イケメン従者とおぶた姫。
幻の国(精霊の王国)へと入ったショウ達は、見た事もないような様々な赤色の大地へと足を踏み入れていた。

そこは、岩肌が多く土や石までもが赤く草木がない。そして、山は火山ばかりで定期的に噴火してその爆音に驚くし川から流れてくるのは水ではなくお湯だ。

空の色も夕暮れのように赤いのにも驚く。

しかし、やはりというか暑い…恐らく45℃は軽く超えてそうだ。

やたらに火山や活火山が多いせいか、むせ返る様な硫黄と焦げ臭い臭いが充満していて呼吸する事が苦痛に感じるほどだ。



ちなみにだが、そんな炎天下、独特の臭いの中ショウは平然と歩いていた。汗といっても、いつもかいてる汗の量と変わらない。

何故なら、オブシディアンが風と氷の融合魔導でショウの熱中症対策に歩くショウ専用クーラー化していたから。そして、魔導の新鮮な空気を取り込む事で不快な臭いもだいぶ軽減されている。もちろん、オブシディアン自身もそれで涼み不快な臭いもさほど気にならないでいる。

ゴウランとシープはズルイと喚いていたが、
『その国を肌で体感する事も勉強の内だよ。』
と、上手い事はぐらかして全く取り合ってもらえなかった。おかげで、ゴウランとシープは汗だくで喉もカラカラである。そして、時々あまりの不快臭に…オエッ!と、えづいている。

街並みは、レンガで作られた釜のようなドーム型の家で火のような赤い紋様がそれぞれの家に施されている。

行き交う人々は、個々の差はあれど褐色の肌に赤いに近い茶色の髪と目。みんな、笑顔が絶えず豪快かつ元気。活気あふれる街だ。

そして、この異常な暑さも臭いも平気な様で、気候の暑さで汗をかく者もおらず慣れているからか臭いも気にならないようだ。


「……こ、ここが、“幻の国”。まさか、本当にあるなんてな。」

と、これが現実かどうかまだ信じられず、目をゴシゴシ擦るゴウランに

「…ダッサ。」

なんて、ゴウランを小馬鹿にする様にシープは鼻で笑った。


…ムカッ!


…コイツ!なんで、こんなに俺に突っかかってくるんだ

俺がお前に何したって言うんだ!

と、ムカついたが、見知らぬ土地だから揉め事はなるべく避けたいというオブシディアンの言葉を思い出し、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込みシープを睨むだけにとどめた。

それに負けじとシープも、ゴウランを睨み返しバチバチと無言の喧嘩をしていた時だった。


「……この星、泣いて怒ってる……」

と、ショウがボソリと呟いた。

その言葉に、はぐれないようにとショウと手を握っているオブシディアンは、隣のショウに視線を向け聞き直した。


『…星が泣いて…怒ってる?』

すると、ショウはオブシディアンの顔を見上げ


「…そんな気がするの。“アイツは違う、僕のウーちゃんを返して”って。」

『“ウーチャン”?』

「よく分からないけど、“ウーチャンが居なきゃ僕の存在意味がない。
無理矢理、僕を生かそうとしてる輩がいるけど我慢の限界だ。もう、消しちゃおうかな?”って、怒ってる気がする。」

ショウの言ってるソレは、“気がする”ではなく確実に聞こえるのだろう。気がするというのは、おそらく言葉じゃないから。“何か”の気持ちが、ショウに伝えてきている或いは伝わるのだろう。

ショウの言ってる事を正しく読み取れば、おそらくあと少しで“幻の国”は消滅してしまう恐れがある。

それを防ぐキーワードが【ウーチャン】


しかし、何故そんな事が分かるのか『なくてはならない何か』だとは聞かされているが、それ以上は教えてもらえない。『知っても、口に出してはならない』と、オブシディアンはリュウキに圧を掛けられた。

