イケメン従者とおぶた姫。
チイ。
一方、川に飲まれたショウは、なんと生きていた。
寝ていたのか…?気がついたら、何やら隙間だらけのボロボロの天井が見える。
周りを見渡すと四畳半くらいの広さの流木や穴だらけのシートで作ったであろう古屋らしき所に自分はいる。
しかも、藁でできた布団に寝かされている。
だが
「…く…臭っ!!?…ゲホ、ゲッホ…オエェ…!」
ホコリ塗れで、ずっと洗ってもないのだろう。汚れに汚れた藁の布団は、何とも今まで嗅いだことのないような異臭がしあまりの臭さに吐き気が止まらないし、ホコリで咳が止まらない。あまりの臭さに鼻から頭にかけて痛くなった。
そこに、ボロボロの布切れを着た二本足で歩く大きな大きなネズミが入ってきた。
化け物がきたとショウは思わず
「…匕…ヒャァァァッッ!!!?」
と、叫んでしまっていた。人間の幼児ほど
大きいネズミは可哀想なほど耳としっぽを垂れ下げあからさまにションボリしながら
「…気持ち悪い?」
そう、ショウに尋ねてきた。ショウは、気持ち悪いじゃなくて怖いんだよって心の中で叫んでいた。
動物が巨大化して二本足で歩いて…人間の言葉まで喋っている。何というホラーだろうか。服まで着てるし。
…え?なに??
今から殺されるの?食べられるの??
ショウは未知なる生物に恐怖し青ざめていた。
それをネズミは、何を勘違いしたのか
「ああ、怖かったの!川の氾濫があった次の日、君は静かになった川の側で倒れていたもの。
多分、君は川に流されてここまで来ちゃったの。よっぽど、怖い思いをしたの?
もう大丈夫だよ。お腹もすいたよね?
今、ご飯を持ってきてあげるの。」
ネズミは、そう言って古屋の中にあるひび割れた汚い壺から小さな手でニギニギと、ご飯を握っていた。
ショウの前に差し出されたのは、今まで見たこともない黄色い色をしたご飯だった。
もう、何日もまともに飲み食いはできてないし、寝泊りもできていない。
相当なまでの空腹と疲れから、ショウは誘惑に負け恐る恐る黄色いご飯を手に取ると
気がつけば、夢中になって黄色いご飯を食べていた。
今まで、高級なご飯しか食べてこなかったショウだが、これ程までに美味い飯ははじめて食べた。
ショウは、ご飯の有り難みとネズミの好意に涙が止まらなかった。
他人に、こんなに優しくしてもらった事がなかった。学校でも、屋敷でも冷たくされ…更にいじめられもした。
父親でさえ、自分の事を嫌っているのだ。
その証拠に滅多に家には帰って来ないし、
ショウの顔を見る度に「ブス、ブタ」と罵りあざ笑う。
そんなに私の事が嫌いなら帰って来なきゃいいのにと、父親が帰って来る度に思う。
自分に優しくしてくれるのは身内のサクラとお婆だけだった。古きメイド達は必要以上に自分に関わってくる事はなかったし。
だが、そのサクラも自分に優しくするのは
仕事だから仕方なく嫌々にしているのだと
父親から聞かされた時は崖から突き落とされたような裏切られた気持ちになった。
この世に、自分を思ってくれる人なんていない。こんな自分に優しくしてくれる人なんている訳がない。と、孤独を感じていた時、
更なる追い討ちでヨウコウ達から仲間外れにされ邪魔者扱いまでされた。
そんな時に、こんなに優しくされたら泣かない訳がない。心がポカポカと温かい気持ちになる。
人の好意が、こんなに嬉しいものだなんて温かいものだなんて…こんな気持ちははじめてだった。
大泣きしながら「美味しい、美味しい」と、ご飯を食べるショウに
どんなに大変な思いをしてきたのだろうとネズミは、ショウの気持ちを考えホロリと涙を流しショウの頭をナデナデしてくれた。
あっという間に、ショウは黄色いご飯を完食すると急いで食べたせいか喉にご飯を詰まらせ苦しんでいた。
その様子にネズミは
「…ほらほら、急いで食べなくて大丈夫なの。」
と、可愛らしい声で話しかけショウの背中をさすりながら茶色く濁った飲み物を差し伸べてくれた。
それを急いで飲み干すと
「さっきのご飯、とっても美味しかったよ!
