生懸命に考えてくれるショウに、ナナシはホッコリしながら
「ショウ、この花の名前覚えてる?」
と、桔梗の花を指さすと、ショウはハッとしたように
「……んっと!んっとね!!」
…うん。忘れちゃったみたいだ。ナナシはそのバカワイらしさに、またも「…クフフ。」と笑ってしまった。
「桔梗、な?」
「あ!ちちょうね。うん、ちちょう!」
思い出せて嬉しかったのか、自慢げにナナシに花の名前を言うショウに
「花の名前、覚えて偉いねショウ。」
と、ギュウっとショウを抱きしめて、いっぱいいっぱい褒めた。褒められてショウは「えへへ!」と、とってもご満悦だ。そんなショウに
「その花、綺麗でカッコいいからオレ様に似てるって言ったよね?」
「うん!このお花、ナナシとしゅごくお似合い!!ちょってもちょーーーっても、ちれい!!!」
「だから、オレ様に似てるってその花の名前もらっていいかな?」
そう、聞いてきたナナシに
「…?お花とお名前、おんなじでいいの?」
と、首を傾げ、ジッとナナシの顔を見てきたショウは、控えめに言って宇宙一可愛い!
「うん。ショウがオレ様に似てるって、凄く綺麗だって褒めてたその花と同じ名前がいいんだ。だから、お願いしていいかな?」
と、ナナシがお願いすると
「いーよー!ナナシのお名前は、ち…えっと…ちも…うな…」
「…クフッ!桔梗。」
「ちょうっ!ちちょう!ナナシのお名前、ちちょう!」
「オレ様の名前は、今日からキキョウ。ショウがつけてくれた名前だ。ありがとね、ショウ。
スッゲー嬉しいっ!…マジで、うれ…グスッ…嬉しいっっ!!」
と、感極まったナナシ…いや、キキョウは、ショウを抱きしめたまま頬擦りしては、チュッチュキスをいっぱいして、何回も何回もお礼を言った。
キキョウが毎日の様にショウにチュッチュしてくるから、ショウも大好きなキキョウにチュッチュのお返しをしてくる。
だから、キキョウはとっても幸せそうにニヤけてるし、ショウもドヤッと満足気である。
(余談だが、そんな二人のやり取りを見て屋敷では可愛いとかわいいの相乗効果でみんなきゅんきゅんしているという。)
それに対してショウは、飽きもせず
「どういたちまちて!」と言っては、泣いてるキキョウに「…どうちたの?痛い?だいじょーぶ?」と、心配そうに何度も繰り返し声をかけていた。なんなら、キキョウが泣いてたからショウも泣きそうになっている。
そんな出来事があり、ナナシは名無しではなくなりキキョウという立派な名前がついたのだった。そして、この日をキキョウは自分の誕生日とした。
それをお婆に伝え、この日
名無しは、正式にキキョウという名前と誕生日が国の戸籍に登録され
緊急で、キキョウのお誕生会を開く事になった。お婆や使用人達から色んなプレゼントや、普段食べない様な豪華な食事とスイーツが用意された。
…だって、普段は太りやすい体質のショウの健康管理の為にキキョウは、熱心に料理や栄養など調べて自ら台所に立ち、ショウに合わせたバランスのいい食事を作る様になったからだ。
だが、屋敷で雇っている料理人の仕事を奪ってはいけないとお婆に、生活の為に仕事をしているし仕事を見つけるのもとても大変な事で。
仕事がしたくても断られ続け、仕事に就けない人だっていると説明をし
それに納得したキキョウは、料理人にショウにはどうしても自分の手料理が食べさせたい事。
ショウが羨ましがらないように、キキョウには野菜中心のヘルシー料理をお願いした。
代わりに、料理人を含め使用人やメイド達には仕事は体力がいるから、しっかりしたメニューを考えて出してやってほしい。
そして、記念日やお祝いのときは盛大に頼む。お前の料理はどれも美味いから期待してる。と、料理人の立場や気持ちも考えキキョウなりに配慮してお願いしたのだった。
色々と頑張っているキキョウはやや口は悪いし粗暴気味ではあるが、思いやりのある優しい子に育った。…おそらく、口の悪さや粗暴な態度はバカ高いプライドと恥ずかしさがあっての事。その性格を知った上で、キキョウを見ると全然許せてしまうし、“ああ、照れ隠しなんだな”と、可愛く思える。