おそらく、それはショウの発達障害気味な所や精神的に幼い事。それらも関係しているのではないかと考えている。

それは、リュウキやサクラ、ロゼを見ていてそう思ったのだ。

昔からサクラは、ショウの学習能力や運動能力について---

他の子があっという間に覚えられる事でも、ショウはそれさえなかなか覚えられなかった。
そして、他の人達と比べてかなりの時間を掛けて、ようやく覚える事ができる物覚えが悪いにも程があるだろ!と、いうような不出来過ぎる子だ。

運動神経も悪く体力もない。だから、体育で校庭を3周走るだけで、他の子が走り終わってもショウは2周遅れでゴールする。ショウは他の子達と比べても体力が極端に少ない。残りの体育の時間のショウは見てられないくらい滑稽で哀れになってしまうほど。

見てられなくて、何度魔導を使ってショウ様を助けようと考えたか分からない。

あまりのショウ様の出来の悪さに、リュウキ様も頭を抱え悩んでいた。だから、優秀な家庭教師を雇ったりできる限り手を尽くしたようだが上手くいかなくなった。

そして、ついにはショウ様はイジメが原因で不登校の引きこもりになってしまった。

発達障害の可能性があるかもしれないとリュウキの考えが至り病院へ行ったら、学習能力の発達障害に近いがギリギリのラインで発達障害ではない。と、何とも微妙な診断が下された。
それは、どこの病院でも同じ結果となった。

ショウを病院へ連れて行く度に、サクラは「ショウ様はこれでいい。下手な事はするな。」と、リュウキに反発していた。それを押しのけ、リュウキは親としてやれるだけの事をしてやりたいと必死だった。

ところが最近の事だ。

リュウキが前世、前々世を思い出してから、全くその話は出てこなくなった。

ショウ様が旅に出る前までのリュウキの必死さを知っているオブシディアンは、リュウキのそれがなくなった事を不可解に思い、つい聞いたしまった事がある。

『…このような事を聞くのは無礼と存じますが、いきなりショウ様に通信学習や膨大な量の宿題や運動をさせなくなったのは何故ですか?』

それに対して、リュウキは

「…ああ、思い出したからな。ショウは、これでいいんだ。覚えられる範囲、頑張って勉強してくれたらいい。それに、いくら勉強させようとしても本人がサボってちゃ意味ないしな。」

と、笑っていた。確かに、ショウ様は課せられた勉強や運動をサボって不貞腐れてたから。

「それに、今はサクラやロゼ、オブシディアンがショウに勉強を教えてくれてるし、旅とはいえ宿泊施設に長らく泊まっても自発的に散歩や買い物にも出るようになった。…何より、笑顔が増えた。感情豊かになった。
だから、お前達には感謝している。ありがとう。」

まさか、リュウキから感謝の言葉を貰えるとは思ってなかったオブシディアンは、一瞬思考が停止してしまうほど脳内パニックに陥っていた。

正直、そのあと自分がリュウキに何と言葉を返したか覚えていない。

「…ただ、問題なのが負の感情だ。ショウに負の感情が強く出ない事を祈るばかりだ。
だからこそ、そうならない為にサクラはそうなりそうな場面に出くわした時、ショウの目と耳を塞ぎその情報を与えないように気をつけている。…オブシディアンお前もサクラに頼まれた筈だ。」

その言葉にドキリとした。

そうなのだ。オブシディアンがショウ達と旅をする前、サクラと初顔合わせした時の話だ。

サクラは、オブシディアンに言った。

「いつも、俺達のストーカーしてるのはお前だな?」

ストーカーとは聞き捨てならないがショウやサクラにしたら、そういう風に捉えられても仕方ないかと何も言わずいた。

「だが、信用はしてる。ショウ様を守る為に見守ってたんだろ?」

そう言われた時、自分の存在がサクラには筒抜けだったと知り焦った事を覚えている。

そんな話をしている途中、何かを思いたったかのようにサクラは話の内容をガラリと変え

「おい。いいか、よく聞け。これは、かなり重大で重要な話だ。ショウ様に人間の汚い姿を見せるな。
時と場合によるが、あまりに酷い時にはショウ様の耳や目を塞げ。絶対にだ。」