ありがとう。」
と、ショウはネズミに心からお礼を言いニパッと笑った。
ネズミは、このコはなんて可愛らしい笑顔を見せてくれるのだろうとほっこりした。これが何よりのお礼だとネズミは思った。
「あの食べ物は、何ていう食べ物なの?」
そう興味ありげに聞いてきた。あまりの美味さから家に帰ってからも食べようと思ったのだ。
「おかしな事を聞くの。あれは“おにぎり”なの。」
ネズミは、おもしろいコだねとクスクス笑っていた。
おにぎり…話には聞いた事のある食べ物だったし、見た事もある。
だが、超お嬢様のショウは食べた事がなかったのだ。
そうなんだ。あれが、おにぎりっていう食べ物なんだ。はじめて食べちゃった。と、ショウは興奮気味だった。
その時
ぐぅ〜〜!
と、ネズミのお腹が鳴った。その音にショウは
「あれ?お腹空いてるの?ごめんね?先に食べちゃって…」
申し訳なさそうに謝ると、早くご飯食べた方がいいよとお腹の音が面白くてクスクス笑った。
それに対し、ネズミは驚いたように一瞬大きく目を見開いたが
「…う、うん。後で食べるの。」
と、しゅんと大きな耳としっぽを垂れ下げ小さく笑った。
「ここは?」
ショウがキョロキョロ辺りを見渡し、ネズミに聞くと
「アタシのお家なの。」
ネズミは答えた。それには、ショウは驚きを隠せず、思わず
「…えっ?」
と、声をあげた。
だって、流木と段ボール、ボロボロのビニールシートを何枚も組み合わせて作った
広さは約四畳半、天井の高さは155センチあるショウの身長より少しばかり低い。
床なんて、土にただ段ボールを敷き詰めただけだ。そこに、藁の布団。
とても、人の家とは思えなかった。
ショウの様子を見てネズミは
「アタシは、ここで家族と暮らしていたの。
お父さんとお母さんと弟と。暮らしは近くの川に流れついてくる流木を集めて業者に売ってお金をもらってるの。」
と、教えてくれた。そこで、少し疑問が浮かんだ。こんな狭い所で家族四人で暮らすなんて…。どうやって過ごしていたんだろう?
「…お父さん達は?お仕事?」
頭をコテンと傾げ、質問するショウ。
「…お父さん達は、みんな病気で死んじゃったの。」
そう答えるネズミは、少し涙ぐんでいて
「…病院に行かせてあげたかったけどお金がなくて。お父さん達はせめて弟だけでもって病院に連れて行ったんだけど…身分証がないから診てあげられないって断られたって泣いてたの。」
「…え?流木拾いのお仕事でお金貰ってるんじゃないの?お金持ってても病院行けなかったの?」
ショウが素直に質問をぶつけると、ネズミは相当驚いた顔をして
「…流木拾いのお仕事は、一日中一生懸命
拾ったって…いい時で一日一つのおにぎりかパンを買える程度なの。
病院のお金はすごくすごく高いの。それなのに、どうやってお金を払うっていうの?
身分証が無いって断られるのに、どうやったらお医者さまに診てもらえるの?薬を買えるの?」
ネズミの言葉にショウは絶句した。
自分が当たり前に贅沢なご飯を食べ、お風呂に入り雨漏りの心配もない、洋服も布団もいつも洗濯され清潔で。ベッドはふかふか気持ちいい。
医者なんて、ちょっと風邪をひいただけで屋敷に来てくれるし。
しかも、嫌だっていうのに注射される事もあるし苦い薬まで飲まされる事がある。最悪だ、この世から医者なんて消えればいいのにって思っていた。
そんな当たり前の事が、できない…許されない人がいるなんて…と。
流木拾いのお仕事が、そんなに稼げないなら
「…じゃあ、流木拾いじゃないお仕事すればいいのに。」
何気ない言葉だった。なのに、ネズミはショウの言葉を聞いてホロホロ涙を零していた。
「…たくさんお金をもらうには、身分証が必要なの。国が認めた住所が必要なの。
それが無いとたくさんお金をもらう仕事にはつけないの。
だから、毎日流木を拾ったり、山に咲く綺麗な花を売ったりして食い繋いでるの。」
ネズミはお腹の音を鳴らしながら泣いていた。生きる為に必死なのだ。
ショウは話のあまりの内容に、同じ人間なのにこうも生活が違うのかと驚きショックを受け大泣きしていた。
それにネズミは驚き
「ど、どうして君が泣くの?」
ショウの背中をさすりながらオロオロしていた。とっても優しいネズミ。
ショウは、最初こそ化け物とか気持ち悪いってネズミを思っていたが、今は微塵もそんな事は感じずとってもとっても優しいネズミと
ネズミを見る目が変わっていた。単純である。
「…でも、君はもの凄く運が良かったの。」
ショウが泣き治り、だいぶ落ち着いたころ
ネズミはそう言ってきた。
「…え?」
「あの土砂降りに川の氾濫。いつもなら、あの土砂降りがくると一週間は止まないし川の氾濫ももっと酷いものになるの。
昨日もそれを覚悟して、高い山に登って避難してたの。
不思議な事に、次の日には雨は止んでるし川も穏やかになってたの。」
ネズミの話で、ショウは自分が川に流れた事を思い出していた。
…確か、あの時…
川に落ちて、息が苦しくて
サクラ、助けて!助けて!!