キキョウに初めて会った人や付き合いの浅い人から見れば、乱暴者でオレ様な嫌な奴にしか思えないが。
それでも、キキョウはお婆達と出会った当初と比べると同一人物かって目を疑う程に心の地盤が変わったと思う。キキョウ自身、そう感じてるのだからそうなんだと思う。
ーーー
まだ、ショウが2才の頃だ。
その頃、キキョウはまだ名前がなくナナシ呼ばれていたから、その当時のキキョウの名前はナナシとする。
ショウはその頃「あう、あー。あー。」としか言わなかった。
育児本には二才か二才半くらいで“あれ、ほしい”“ママ、あっち”など、2語文で話すようになるらしいのだ。一才か一才半くらいでも“ワンワン(犬)”“クック(靴)”など意味のある言葉を喋る様になるという。
もちろん、個人差はありそれより早かったり遅かったりするのは当たり前だが。
だが、どの育児本に載ってる時期よりも、ショウが同年代の子に比べて歩くのも言葉を覚えるのもだいぶ遅かった。
その時ナナシは相当焦ったし悩んでた時期があった。
「育児本にも、みんな個人差があるって載ってるけど…平均より遅いのはいいけど。あまりに覚えが遅過ぎないか?ハイハイも最近ようやくできる様になった。
ハイハイって、平均で7ヶ月から10ヶ月前後でできるんだろ?その期間さえもだいぶ過ぎてる!!
どうしてだ?オレ様が、何かとちってしまったのか?いつだ…?どの時点で、そもそも…」
と、ぶつぶつ独り言を言いながら、様々な育児本、教育本などを読み漁っては焦りあまりの焦燥感から自分を責め立てる様になっていた。
「…オレ様のせいだ。オレ様が、もっと自分の時間を割いてショウに付きっきりで面倒みてれば…!」
そんな、ナナシに
「ナナシ様のせいではございしぇん。もちろん、ショウ様のせいでも誰のせいでもありましぇぬ。」
と、後ろから、お婆の声が聞こえた。
「ウッセーーーッッ!クソババアッ!!
テメーなんかに、何が分かんだよっ!!?」
キキョウは、声を荒げて今にも飛びかからんばかりにお婆を睨んできた。目には、ジワリと涙が浮かんでいる。
「ナナシ様、ショウ様は色んな事をいっぱい見ておりましゅ。例えば、他の子は“ハイハイしたい”と、それだけを考えて集中して何度も何度も失敗を繰り返しては、少しずつ上達してハイハイが出来る様になりましゅ。
でしゅが、ショウ様は別の事も考えておられるのでしゅ。」
「…別の事?」
「はい。絶対とは言い切れましぇんが、
例えばハイハイをしようとしてたけど、別の物が目に入りハイハイよりもそちらが気になってしまう。それよりも気になる事があれば、そちらに夢中になってしまう。」
「…は?それって、集中力がない…注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)(LD)、自閉スペクトラム症…つまり、発達障害って事か?」
「その可能性が大いに考えられましゅ。」
と、ここでお婆は、ナナシとのやり取りに内心ハラハラしていた。ここで、ナナシは覚えの遅いショウに一気に興味を無くし育児放棄する可能性もある。
それか、ナナシの元々の性格を考えれば、何でこんな簡単な事もできないんだ!分からないんだ!と、自分の思い通りにいかなくてストレスと苛立ちからショウをぶつけ虐待に発展してしまうか。
今、考えられるのは、この二つだとお婆は思っていた。だって、ナナシは天才だから、分からないって事が分からない。覚えられないって事が理解できない。そう、思っている。
ナナシにそんな経験がないから想像もつかないのだ。
すると、ナナシから意外な言葉が出てきた。
「…ああ、“気味”な?そんなん言っちまったら、この世に住んでる全員が“発達障害気味”になっちまうぜ?
短期で人に当たり散らす、陰口を言う、悪い事をして何処までなら許してもらえるか愛情を試す。どこまで悪さしたら怒られるか試すとか色々あるけど、これって自閉症気味って事?
オレ様は、比較的短期でけっこうすぐブチ切れる。好きな事も偏ってる。興味ねーもんには一切見向きもしねー。これって、自閉症気味って事?いじめっ子の行動もみんな、自閉症気味だから?