そう、厳重忠告された。

その時は、よく意味が分からないまま主人の言いつけなので、過保護にも程があると内心苦笑しながら頷いた事を思い出していた。

色々考えると、色々と思い当たってくる事がある。そして、頭にある想定が思い浮かんでくる。おそらく、そうかもしれない。

…確かに、それなら納得がいく。


そして、自分が何故サクラに惹かれていたにも関わらずショウ様の事が気に掛かっていたのか。

キッカケは、ビーストキングダムでの大失態ではあるが、何故こうもショウ様に誠心誠意尽くそうとしている自分もそれに直結する気がしてならない。

…もう一つ、ゴウランという存在。

何故か、ゴウランに対してモヤモヤするのだ。何か分かりそうで分からない。

【後悔して、戻ったら“何もなかった”時の虚しさと悔しさ。】

何故、そんな言葉が脳裏に浮かぶのか分からない。分からないが、それを共感できる気がしてならないのだ。どうしてか分からないが。



ここで、オブシディアンはショウに対し少し違和感を覚えた。


……???


『…ショウ様、体調を崩してない?』

「…え?全然、大丈夫だよ。」

と、元気そうなショウだが、違和感を拭えないオブシディアンはショウの目線の高さに合わせしゃがむと


『…少し、確認しても大丈夫かな?』

ショウの承諾を得て、ショウをジッと見て確認していた。ショウは、どうしたのかと不安でドキドキしていた。


ここに来て、数分しか経っていないが

やはり、おかしい!

微々たる変化だが、ショウ様の肌や髪、目の色が赤っぽく変化してきている


そういえば、この地はとても暑くゴウランとシープは暑さに負け顔を真っ赤にし全身汗だくで息が乱れバテバテだ

そんな二人に比べショウ様は“いつも通り”だ

もちろん、僕が風と氷の融合魔導でショウ様の暑さ対策をしてはいるが…それにしたって平然とし過ぎてはないか?