助かりたい!!!
て、強く思ったら急に息が楽になったんだよね。どうしたのかな?って、目を開けると
シャボン玉みたいな物に自分は入ってて
でも、川の流れが激しいから、流れに乗ってゴロンゴロン転がって車酔いしてた気がする。
気持ち悪くて、ひたすら耐えて横になってたらだんだん川の流れが落ち着いて…だんだんだんだん気持ち良くなってきて眠って
気がついたら、ここにいたんだっけ。
と、ショウは思い返していた。
「君が無事で良かったの。
あそこの川では、よく旅人の死体がうかんでくるもの。」
ネズミは、そういうと家の隙間から指をさした。そこを見ると、川の近くではボロボロの服を着た大人達が川で何かしている。
「あの人達は、氾濫があった時
死体がないか見に来るの。死体が見つかると金目の物を探して売りに出してお金を稼いでるの。早い者勝ちなの。」
そんな話を聞いて、ショウはゾッとし怖くなった。
自分があの人達に見つかってたら、どうなっていたんだろう?
「…でも、大丈夫よ?金目の物はもらうけど
ちゃんと死体の話は警察にして引き取ってもらうの。
こんな所に死体があるのは…さすがに気味悪いし…何より家族の元にかえしてあげなきゃ可哀想だもの。」
ネズミは耳としっぽをシュンと垂れ下げションボリしていた。
その日、ショウは助けてくれたお礼にと
ネズミの仕事を手伝った。
流木拾いは思いのほか、体力勝負で
拾った流木は川で綺麗に洗う。
汚いまま売りに行くと、綺麗にした流木の半分以下の値段に下がってしまうらしい。
流木は、腐って使い物にならないのは家の焚火用に確保し
流木の形や大きさ、色で、また値段が変わるらしい。これが何に使われているのかネズミは知らないらしい。
ただ、お金になるから。お金を稼がないとご飯が食べられないからやっている事らしい。
年を聞いても何才か分からない、性別は女。名前はチィ。
もう日が暮れる。
そろそろ、流木を業者に売りに行かなければ。
ショウは、チィの半分も流木を拾えなかったし重くて少ししか持てなかった。
ショウが持てない分は、ショウよりずっとずっと小さな体のチィが自分の拾った分と一緒に持ってくれた。
ショウは情けなかった。チィの助けになれればと意気込み手伝ったのに、仕事の邪魔ばかりで足手まといになっていた。
でも、チィは笑顔で「どうして謝るの?こんなに一生懸命手伝ってくれてるのに。」と、ショウを励まし感謝の言葉までかけてくれた。
業者の所に行く時もショウの体力の無さで迷惑かけてるのに、チィは嫌な顔もせず
チィが好きだという花の話や今日はたくさん流木を集められたから助かったし、運ぶのも手伝ってくれるから嬉しいと話してくれた。
そして、業者に流木を鑑定してもらいお金をもらった。
※お金と言葉は、全世界共通である。
そのお金を持って、近くのスーパーに入った。スーパーでは色んな物が売っててショウは驚いた。
ショウは生まれてこのかた、コンビニやスーパーに入った事がなかったのだ。
色んな物が売ってる!
人も…ギョッ!!?
業者の人を見てもビックリして声を漏らしてしまったが。
人の姿形をした動物。取って付けたように
動物の耳や尻尾だけが生えてる人間。チィのように、あからさまに動物なんだけど二本足で歩いてる…やっぱり人間くらい巨大化した動物。
中には、顔と手足だけ動物で他は人間の体をしている者も一人だけ見かけたが…
大きく分けて、三種類の獣人がいた。
しかし、割合的に人の姿形をした獣人が圧倒的に少ない気がする。
初めて見る獣人にショウはポカーンとしていると、チィはショウの手を引き
「…バレないようにね?」
と、言って何やらお皿の上に乗ってる小分けされた食べ物を何食わぬ顔でヒョイとつまみ口に入れた。
…え!?チィ、泥棒したの??と、ショウがギョッとしていると
「これね。試食っていって、買って欲しい商品の味見をさせるの。ただなの。
気に入ったら買うし、気に入らなかったら買わなくていいの。
…でも、高い商品だからチィには買えないの。だから、バレないようにこうやって食べるの。」
慣れた手つきで、チィは試食を食べる。
ショウもマネして試食を食べ
…な、なんて美味しいんだろぉ〜!