そういう考えになってもおかしくねーよな。
この判断もかなり難しい話になってくると思うぜ?なにせ、超絶軽いもんから、重度まで幅広くあると思うしさ。」
なんて、7才児は自分の考えをお婆に話した。…って、7才で発達障害知ってるとか、ある意味お婆は頭が痛くなってしまった。
一体、この子は何処を目指しているんだろうか?学者か医者にでもなるつもりだろうか?
…このままいけば、確実になれるだろうけど!
本当に、7才だろうか?
「…でも…、そっか!そうだよな。
今まで、育児本の平均って言葉だけで敏感になって視野が狭くなっちまってたけど。それを踏まえて、他の子たちと比べてばっかいないで、ショウ自身を見て向き合う事が大事なんだ!
よその子はよその子、うちの子はうちの子って感じ?」
…う〜ん、そうは言っても、そう考えて気持ちを切り替えようと頑張っても、いつの間にかどうしても他の子と比較して焦ってしまうものだ。頭じゃ分かっていても、心が追いついてこない。
やはり、焦ってパニックになって、どうしよう…うちの子、大丈夫なの?と、不安になり悩むというエンドレスを繰り返す人も少なくないかもしれない。
「そうやって考えりゃ、ショウの周りの空気は特別なんだよな。そこだけ、ゆっくり時間が流れてて不思議な感覚になるんだ。
だから、ショウは雰囲気がすっげー柔らかいんだ。ショウは魔法認定はされてないけど、オレ様の心を癒したり温かい気持ちにさせる特別な力を持つ存在なのかもな。そっかぁ!
色んな事がスローペースでふわふわ、ふにゃふにゃしてんのはショウの性格だし、それがショウの個性!すっげーかわいいじゃん!」
そう、言ってきたのだ。
何とも、子どもらしい発想だ。だが、
…個性…!そんな考え方もあるのかと、お婆は目から鱗である。少なくとも、今のお婆にはナナシの考え方はとても心に突き刺さるものがあり、温かい気持ちがグッと込み上げてきた。
…ナナシ様。そんな風に考えられるあなた様は、誰よりも心優しく素晴らしいと、このお婆めはとても感服しておりましゅ。
この問題もデリケートなので様々な意見があり色んな見解があるので、ナナシの考えを否定したり馬鹿にする人もいるかもしれない。
この世は、色んなデリケートな問題で溢れている。ちょっと考え方や発想が人と異なれば、敏感に反応して物議が出る事も少なくない。
何が良くて駄目なのか、ハッキリしていればいいのだが、そのギリギリのラインが非常に多く悩ましい限りである。
ショウの場合、発達障害かも(?)と少し疑う所もあるが、それも発達障害とは言い切れない本当に本当にギリギリの判断だと感じている。
同じ専門家でも、人によってとても発達障害ですねと言う人もいれば、何言ってるんですか!?全然、発達障害ではありませんよ!と、診断結果も違うだろう。それほど、境目のラインの判断はデリケートであり、とてもとても難しい判断と言える。
一重に発達障害と言っても、中度・重度となれば、話は全然変わってくると思う。本当に物議を醸し出すデリケートな話だし長くなりそうなので、そこは割愛するが
その話についてもナナシは、親や家族の苦労は想像を超えて大変も超えてくるだろうからなど、自分の考えを熱心に話してくれた。
それもこれも“もしも”の事に備えて、直ぐに対処できるよう受け止められるよう、熱心に勉強してるのだと思うとナナシのショウを守るんだという強い意志を感じられ胸が熱く締め付けられる気持ちだとお婆は思った。
そして、またショウの話に戻り
「ただ、平均よりずっと覚えるのに時間はかかるけど、ゆっくり時間掛けて教え方にも工夫して教えりゃ覚えてくれんだろ?