本当に、いつも通りと変わらない


『暑くはないですか?』

と、ショウに問いかけた。すると


「いつもと変わらないよ?オブシディアンさんが冷たい風を送ってくれるから涼しくて気持ちいいよ。ありがと。」

なんて、嬉しそうにお礼を言ってきた。ショウにお礼を言われ喜ぶと同時に、やはり…と思った。

何故なら、ショウに疑問を感じてから“まさか”と思い、少しの間ではあるが暑さ対策を解除して様子を見ていたのだ。

僅かな時間で、汗が滝のように流れる程の暑さだ。なのに、“いつもと変わらない”と言ったのだ。


『ここへ来て、匂いがおかしいと感じませんか?』

と、いうオブシディアンの問いかけに、何でそんな事聞くの?とばかりにキョトンとした顔をして


「…いつも通りかな?って、思うけど…何かおかしいの?」

ショウは、もしかして自分が何かおかしくなったのかと不安を抱き不安気にオブシディアンを見てきた。


『いえ。何も、おかしい事なんてないよ。…ただ…』

オブシディアンは驚いた。暑さだけでなくこの独特な臭いまで“いつも通り”だと言うのだから。

ショウが生まれてから今まで見守ってきたオブシディアンは知っている。ショウは超肥満体だという以外は健康そのもの。味覚障害や臭覚障害、体温調節障害など無かった。

つまり、ショウの体はこの地に馴染む為に適応したという事。

時間が経つ程に、ショウの髪や肌、目の色がこの土地の住人達と似た風貌になっていた。しかも、ショウの肌には炎の様な赤茶色の紋様が全身に浮かび上がってきた。

そんな変化が出て、ようやく


「…お、おいっ!!?こ、これ、大丈夫なのか!?…ゲホッ!日焼けじゃないよな!!!?」

「……ッッッ!!?大丈夫か!?具合悪くなったりしてはないか!?…の、呪いか?…おぇ…」

と、ゴウランとシープは、あからさまなショウの変化にビックリしてパニックになり、この地の独特な臭いにむせたり、えづきながらも慌ててショウに声を掛けていた。


「……え?」

ゴウランとシープの異常なまでの滝汗と暑さで真っ赤になっている肌、そして、えづいたりむせ返ったりで大変そうな二人に


「…私は、何ともないけど…二人こそ大丈夫?」

と、ショウは辛そうな二人にどうしたらいいか分からず心配の声を掛けたのだった。


そこで、オブシディアンはある憶測が浮かび


『ショウ様を見ていて少し思った事があるんだけど聞いてもらえるかな?』

と、三人に呼びかけた。

何だろうと三人はオブシディアンを見た。




ーーーーーーーー



その頃、サクラはある問題につまづいていた。


「………全然、伸びねーな。」


「…驚くほど、進歩してませんわね。」

と、立ち上がれないほどの疲労で地に伏しているサクラをモモとマーリンは深刻な顔をして見下ろしていた。

その様子を休憩中のロゼとマオは見ていて


「…我が一番地獄と思うておったが…。
向こうは二人がかりでサクラの地獄の指導。サクラにはまだまだ力が眠っておるのは目に見えて分かるが故、修行を始めた当初と何ら実力が変っとらんのが不憫過ぎる。

優秀な師匠二人がかりでサクラを指導、サクラもお主様の為に力を手に入れたいと必要以上に自身を追い込み必死になって修行に食らいついとるというに…。…成果がまるで見られん…。
あれほどの地獄の様な修行をしとるというにじゃ…これは我とは比べ物にならんくらいの地獄じゃ…」

と、ロゼは憐れんだようにサクラを見ていた。

「お前は、馬鹿みてぇにバカバカ力つけてんのにな。
…しかし、力が眠っているのが分かってるってのに、それを引き出せねぇってのは指導者側にしたら、もどかしさと屈辱しかねぇだろうよ。
弟子が必死になって食らい付いてるってのに、それに答えてやれねぇ己の指導力不足にな。」

…チッ!と、上手くいかないサクラやモモ達を見てきて、マオはモヤモヤして舌打ちをした。


モモやマーリンは、顔や態度には出さないものの内心焦りでいっぱいだろう。そして、自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになっているに違いない。

「…同じ天守ではあるが、お主様に会えぬのはどの修行よりも辛いのぉ。サクラはお主様が居ない状態で眠れておるのじゃろうか?」


と、いうロゼの呟きにマオはハッとした。


「……まさか!…いや、あり得る。コイツらの世界を創ったのが、“あのバカ”なら絶対その能力を取り入れるに違いねぇ!…って、事はっ!!」

マオは、地面にグッタリ倒れている弟子を見下ろし聞いた。


「おい、お前のいう“天守”って何だ?詳しく説明しろ。」

そう問われ、ロゼは面倒だったがマオがとっても怖いので怯えながらも詳しく説明した。

すると、それを聞いたマオは切れ長の目を大きく見開いて


「…思った通りじゃねーか!…チッ!
今までの時間を無駄にしちまった。」

と、言うと、すぐさまモモ達に向き


「やめだ!やめっ!!ソイツの修行は一旦やめだ。」

そう言って、サクラの修行を中断させてしまった。そして、いつの間にかマオはサクラの目の前に立ち


「……チッ!そういう事かよ。
しゃーねぇ。存分に甘やかされてこい。」

と、言うと途端に地面に、髑髏や曼珠沙華、鎖の紋様が立体的に施された重圧感たっぷりの黒に近い紫色したおどろおどろしい大きな門が現れ
直ぐに扉が開き、そこにサクラは落ちて行った。サクラが落ちると同時に扉は閉じ門が消えた。

一瞬の出来事で、みんな声を出す前には事が終わっていた。

何が起きたか把握できず、みんなキョトンとしている。


「……マオが、自ら術を使うなんてあまり見た事がなかったので驚きましたわ。」

みんなとは違うズレた驚きを見せたモモに


「…ったりめーだろ。奇術なんてふざけた術。俺に似合わなすぎるだろ。…ダッセ!だから、なるべく使いたくねーんだよ。カッコワリーから。」

と、奇術を使った事に対して嫌そうにマオは答えた。

「…本当、宝の持ち腐れとはこの事を言いますのね。奇術に置いて右に出る者が居ないと言われる天才ですのに。
本人は、カッコ悪いという理由で奇術を使わない、超接近戦が大好物の武闘派。残念極まりないですわね。」