し…しあわへ〜…。今度、サクラと一緒に食べたいな。
なんて幸せを噛み締めていた時だった。
「ちょっと、君たち!こっち、来なさい。」
ショウ達は店員に外に連れ出された。
店員は自分の鼻を摘みあからさまに嫌な顔をしながら
「他のお客様が迷惑してるから。もう、来ないでくれるか?お前たちみたいな輩に入られたら店の評判も下がっちまう。」
と、シッシとまるで野犬でも追い払うかのようにショウ達を追い払った。
…なんだろう、この扱い。
まるで、同じ人間じゃないみたい。
ショウは、酷く悲しい気持ちになった。
周りを見ると
「やだわぁ〜。また、あの子よ。
親は何やってるのかしら?」
「臭い、臭い!なんで、こんなゴミが生きてるんだか。社会のゴミ、残飯。」
「消えろ!」
あのお店の店員と同じく、あからさまに嫌な顔をし罵声を浴びさせてくる。
でも、大概の人は多少しかめっ面する人もいるが、関わりたくないとばかりに我関せずである。
世間のあまりの冷たさにショウは涙が止まらなかった。それをチィが慰める。
そして、家に着くと
「…ごめんなの。」
何故かチィに謝られた。どうして謝るのかとチィを不思議そうに見ていると
「…実は、今日働いた分だけじゃご飯の一つも買えないの。あと、今日働いた分と同じくらいのお金を3回集めると、とっても安いお米かパンが買えるんだけど…。だから、今日のご飯はないの。」
チィはションボリと肩を落とし申し訳なさそうにしていた。
ショウは驚いた。あんなに頑張って働いても
パンの一つも買えないなんてと。
なら、今日の朝食べさせてくれた黄色いご飯は?そういえば、チィは何も言わなかったけど…何も食べてないじゃないか。
口にすると言えば、濁った川の水だけ。
トイレや洗濯もあの濁った川を利用している。
ここは、川の近くの橋の下。
そこがチィの家。
近くには、チィと同じような生活をしている人達が結構いる。家族がいる人もいる。
ショウは、藁の布団に入り色々思う事があり眠れずいた。
…あれ?そういえば、私の荷物…川に流されちゃったかな?ないや。
もし、あったら中に入ってる10万ゼニーをチィにあげたいな。それで、美味しいものたくさん食べさせてあげるんだ…
そういえば、今日頑張って働いたお金…二人合わせて20ゼニーだった。それを三回で、安いパンか米が一つ買えるって言ってたな。
じゃあ、安いパンは60ゼニーって事になるな。
それじゃあ、私の持ってる10万ゼニーを働いて貯めるって凄く凄く大変な事なんじゃ…と、ショウは考え物凄い衝撃を受けていた。
しかし、今日一生懸命働いたせいか体が怠い。無理し過ぎただろうか?呼吸が辛い。
何故だろう?急に寒くなってきた。
体は寒くてガタガタ震えてるのに、全身熱くて汗が止まらない。
…苦しい…
そう思っていると
「大丈夫?どうしたの?」
と、チィが心配そうにショウの顔を覗き込んで寒そうだと自分の布団をショウに掛けてくれた。
そして、チィは部屋を温める為、焚き火をつけショウの顔を見た時だった。
「…え…?」
チィは思わず、持っていた焚き木を落としてしまった。
だって…だって
ショウの顔は青ざめ、顔中に赤いブツブツができていた。汗もびっしょりで苦しそうだ。
これは、自分のお父さん、お母さん、弟がかかっていた病気。これで、みんな死んでしまった。
チィは、どうしよう…どうしようと思った。
せっかく、お友達ができたのに。
このお友達までもが、この病気で死んでしまうのかと。
そう、チィが恐怖していた時だった。
どうしたんだろう?
夜も遅いって言うのに、やけに外が騒がしい。
「…はい!そうです。こ…に、ネズミの……ホーム…スが…」
「そうか……情報……ない…」
「…いつもは一人……けど、太った……と
一緒に……」
会話は、途切れ途切れにしか聞こえないが
数人の大人の声と足音がこっちに向かってくる気がした。
チィは、怯えた。
これって…これって……よく聞く
ホームレス狩り!!?
チィ達、殺されちゃうの?
頭に手をかぶせ身を縮こませブルブルと震えていた。目をギョッとつむり、早く居なくなれ早く居なくなれ!と、懸命に祈った。
けど
…ぱちっ
と、焚き火の音が聞こえ、チィはハッとした。
しまった!焚き火のせいで明かりが…!!?
これじゃ、目立ってしまう!
どうしよう、どうしようとパニックになっていた時だった。
…バサ…
ドアの布が捲られる音がした。
ぴゃぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!?
