イケメン従者とおぶた姫。
どのくらい眠っていたのだろう?
妙に部屋の外が騒がしくて、ショウは目を覚ました。

うるさいなぁと思うながら、ムクリと体を起こすと辺りはもう明るくなっていて
時計の針を見れば、朝の9時は過ぎていた。

シルバーとオブシディアンは、とっくに起きていたらしく自分達の時間を自由に過ごしていた。

ショウが起きた事に気がついたオブシディアンは朝の挨拶こそ無いが、いつも通りショウの着替えやら歯磨きなど朝の準備を色々してくれている。

そして、オブシディアンがショウの朝食を
部屋に運んできてくれた所で


「…あの…」


まだまだ、二人と距離のあるショウはオズオズとオブシディアンに声を掛けた。


『どうした?』


オブシディアンは、珍しく声を掛けてきたショウに問い掛けると


「…何かあったの?部屋の外から人の怒鳴り合いみたいなのが聞こえるけど…」


ショウは控えめな声で聞いてきた。


『あれは、昨日の親子と母親の愛人、奴隷売り。あとは、ヨウコウとミミだ。
何やら虐待を受けている子どもの事で言い争っているらしい。』


ドッキン!


……え!?


ショウはビックリした。みんな関わるな。専門に任せた方がいいと口を酸っぱくして言っていた。

みんな、いっぱい説明してくれたけどショウはイマイチよく分からなかった。
注意したらいいのにと。すると、シルバーやオブシディアン、ダイヤ達も、これは、そんな事で済む単純な事じゃないという。

…分からない。

だから、今、ヨウコウがあの悪い親や奴隷売りに注意してるんだったら良かったと思った。ヨウコウの事はとてもとても苦手だし
大嫌いだけど…今回ばかりは、エライ!よくやった、と、思った。

これで、あのコは幸せになれるんだと。


ショウは、御行儀悪くも朝食のサラダロールを口にくわえながら、どんな感じになってるか気になって部屋のドアを開けてソッと外の様子を見てみた。

すると



「はあ?人聞きが悪い。じゃあ、何か?
俺達がソイツを虐待してるって?
ハンッ!どこに、そんな証拠があんだよ!
コイツは、底辺をいくダメ人間なんだ。俺達がちゃ〜んと“しつけ”してやんねーとよ。」


なんて声が聞こえ、声が聞こえる方向を見ると


…ギョッ!


自分の部屋のけっこう近くで言い争いをしていた。その部屋は虐待されてた子どもの親と愛人の部屋の前らしく


「…も〜!朝、早くから、チャイムは鳴るし、大声で“出て来い”ってうるさいし!
出てきてみたら、なんなのぉ〜!
イケメンだからってなんでも許されるとでも思ってんのぉ〜?」


なんて、まだ寝ていたのだろう。スケスケのネグリジェを着ていて上にピンクのガウンを羽織っている。あの子の母親が欠伸をしながら機嫌悪くブツクサ言っていた。

母親の愛人は、ニマニマと笑ってヨウコウを見ている。

ヨウコウは、とてもイラついた様子で


「…このゲスヤローが!それでも、人の親か!!?」


と、言い放つと


「…ブハ!ちげーよ。俺は、コイツの恋人で
アイツの親なんかじゃねーよ。似てねーだろが。オメェ、ど〜こ目ついてんだよ。
つーか、アイツと血繋がってるとか、マジで、やめろよ〜!おえぇ!」


と、あの子の母親の肩を抱き寄せ、吐く真似事をして笑っている。


「…とんだ、クズヤローだ。お前に何を言ってもダメな事は分かった。ならば、交渉だ。あの子は、余が引き取ろう。そのように、あの子の事を嫌っているのなら喜ばしい話であろう。」


ヨウコウは、クズを見るかのように男に提案すると


「あ?アイツを買うって話か?
それなら、アイツを買ってくれるって旦那より多く金貰わねーな。あるのか?ガキのくせに、そんな大金が?」


男がヘラヘラ笑いながら、ヨウコウを見ると


「…なっ!!?貴様っ!あの子供を売ろうとしているのか?…なんてヤツだ…」


ヨウコウは、その事実に驚き怒りで腹わたが煮え繰り返りそうになった。


「それとも……」


と、男が何かを言おうとした所で


『それ以上聞いてはいけない。
見てはいけない。』


ショウは誰かに耳を塞がれた。

そこを見ると、オブシディアンがいて神妙な顔をして首を横に振っていた。

それから、ショウは目を塞がれたまま耳元で


『お休み』


と、声を掛けられるとスゥ…と、気持ちいい眠りについてしまった。


それから、虐待されてた子どもの母親の愛人の話を聞いたヨウコウ一行は


…ゾゾォ…


その話に全身に寒気が走り吐き気がする感覚に陥った。


…なにを言ってるんだ、コイツは…

正気の沙汰ではない…狂ってると…


コイツもコイツなら
あの子供の母親も相当なまでに狂ってる。
…自分の子供を…そんな…


…ゾォォ…


なんで、なんで可愛い子供にそんなおぞましい真似ができるんだ?