「…ハン!何いってやがんだ。誰かさんの娘の影響だろーが。文句あるってなら、あんたの娘に文句言え。
戦い狂の伴侶と娘をもつあんたに言われたくねーよ。」

と、マオに言われ、思い当たる節があるのかモモはグッ!と言葉を詰まらせていた。

「……うぐっ!…そ、それに関しては、返す言葉もなく…あの可愛らしいけど暴れん坊なワタクシの娘のせいで、マオには多大な迷惑をお掛けして申し訳ない限りですわ。」

「…ハア、随分と話が逸れたな。その話は今すべき話じゃねぇ。
今はサクラについての話だ。今、クソ弟子から聞いて分かったんだが、今の修行計画のままじゃサクラは力を伸ばす事なんざできねぇ事が分かった。だから、俺の話を聞いてから最初からサクラの修行計画の見直しをしろ。」


と、マオはロゼから聞いた“天守”の話をモモとマーリンにも話した。

その話を聞いて二人は酷く驚くも、モモは何か思い当たる節があり“なるほど”と思った。


「…つまりは、ワタクシ達の世界の【愛に生きる“ーーー人”】の能力に近いのが、この世界の【天守】という訳ですわね。つまり、マオと“同類”に近い存在。」

「……やめろ。コイツらと“同類”にすんじゃねーよ。寒気がする!」

と、心底嫌そうに顔を顰めるマオ。



一方のサクラは……


「……………………は?」

見知らぬ土地に飛ばされ、しかも真夏以上の暑さとむせ返る様な独特な臭い…そして鬼ハードな修行のせいで気持ち悪くなり胃がムカムカして胃の中に入ってる物が喉まで込み上げてきた。

…気持ち悪い、吐きたいっ!!

と、両手を地につけ、いよいよもって吐いてしまうという時に目の前に誰かの足元が見え

そして


「……え!?さ、サクラ!??」

なんて、愛おしくも可愛らしい(サクラにとって)声が上から聞こえてきた。

その声を聞き、ようやくその気配に気がついたサクラは困惑のまま声のする方へと顔を上げた。


……ドキィィーーーーッッッ!!!!?

「…ショウ様?…どうなってるんだ?」

と、サクラはショウを見てから、オブシディアン達を見、周りを見て

なんで、自分はここに居るんだ?と、驚きさっきまで込み上げていた吐き気も何処かに吹っ飛んでしまっていた。

と、そこに


『サクラよ、我じゃ!なんか、色々あって今日、ソチお主様と一緒にいろという話になった。』

「……は?」

『…どうやら、ソチの修行計画を見直さんといかんらしくての。明日の朝には、修行再開らしいから今のうちに存分にお主様に甘えろだそうじゃ。』

「…馬鹿かっ!一分一秒でも時間が惜しい時に、何言ってんだ!?」

『にゃ〜ん!にゃんで、サクラばっかり狡いっ!!とにかく、我が帰ったら詳しく…って!?…ニャ…?…え?…ハワワ……うぎゃぁぁぁ〜〜〜……ッッッ!!!?』

と、いうロゼの悲鳴と共に、ロゼとの通信が途絶えた。

「…は?おいっ!バカ猫ッッッ!!?」

おそらくだが、マオに連絡を遮断されたのだろう。いくら、言葉飛ばしで話しかけても返事がないどころか通信をすっぱり遮断されてるのが感覚で分かった。

「……クソッ!!」

と、悔しさに思わず小さく声を出したところに、ぷにぷに柔らかく温かいものがサクラの頬を包んだ。

…ハッと顔を上げると、サクラに合わせしゃがんで心配そうにサクラの顔を覗き込むショウの姿が目に入った。


「…サクラ、凄くボロボロだけど大丈夫?」

そう心配の声を掛けてくれるショウの言葉で、さらにハッとした。

自分の顔こそ見れないものの、自分が目にできる自分の何て小汚い事。汗と擦り傷、痣はもちろんのこと、土まみれでとても人に見せられるようなものじゃない。顔だって、疲労困ぱいで酷い顔をしているし体もグッタリしていて…全体的に、汚くてカッコ悪い。