もう、ダメだ!もう、お終いだ!
寝ていたのか…?気がついたら、何やら隙間だらけのボロボロの天井が見える。
周りを見渡すと四畳半くらいの広さの流木や穴だらけのシートで作ったであろう古屋らしき所に自分はいる。
しかも、藁でできた布団に寝かされている。
だが
「…く…臭っ!!?…ゲホ、ゲッホ…オエェ…!」
ホコリ塗れで、ずっと洗ってもないのだろう。汚れに汚れた藁の布団は、何とも今まで嗅いだことのないような異臭がしあまりの臭さに吐き気が止まらないし、ホコリで咳が止まらない。あまりの臭さに鼻から頭にかけて痛くなった。
そこに、ボロボロの布切れを着た二本足で歩く大きな大きなネズミが入ってきた。
化け物がきたとショウは思わず
「…匕…ヒャァァァッッ!!!?」
と、叫んでしまっていた。人間の幼児ほど
大きいネズミは可哀想なほど耳としっぽを垂れ下げあからさまにションボリしながら
「…気持ち悪い?」
そう、ショウに尋ねてきた。ショウは、気持ち悪いじゃなくて怖いんだよって心の中で叫んでいた。
動物が巨大化して二本足で歩いて…人間の言葉まで喋っている。何というホラーだろうか。服まで着てるし。
…え?なに??
今から殺されるの?食べられるの??
ショウは未知なる生物に恐怖し青ざめていた。
それをネズミは、何を勘違いしたのか
「ああ、怖かったの!川の氾濫があった次の日、君は静かになった川の側で倒れていたもの。
多分、君は川に流されてここまで来ちゃったの。よっぽど、怖い思いをしたの?
もう大丈夫だよ。お腹もすいたよね?
今、ご飯を持ってきてあげるの。」
ネズミは、そう言って古屋の中にあるひび割れた汚い壺から小さな手でニギニギと、ご飯を握っていた。
ショウの前に差し出されたのは、今まで見たこともない黄色い色をしたご飯だった。
もう、何日もまともに飲み食いはできてないし、寝泊りもできていない。
相当なまでの空腹と疲れから、ショウは誘惑に負け恐る恐る黄色いご飯を手に取ると
気がつけば、夢中になって黄色いご飯を食べていた。
今まで、高級なご飯しか食べてこなかったショウだが、これ程までに美味い飯ははじめて食べた。
ショウは、ご飯の有り難みとネズミの好意に涙が止まらなかった。
他人に、こんなに優しくしてもらった事がなかった。学校でも、屋敷でも冷たくされ…更にいじめられもした。
父親でさえ、自分の事を嫌っているのだ。
その証拠に滅多に家には帰って来ないし、
ショウの顔を見る度に「ブス、ブタ」と罵りあざ笑う。
そんなに私の事が嫌いなら帰って来なきゃいいのにと、父親が帰って来る度に思う。
自分に優しくしてくれるのは身内のサクラとお婆だけだった。古きメイド達は必要以上に自分に関わってくる事はなかったし。
だが、そのサクラも自分に優しくするのは
仕事だから仕方なく嫌々にしているのだと
父親から聞かされた時は崖から突き落とされたような裏切られた気持ちになった。
この世に、自分を思ってくれる人なんていない。こんな自分に優しくしてくれる人なんている訳がない。と、孤独を感じていた時、
更なる追い討ちでヨウコウ達から仲間外れにされ邪魔者扱いまでされた。
そんな時に、こんなに優しくされたら泣かない訳がない。心がポカポカと温かい気持ちになる。
人の好意が、こんなに嬉しいものだなんて温かいものだなんて…こんな気持ちははじめてだった。
大泣きしながら「美味しい、美味しい」と、ご飯を食べるショウに
どんなに大変な思いをしてきたのだろうとネズミは、ショウの気持ちを考えホロリと涙を流しショウの頭をナデナデしてくれた。
あっという間に、ショウは黄色いご飯を完食すると急いで食べたせいか喉にご飯を詰まらせ苦しんでいた。
その様子にネズミは
「…ほらほら、急いで食べなくて大丈夫なの。」
と、可愛らしい声で話しかけショウの背中をさすりながら茶色く濁った飲み物を差し伸べてくれた。
それを急いで飲み干すと
「さっきのご飯、とっても美味しかったよ!