時間掛かっても失敗繰り返しても、覚えてくれんなら何の問題ないじゃんさ。
誰だって覚えるのに多少の時間かかるし、失敗だってするもんだろ?」
そう言ったナナシの顔は晴れやかだった。自分の中の悩みが解決した瞬間だった。
それからのナナシは機転が早く、ショウに対する対応は素晴らしいという他なかった。ショウもとても快適に過ごしやすそうにしている。
そこだけ、時間の流れはとても穏やかでとても柔らかく温かい空間になっていた。
癒しの空間である。
そのおかげか、ショウは超運動音痴なものの…そこは才能の問題が大きいのでどうしようもない。学習面では周りの子供達の平均をマークしていた。
それには、お婆はナナシの順応性の高さと、考え方、捉え方などもう驚かされっぱなしだった。とても、勉強になる。
ーーー
そのおかげもあってか、ショウは今現在5才で幼稚園に通っているが勉強で何か指摘される事話なかった。
だけど、人見知りで内気な性格のショウはお友達ができず、ずっと一人ぼっちで寂しそうだった。
それを見兼ねたキキョウは、オレ様がいるから、わざわざ幼稚園に行かせなくていいと抗議してきたが
勉強の他にも、集団生活、社会生活の中で、人間関係、価値観の違い、人との付き合い方などを学ぶ場でもあるし
学校で友達ができたら楽しいし喧嘩してもそれもまた勉強になる、と、お婆に説得されてしまった。
ショウに友達?…なんか複雑と思った事は口にしなかった。本心では、ショウにはオレ様一人いればいいし、オレ様もショウ以外誰もいらないって思ってはいるが。
それを言ってしまえば精神異常者だとショウと引き離されてしまいそうだし、今までここで生活していてキキョウ一人ではどうしようもできない事もある。
誰かの助けが必要な事だってある事を学んだから。
悔しくてムカつくから言えないけど、ぶっちゃけショウをここまで育ててこれたのは、お婆をはじめ屋敷で働いている人達の助けがあるからこそだと…実は感謝してたりする。
その事を眠ってるショウに
「…悔しいけどさ。ショウをこんなに、超絶可愛くスッゲーいい子に育てられたのってオレ様だけの力じゃないんだよなぁ。
…認めるのは癪だけど、あの口ウッセークソババアが居なかったらダメだった。
それに、屋敷で働いてる奴らの助けがあったから、ショウを育ててこれたんだと思う。ムカつくけど…感謝…してるんだぜ?
ショウも、感謝しろよ?みんな、ショウの事が大好きなんだ。オレ様は、ショウの事無限大に愛してるし大好きけどな!早く、結婚しよな。マジで大好きっ!」
なんて、小さな声で話し掛けショウのほっぺにキスしてる姿を目撃しちゃったら、可愛く思うし、自分達の事をそんな風に思ってくれてたなんてと嬉しくないわけない。普段、自分達に塩対応だから尚更だ。
次の日には屋敷中にキキョウの呟きの内容が知られていて、みんなニマニマを抑えるのがやっとだった。
まさか、昨日の夜の呟きが使用人の一人に聞かれていたなんて知る由もないキキョウは、
なんだか、いつもよりみんなより一層気持ち悪りーなと失礼な事を思っていた。
そして、他の子より遅くに幼稚園に入園した、ショウにとって大事件が起こった。
それは、入園して一週間過ぎてからの出来事。
幼稚園から帰って来たショウはずっと俯きっぱなしで、キキョウは何やら嫌な予感がしていた。それでも、何も言わず何かに耐えるように下を俯いてばかりいるショウ。
いつもなら、幼稚園バスから降りた瞬間に、元気いっぱいの笑顔で「たらいまーーー!!!」と、キキョウに飛びついてくるというのに。
今日はバスから降りる足取りも重く、全体的に雰囲気もどんよりしていた。
そんなショウをキキョウはいつもの様に抱き上げ、抱っこしたまま屋敷に向かって行く。その間にキキョウは心配そうにショウの顔を覗き込み
「おかえり、ショウ。…どうした?
今日、元気ないみたいだけど、何かあった?」
と、聞いても、下を俯いてギュッと唇を噛んでいる。小さなお目々にも大粒の涙が浮かんでいる。あまりに心配で、キキョウは不安が募り
「…ショウの事は何でも知りたい。
教えてくれないか?オレ様の“かわいい”ショウ。」
と、キキョウが親愛を込めて、ショウの頭にキスをした。すると
「…う、うちょちゅきっ!」
精いっぱい虚勢を張ったのだろう。普段おっとりしているショウが、声を震わせながら声を荒げたのだ。それに驚いたキキョウは
「どうした?…やっぱり、なんかあったのか?」
と、再度心配そうに声を掛けると、ショウは勢いよく俯いていた顔をあげるとジッとキキョウの顔を見て
「…ち、ちちょうのうちょちゅきっ!!