こんなカッコ悪くて見っともない姿をショウに見られるなんてとサクラは羞恥でカァ〜〜〜ッと顔を真っ赤にして、ショウから大きく顔を逸らし俯いた。


「…みっ…!見ないで下さいっ!!」

「…え?」

「…見ないで…」

と、羞恥と屈辱のあまりサクラはプルプル小刻みに震え、ポロッと一粒の涙を流した。


「…どうしたの?何があったの?サクラ、大丈夫?」

なんて、ますます心配になったショウがサクラの顔を覗き込もうと近づくので


「…ショウ様。私は今とても汚いので、近づかないで下さい。…ショウ様が汚れてしまいますし……今の私はとても汗くさいので……」

と、震える声でこれ以上自分に近付かないようにとショウを制した。

よりにもよって、ショウ様にこんな泥臭い見っともない自分の姿を見られるなんてとサクラは絶望していた。

愛するショウの前では、いつだってカッコいい完璧な自分でいたいのだ。なのに、こんな姿を見られてしまうなんてと。
…ショウに幻滅されたくないとこの場で大泣きして喚き暴れたい気持ちでいっぱいだった。


ゴウランやシープも、こんなにも泥臭くボロボロな姿のサクラを見て酷く驚いていた。

少しの余裕もなく弱ってるサクラなんて見た事がなかったから。

いつも、ピリッと張り詰めた様な冷たい雰囲気で近寄りがたく完全無欠のサクラが、ショウを目の前にボロボロな自身の姿を見られて嫌われたくないと怯え身を小さくして泣いているのだ。

驚かない方がおかしい。

目の前にいるコイツは、本当にあのサクラなのか?俺達の知っているサクラなのかと疑いたくなる。

疑うというより、これは現実などではなく、おかしな夢でも見せられてるような気持ちだ。


そんなサクラに、何を思ったかショウはサクラの胸元に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ

「……なっ!?」

驚き、顔を真っ赤にしショウから距離を取ろうとするサクラに向かってショウは言った。


「全然、臭くないよ?ちょっと汗の匂いもするけどサクラのいい香りがするだけだよ?どこが臭いの?」

と、不思議そうにサクラを見て

それから、自分のポケットからハンカチを取り出すと汗や泥などで汚れたサクラの顔を拭き

「ほら。こうすると汚れも取れるよ?お風呂に入ったら綺麗になるよ。…それに、こんなにクタクタになるまで頑張ってる姿って、すっごくカッコいいって思う!」

なんて、サクラの両手を取りぷくぷくな手で包み、キラキラした目でサクラを見てきた。


「…ショウ様…」

ショウの言葉や行動に、サクラは胸の内側から熱いものが込み上げてきて感極まり別の意味で涙が溢れてきた。

そこに

「おかえり、サクラ!」

と、ショウがギュッとサクラを抱きしめてきたものだから、嬉しさと同時に

「…い、いけません!私はとても汚れているので、ショウ様まで汚れてしまいます。」

泥や汗、血などで汚れている自分に抱きつくショウが汚れてしまうと焦るも…振り払う事なんてもちろんできず

口では、ショウを汚してしまうと拒絶するものの自然とサクラもショウをギュウギュウに抱きしめ幸せを感じていた。しかも


「汚れたら、後で洗えば大丈夫でしょ?おかしなサクラ。」

なんて、ショウがなんてことないようにクスクス笑ってくれるから、サクラはそれが嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。