ありがとう。」
と、ショウはネズミに心からお礼を言いニパッと笑った。
ネズミは、このコはなんて可愛らしい笑顔を見せてくれるのだろうとほっこりした。これが何よりのお礼だとネズミは思った。
「あの食べ物は、何ていう食べ物なの?」
そう興味ありげに聞いてきた。あまりの美味さから家に帰ってからも食べようと思ったのだ。
「おかしな事を聞くの。あれは“おにぎり”なの。」
ネズミは、おもしろいコだねとクスクス笑っていた。
おにぎり…話には聞いた事のある食べ物だったし、見た事もある。
だが、超お嬢様のショウは食べた事がなかったのだ。
そうなんだ。あれが、おにぎりっていう食べ物なんだ。はじめて食べちゃった。と、ショウは興奮気味だった。
その時
ぐぅ〜〜!
と、ネズミのお腹が鳴った。その音にショウは
「あれ?お腹空いてるの?ごめんね?先に食べちゃって…」
申し訳なさそうに謝ると、早くご飯食べた方がいいよとお腹の音が面白くてクスクス笑った。
それに対し、ネズミは驚いたように一瞬大きく目を見開いたが
「…う、うん。後で食べるの。」
と、しゅんと大きな耳としっぽを垂れ下げ小さく笑った。
「ここは?」
ショウがキョロキョロ辺りを見渡し、ネズミに聞くと
「アタシのお家なの。」
ネズミは答えた。それには、ショウは驚きを隠せず、思わず
「…えっ?」
と、声をあげた。
だって、流木と段ボール、ボロボロのビニールシートを何枚も組み合わせて作った
広さは約四畳半、天井の高さは155センチあるショウの身長より少しばかり低い。
床なんて、土にただ段ボールを敷き詰めただけだ。そこに、藁の布団。
とても、人の家とは思えなかった。
ショウの様子を見てネズミは
「アタシは、ここで家族と暮らしていたの。
お父さんとお母さんと弟と。暮らしは近くの川に流れついてくる流木を集めて業者に売ってお金をもらってるの。」
と、教えてくれた。そこで、少し疑問が浮かんだ。こんな狭い所で家族四人で暮らすなんて…。どうやって過ごしていたんだろう?
「…お父さん達は?お仕事?」
頭をコテンと傾げ、質問するショウ。
「…お父さん達は、みんな病気で死んじゃったの。」
そう答えるネズミは、少し涙ぐんでいて
「…病院に行かせてあげたかったけどお金がなくて。お父さん達はせめて弟だけでもって病院に連れて行ったんだけど…身分証がないから診てあげられないって断られたって泣いてたの。」
「…え?流木拾いのお仕事でお金貰ってるんじゃないの?お金持ってても病院行けなかったの?」
ショウが素直に質問をぶつけると、ネズミは相当驚いた顔をして
「…流木拾いのお仕事は、一日中一生懸命
拾ったって…いい時で一日一つのおにぎりかパンを買える程度なの。
病院のお金はすごくすごく高いの。それなのに、どうやってお金を払うっていうの?
身分証が無いって断られるのに、どうやったらお医者さまに診てもらえるの?薬を買えるの?」
ネズミの言葉にショウは絶句した。
自分が当たり前に贅沢なご飯を食べ、お風呂に入り雨漏りの心配もない、洋服も布団もいつも洗濯され清潔で。ベッドはふかふか気持ちいい。
医者なんて、ちょっと風邪をひいただけで屋敷に来てくれるし。
しかも、嫌だっていうのに注射される事もあるし苦い薬まで飲まされる事がある。最悪だ、この世から医者なんて消えればいいのにって思っていた。
そんな当たり前の事が、できない…許されない人がいるなんて…と。
流木拾いのお仕事が、そんなに稼げないなら
「…じゃあ、流木拾いじゃないお仕事すればいいのに。」
何気ない言葉だった。なのに、ネズミはショウの言葉を聞いてホロホロ涙を零していた。
「…たくさんお金をもらうには、身分証が必要なの。国が認めた住所が必要なの。
それが無いとたくさんお金をもらう仕事にはつけないの。
だから、毎日流木を拾ったり、山に咲く綺麗な花を売ったりして食い繋いでるの。」
ネズミはお腹の音を鳴らしながら泣いていた。生きる為に必死なのだ。
ショウは話のあまりの内容に、同じ人間なのにこうも生活が違うのかと驚きショックを受け大泣きしていた。
それにネズミは驚き
「ど、どうして君が泣くの?」
ショウの背中をさすりながらオロオロしていた。とっても優しいネズミ。
ショウは、最初こそ化け物とか気持ち悪いってネズミを思っていたが、今は微塵もそんな事は感じずとってもとっても優しいネズミと
ネズミを見る目が変わっていた。単純である。
「…でも、君はもの凄く運が良かったの。」
ショウが泣き治り、だいぶ落ち着いたころ
ネズミはそう言ってきた。
「…え?」
「あの土砂降りに川の氾濫。いつもなら、あの土砂降りがくると一週間は止まないし川の氾濫ももっと酷いものになるの。
昨日もそれを覚悟して、高い山に登って避難してたの。
不思議な事に、次の日には雨は止んでるし川も穏やかになってたの。」
ネズミの話で、ショウは自分が川に流れた事を思い出していた。
…確か、あの時…
川に落ちて、息が苦しくて
サクラ、助けて!助けて!!