あたち、かわいくないって!“ブチュ”だって言われたっ!幼稚園もみんなよりおちょく入ったからビンボーだ。頭わるいからだ。って、わらわれちゃのっ!」
…ズキッ…!
ショウからたくさんの涙と共に飛び出してきた言葉は、キキョウの心を抉る様に痛んだ。
…な、なんなんだ、それっ!!?
それが、なんだってんだよ…たったそれだけでショウを傷付けるのか?
…は?
マジで意味分かんねー
なんで、ショウがこんなに傷つかなきゃいけねーんだ!
…こんな事になるなら、幼稚園に通わせなきゃよかった…ショウ…
「あたち、ビンボーで頭わるいからいっちょに遊ぶとうつるって、バジュくんのお母たんとかお父たん言ってたって。」
…ズキン、ズキン…
子供は親の背中見て育つってよく言うけど
親の心ない言葉を聞いて、親の言動を見て、それがキッカケになってイジメに発展する事も少なくない
ショウの場合、今まさにそれだ
「…あたちも、みんなとお友達になりたくてガンバッて“あそぼう”“おともだちになって?”って、お願いちたの!…でもにぇ…
みんな、“あっち行け”ちょか、“ブチュとはあちょばない”って、言ってね。あたちの事いないいないして、いなくなっちゃうの。
…だから、あたち…ひちょりなの。さみちい。」
と、キキョウに抱きついて、エーンエーンと泣いていた。これには、キキョウも泣きたくなってしまった。心が張り裂けそうに痛い。心が苦しい。何とかしてあげたいのに、何もしてあげられない。
…こんな…どうしよう
どうしたら、いい?
「…幼稚園、嫌だよぉ〜!行きちゃくないよぉ〜!」
泣いてるショウをあやしながら、そういえばと思い立ち、連絡事項や今日一日あった出来事を先生が書く連絡帳を開いて見た。そこで、何か先生も対策を考えてくれてるかもしれないと。
だが、そこで目にしたのは
【連絡帳・今日も、いつもの様に大好きな絵本を読んで楽しそうでした。
ですが、少々社交性に欠けている様なので、お家でもお外で遊ぶよう、お友達とも仲良くするようにお話ししてあげて下さい。
周りのお友達はとても優しくていい子達ばかりなので安心して下さい。】
と、いう内容だった。
思い出してみれば、毎日同じような事ばかり書かれている。
そして、ショウの話を聞くまで大して気にしていなかったが、ショウの話を聞いてからよくよく考えて読めば…これは、まるでショウが悪いと言っているようにも受け取れる。
そういう風に解釈してしまうと、だんだんともの凄くムカついてきた。
ここで、キキョウはこの幼稚園に不信感を抱くようになった。幼稚園全体がそうなのか、一部の先生がそうなのか。はたまた、外部からの圧力なのか。分からないが、とにかく
子ども達をよく見ていない。
そんな悪い印象を持ってしまった。
だからといって、ショウの言う事ばかり聞いてしまうと。我が儘放題の癇癪持ちになり、意味不明に暴れ回ったり暴言を吐いたり、芯のない薄っぺらい人間に育ちそうで怖い。
別に、キキョウはそれでいいが
それが原因で、人生を謳歌できない、張り合いがない、楽しみもない、何を糧に生きればいいのか、何の為に生きてるのか分からない、と、ストレスばかり溜まり精神を患って廃人のようになったら…それこそ、ショウが本当に可哀想だ。
度合いというものがあるが、我慢する事や努力する事、立ち向かう勇気など少し…ほんの少しでいいから学んでほしい。
そう、思うキキョウだ。
けど、我慢のしすぎや頑張り過ぎは絶対にいけない。それが、過ぎても取り返しのつかない精神病にかかってしまう可能性が非常に高い。
そのバランスが本当に難しいところだ。
それに、イジメは犯罪だとキキョウは感じている。イジメてる側、関係のない人などは、“たかが”と、思っている人も多いだろうが
本当に、“たかが”だろうか?
面倒事になりそうだと加害者側につく学校や保護者は“子ども同士の事なんだから”など、自分達の都合のいいことばかり言ってそこから逃げようとする。
…なあ?