「…ショウ様、ショウ様っ!!」

サクラは、ショウのなんでもない自然体な態度に気が緩んだのか、ショウの首元に顔を埋め甘えるようにスリスリと擦り付けると擽ったそうにクフクフ笑いを堪え身を捩るショウに


「…ショウ様をお守りしたいと、強くなりたいと地獄の様なトレーニングをしているのに…思うように実力が伸びないのです。
…こんなにも努力しているのに…ショウ様と離れ心を削いでまで死ぬ思いで頑張ってるのに……ッッッ!!!?…どうしてッッッ!??自分の才能の無さに幻滅してます。私の力の無さを感じ…無力感に襲われ…辛い…!
何故、こうも自分はダメなのかと……悔しくて……ッッッ!」

サクラから、らしからぬ弱音がドンドン吐き出されてきた。嫌でもサクラが修行に行き詰まりスランプ状態で精神状態が弱っている事が窺い知れる。


「…そっかぁ。サクラ、心がとっても疲れちゃったんだね。私から見たサクラは、凄く頑張り屋さんで自分で自分をすっごくすっごく厳しくイジメちゃってるように見える。」


「……え?」

「今まで、ずっとずっと頑張ってきたんだもん。それが報われないなんて嘘だよ。」

…ドクン!

“報われないなんて嘘”その言葉に、サクラはグッとくるものがあった。

それは、サクラだけでない。オブシディアンの心にも強く…強く響くものがあり、オブシディアンは何だかこの言葉で勇気をもらえた気がした。

ゴウランとシープも、何か思う事があるようで何だか頑張ろうって気持ちが込み上げてきた。

「だから、たまには自分を甘やかしてあげて?そして、自分は良くやったって褒めて自分にご褒美あげてもいいんじゃないかなって思う。」

と、言うショウの言葉にサクラは


もう、貰ってますよ

そう心の中で返答し、温かい気持ちに包まれ心から癒されていくのが分かった。

そして、少し落ち着いた所でサクラはもう一度辺りを見回し


「……火の精霊国か。」

と、呟いた。

その呟きに、ゴウランとシープは驚き


「「ここが何処なのか分かるのか?」」

二人の声が重なり、それにハッと気がついた二人は声が重なってしまったと嫌そうな顔をして互いにプイッとそっぽを向いた。

ゴウランとシープの言葉にショウも

「…火の精霊の国?どうして、そんな事が分かるの?」

と、サクラに問い掛けた。

すると


「はい。この世界は、ショウ様達の住んでいる世界では“幻の国”と呼ばれている“精霊王国”。精霊王国は、火・水・緑・土・風・空…光・闇の8つの国があり、それぞれの国に王が存在します。その8つの国を統一しているのが“精霊王”。
私は、この世界の空の精霊王国生まれ。そして、ショウ様に出会う前までここに居たので少しなら知識程度なら知っています。」


と、ゴウランとシープは無視でショウに対ししっかりと答えた。

ゴウランとシープは、コノヤロウとサクラに対しカチンときたがサクラが怖いのでそれを心の中だけに留めておいた。


しかし…


「…我々の風貌に違和感を感じている様だな。」

火の精霊王国の住人達は、どの王国の風貌とも違う人間を得体の知れない不気味な存在として遠巻きにゴウラン達を見ている。

ヒソヒソ話をしているが、言語が違うのか何を話しているのかサッパリ分からない。

どうしようと焦るゴウランとシープだが


そこに、住人達の衣服とは違う制服らしき衣服を身にまとった男女数人がこちらに向かって来た。

何事だと警戒するショウやオブシディアン達にサクラは

「あの制服は、火の精霊国の警察官だな。おそらく、得体の知れない俺達を見た住人が通報したんだろ。」


そして、警察官達はショウ達の前までやってくると


「…ん?そっちの子は、ここの住人だな。」

「空の精霊王国の人もいますね。」

「…他の3人は、この世界の者ではない…まさか…!!?」

と、短く相談しあうと


「あなた達は、何処から来ましたか?俺達の言葉が分かりますか?」

警官の一人が、オブシディアン達にそう問い掛けてきた。










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