助かりたい!!!
て、強く思ったら急に息が楽になったんだよね。どうしたのかな?って、目を開けると
シャボン玉みたいな物に自分は入ってて
でも、川の流れが激しいから、流れに乗ってゴロンゴロン転がって車酔いしてた気がする。
気持ち悪くて、ひたすら耐えて横になってたらだんだん川の流れが落ち着いて…だんだんだんだん気持ち良くなってきて眠って
気がついたら、ここにいたんだっけ。
と、ショウは思い返していた。
「君が無事で良かったの。
あそこの川では、よく旅人の死体がうかんでくるもの。」
ネズミは、そういうと家の隙間から指をさした。そこを見ると、川の近くではボロボロの服を着た大人達が川で何かしている。
「あの人達は、氾濫があった時
死体がないか見に来るの。死体が見つかると金目の物を探して売りに出してお金を稼いでるの。早い者勝ちなの。」
そんな話を聞いて、ショウはゾッとし怖くなった。
自分があの人達に見つかってたら、どうなっていたんだろう?
「…でも、大丈夫よ?金目の物はもらうけど
ちゃんと死体の話は警察にして引き取ってもらうの。
こんな所に死体があるのは…さすがに気味悪いし…何より家族の元にかえしてあげなきゃ可哀想だもの。」
ネズミは耳としっぽをシュンと垂れ下げションボリしていた。
その日、ショウは助けてくれたお礼にと
ネズミの仕事を手伝った。
流木拾いは思いのほか、体力勝負で
拾った流木は川で綺麗に洗う。
汚いまま売りに行くと、綺麗にした流木の半分以下の値段に下がってしまうらしい。
流木は、腐って使い物にならないのは家の焚火用に確保し
流木の形や大きさ、色で、また値段が変わるらしい。これが何に使われているのかネズミは知らないらしい。
ただ、お金になるから。お金を稼がないとご飯が食べられないからやっている事らしい。
年を聞いても何才か分からない、性別は女。名前はチィ。
もう日が暮れる。
そろそろ、流木を業者に売りに行かなければ。
ショウは、チィの半分も流木を拾えなかったし重くて少ししか持てなかった。
ショウが持てない分は、ショウよりずっとずっと小さな体のチィが自分の拾った分と一緒に持ってくれた。
ショウは情けなかった。チィの助けになれればと意気込み手伝ったのに、仕事の邪魔ばかりで足手まといになっていた。
でも、チィは笑顔で「どうして謝るの?こんなに一生懸命手伝ってくれてるのに。」と、ショウを励まし感謝の言葉までかけてくれた。
業者の所に行く時もショウの体力の無さで迷惑かけてるのに、チィは嫌な顔もせず
チィが好きだという花の話や今日はたくさん流木を集められたから助かったし、運ぶのも手伝ってくれるから嬉しいと話してくれた。
そして、業者に流木を鑑定してもらいお金をもらった。
※お金と言葉は、全世界共通である。
そのお金を持って、近くのスーパーに入った。スーパーでは色んな物が売っててショウは驚いた。
ショウは生まれてこのかた、コンビニやスーパーに入った事がなかったのだ。
色んな物が売ってる!
人も…ギョッ!!?
業者の人を見てもビックリして声を漏らしてしまったが。
人の姿形をした動物。取って付けたように
動物の耳や尻尾だけが生えてる人間。チィのように、あからさまに動物なんだけど二本足で歩いてる…やっぱり人間くらい巨大化した動物。
中には、顔と手足だけ動物で他は人間の体をしている者も一人だけ見かけたが…
大きく分けて、三種類の獣人がいた。
しかし、割合的に人の姿形をした獣人が圧倒的に少ない気がする。
初めて見る獣人にショウはポカーンとしていると、チィはショウの手を引き
「…バレないようにね?」
と、言って何やらお皿の上に乗ってる小分けされた食べ物を何食わぬ顔でヒョイとつまみ口に入れた。
…え!?チィ、泥棒したの??と、ショウがギョッとしていると
「これね。試食っていって、買って欲しい商品の味見をさせるの。ただなの。
気に入ったら買うし、気に入らなかったら買わなくていいの。
…でも、高い商品だからチィには買えないの。だから、バレないようにこうやって食べるの。」
慣れた手つきで、チィは試食を食べる。
ショウもマネして試食を食べ
…な、なんて美味しいんだろぉ〜!