一重にイジメって言っても、病気みたいに色んな種類もあるし超絶軽くて直ぐ直っちゃうものから、重度で刑罰が必要なくらいあまりに酷く非道なイジメまで幅広くある。
それを、単純にイジメってだけの言葉で片付けていいものなのだろうか?
それが原因で、人の人生を大きく狂わせる
それがトラウマとなり、一生その傷が消えないままもがき苦しみ続ける人だっている
時には、命を奪う
それを“たかが”で、済ませてしまっていいものなのだろうか?
キキョウは、たった半年であったが被害者側を経験して、そう感じた。
それに、自分よりもずっとずっと壮絶なイジメをされた子が上級生にいて、まだ小学生だというのにその若さで自ら命を絶った子もいた。
別の学校の同年代の子供は、売春をしていたところ補導され、そこで明るみになったのは家庭内暴力と親からの性的な虐待を受けていたという信じられないほど悍ましい事実。
そして、その親から売春して金を稼げとその子がもっともっと幼い頃から強制されていたらしいのだ。
また、自分と同級生だった自分と同じようにイジメられてる子が、最近ニュースで報道された時には驚いた。
心の限界がきて、恨みつらみばかり増築されていったその子は、ついに心が爆発しいじめっ子の主犯格にカッターで切りかかり怪我をさせたそうだ。運良くも、いじめっ子の主犯格は軽症で済んだらしいが。
どうも、そのいじめられっ子は学校だけでなく、家でもパワハラ・モラハラが酷くて挙げ句“お前みたいな子供いらない!”“いい?車が来たら飛び出してひかれなさい。”と、命じられていたそうだ。
ニュースで知っただけなので、彼らがどうなったかは分からないし知ろうとも思わないが…もう、ここで“イジメられっ子”の人生は狂ってしまっただろう。なんて、やつだ!頭がおかしな子だと。
いじめっ子の方は、怪我をさせられた可哀想な子。心のケアをしてあげないとと手厚く介抱される事だろう。イジメについては、後で少し注意されるくらいで済むだろう。
その時、イジメっ子はどう感じるだろうか?
何にも心に響かないどころか、なんで自分だけ?自分だけ可哀想だと悲劇に浸るだけなのか。
それをキッカケに、何かを感じイジメられっ子の気持ちを考えてあげられるようになるか…
そのどちらでもない、別の何かを感じ考えているのか…
人の気持ちも数えきれない程あるので、そこまではキキョウには分からないが。
話は逸れてしまったが、ここは慎重にショウの様子や幼稚園の様子を見て動いた方がいいだろうとキキョウは思っていた。
ショウには酷な話だが、とりあえず一週間バレないように幼稚園に張り付いて様子を見てみよう。場合によっては、その場でショウを連れ帰る!ケースバイケースってやつだ。
そこで、この幼稚園を辞め別の幼稚園へと編入すべきか、どうするべきか考えなければならない。
…そうは思っても、ショウの話や今の様子を見ると…仕方ないとはいえ、その様子見の期間ですらショウをあの幼稚園に行かせたくないとキキョウはとても心が苦しかった。
「…ごめんな、ショウ。」
最初からオレ様が、園の様子を見てればこんな事にはならなかったのに
気づいてあげられなくて、ごめん…
と、まさか幼児達の間でそんな事があるとは想像してなかった。幼稚園=幼子=無害なんて、勝手に思っていた自分は浅はかなんだと物凄く自分を責めた。
逆に考えれば、無邪気で透明。いい所も悪い所もどんどん吸収して行く大事な時期。だからこそ、大人達がいい見本となり、いい事はいい、いけない事は駄目だとしっかり導かなければならない。
だが、悪い事をしても駄目だと叱るだけではいけない。
何が、どういけないのか、どうするべきかしっかり教えてあげなければ分からないのだ。
おそらく、ショウの通ってる幼稚園や親御がそれを怠ってる可能性が高く思える。
まだ、ハッキリ分からないから何とも言えない所も多いが、ショウが傷ついて泣いてる。
それだけは変わらない真実なのだ。
向こうはどう思っているか分からないけど“大した事ない”、“こんな些細な事”と、そう思ってたと仮定しても相手を傷付ける理由にはならない。
理由は何であれ“相手を傷付けた”それが事実であり、人によってその感じ方や受け取り方は個々様々なのだから。
ただ、被害者側の単なる被害妄想だったり逆恨みだったりしたら、話は違うが…。