し…しあわへ〜…。今度、サクラと一緒に食べたいな。
なんて幸せを噛み締めていた時だった。
「ちょっと、君たち!こっち、来なさい。」
ショウ達は店員に外に連れ出された。
店員は自分の鼻を摘みあからさまに嫌な顔をしながら
「他のお客様が迷惑してるから。もう、来ないでくれるか?お前たちみたいな輩に入られたら店の評判も下がっちまう。」
と、シッシとまるで野犬でも追い払うかのようにショウ達を追い払った。
…なんだろう、この扱い。
まるで、同じ人間じゃないみたい。
ショウは、酷く悲しい気持ちになった。
周りを見ると
「やだわぁ〜。また、あの子よ。
親は何やってるのかしら?」
「臭い、臭い!なんで、こんなゴミが生きてるんだか。社会のゴミ、残飯。」
「消えろ!」
あのお店の店員と同じく、あからさまに嫌な顔をし罵声を浴びさせてくる。
でも、大概の人は多少しかめっ面する人もいるが、関わりたくないとばかりに我関せずである。
世間のあまりの冷たさにショウは涙が止まらなかった。それをチィが慰める。
そして、家に着くと
「…ごめんなの。」
何故かチィに謝られた。どうして謝るのかとチィを不思議そうに見ていると
「…実は、今日働いた分だけじゃご飯の一つも買えないの。あと、今日働いた分と同じくらいのお金を3回集めると、とっても安いお米かパンが買えるんだけど…。だから、今日のご飯はないの。」
チィはションボリと肩を落とし申し訳なさそうにしていた。
ショウは驚いた。あんなに頑張って働いても
パンの一つも買えないなんてと。
なら、今日の朝食べさせてくれた黄色いご飯は?そういえば、チィは何も言わなかったけど…何も食べてないじゃないか。
口にすると言えば、濁った川の水だけ。
トイレや洗濯もあの濁った川を利用している。
ここは、川の近くの橋の下。
そこがチィの家。
近くには、チィと同じような生活をしている人達が結構いる。家族がいる人もいる。
ショウは、藁の布団に入り色々思う事があり眠れずいた。
…あれ?そういえば、私の荷物…川に流されちゃったかな?ないや。
もし、あったら中に入ってる10万ゼニーをチィにあげたいな。それで、美味しいものたくさん食べさせてあげるんだ…
そういえば、今日頑張って働いたお金…二人合わせて20ゼニーだった。それを三回で、安いパンか米が一つ買えるって言ってたな。
じゃあ、安いパンは60ゼニーって事になるな。
それじゃあ、私の持ってる10万ゼニーを働いて貯めるって凄く凄く大変な事なんじゃ…と、ショウは考え物凄い衝撃を受けていた。
しかし、今日一生懸命働いたせいか体が怠い。無理し過ぎただろうか?呼吸が辛い。
何故だろう?急に寒くなってきた。
体は寒くてガタガタ震えてるのに、全身熱くて汗が止まらない。
…苦しい…
そう思っていると
「大丈夫?どうしたの?」
と、チィが心配そうにショウの顔を覗き込んで寒そうだと自分の布団をショウに掛けてくれた。
そして、チィは部屋を温める為、焚き火をつけショウの顔を見た時だった。
「…え…?」
チィは思わず、持っていた焚き木を落としてしまった。
だって…だって
ショウの顔は青ざめ、顔中に赤いブツブツができていた。汗もびっしょりで苦しそうだ。
これは、自分のお父さん、お母さん、弟がかかっていた病気。これで、みんな死んでしまった。
チィは、どうしよう…どうしようと思った。
せっかく、お友達ができたのに。
このお友達までもが、この病気で死んでしまうのかと。
そう、チィが恐怖していた時だった。
どうしたんだろう?
夜も遅いって言うのに、やけに外が騒がしい。
「…はい!そうです。こ…に、ネズミの……ホーム…スが…」
「そうか……情報……ない…」
「…いつもは一人……けど、太った……と
一緒に……」
会話は、途切れ途切れにしか聞こえないが
数人の大人の声と足音がこっちに向かってくる気がした。
チィは、怯えた。
これって…これって……よく聞く
ホームレス狩り!!?
チィ達、殺されちゃうの?
頭に手をかぶせ身を縮こませブルブルと震えていた。目をギョッとつむり、早く居なくなれ早く居なくなれ!と、懸命に祈った。
けど
…ぱちっ
と、焚き火の音が聞こえ、チィはハッとした。
しまった!焚き火のせいで明かりが…!!?
これじゃ、目立ってしまう!
どうしよう、どうしようとパニックになっていた時だった。
…バサ…
ドアの布が捲られる音がした。
ぴゃぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!?
もう、ダメだ!もう、お終いだ!