…そんな幼い頃から…あの子は…

…これは、本当に現実に起きている話なのか?

作り話じゃないのか?

それにしたって酷すぎるって言葉では足りない。残虐非道…人間の皮を被った悪魔…拷問愛者…


ヨウコウ一行は、話のおぞましさと気持ち悪さに全身から血の気が引き凍り付いてしまっていた。

ここで、一行が思った事は


“聞かなければ良かった”

“こんな話、知りたくなかった”


で、あった。聞くに耐えない話ばかりで耳を塞ぎたくなる。もう、やめてくれ!聞きたくないと叫びこの場から立ち去りたい。

たまたま、そこを通りかかった人や部屋が近い人達も偶然、その会話を聞いてしまった
お客さんや宿の従業員達も、ヨウコウ達と
同じ気持ちで“知りたくなかった”とばかりに胸糞悪い気持ちを抱えたまま、その場から逃げるように去って行った。

おかげで、その場にはあの子の母親と愛人、ヨウコウ一行しか居なくなってしまっていた。

ヨウコウ達も胸糞悪すぎて早く逃げ去りたい気持ちだったが、でも、ここまで首を突っ込んでしまって今さら引くにも引けないし…

あの子があまりにも不憫過ぎて、過去はどうしようもないが…せめて、これからだけでもと思っていた。



ーーーーー


ーーー


あれから、どのくらい時間が経ったのだろう。


ショウが目を覚ますと


『昼食の時間だ。』


オブシディアンが、ショウに声を掛けてきて
ショウは驚いた。


…お、お昼まで眠っちゃってた。

いつもみたいに起こしてくれたら良かったのになぁ。


と、どうして起こしてくれなかったんだろうとオブシディアンを見た。

そういえば、あの虐待されてた子どもの母親と愛人って二人の悪者と戦ってる正義の味方ヨウコウ様達の夢見ちゃってた。

なんて、思いながらショウはシルバー、オブシディアンと一緒にお昼を食べに食堂へ向かった。

すると


素泊まり部屋に人だかりができていて、みんなざわついていた。

何事が起きたんだろう?と、人だかりを覗き込んでいると、人だかりの後ろでヨウコウ一行が青ざめた表情で突っ立っていた。

ショウは、気になってそこへ向かおうとすると


「…ショウちゃんは、見ない方がいいぜ。」


後ろからダイヤが声を掛けてきた。
ショウは、どうして?という表情でダイヤを見ると

宿の入り口から、救急隊が数名入ってきて素泊まり部屋から担架に乗せられ運ばれる…
あの子の姿が一瞬だけ見えた。

あとは、オブシディアンがショウの目を隠してしまったので見えなくなってしまったが…。

一瞬だけ見えた、あの子は血塗れになっていてピクリとも動かなくなっていた。

一瞬だったから細かいところまでは分からなかったが。


…ドックンドックン…!


嫌な予感ばかりが頭をよぎり心臓が嫌な音を立て動いている。とても気になって


「…あの子、どうしてあんなに怪我をしていたの?事故にでも遭ったの?」


ショウは不安気にオブシディアンに声を掛けると


「…そうだな。事故…」


ダイヤは、これは真実を伝えるべきではない。あまりに酷すぎると、言葉を濁し曖昧な内容で伝えようとしていた。だが、


「虐待です。」


シルバーが、ダイヤの言葉を遮りハッキリと言った。

それには、ダイヤは


「…お、お前っ!!?なんて事、言ってんだよ!そんなのショウちゃんに教えるべきじゃ…あっ!しまっ…!!」


と、言い掛け、焦りのあまり自分もうっかり真実を喋ってしまった事に気づき口をつむんだ。


「…え!?どうして…」


ショウが驚いていると


『今朝方、ヨウコウ達があの子供の母親と母親の愛人と言い争っていた。
それで、気分を悪くした母親と愛人があの子供にいつも以上の暴力を振るい、動かなくなった子供が死んだと思ったのだろう。
子供をこっそり捨てに行こうとした所、
警察が来て、現行犯逮捕で母親と愛人は捕まりあの子は病院に運ばれて行った。』



オブシディアンが説明してくれたが…



…ドクンドクンドクン…


…え?

ヨウコウ様達が、あの子を助けようとあの子のお母さんと愛人さんに注意してたのは…夢じゃなかった?

…でも…

注意されて怒って…あの子にいつも以上に酷い事をし…た…??

…うそ…なんで…???



ショウは、自分が思い描いていた理想と掛け離れ過ぎた現実にショックを受けていた。

ダイヤ一行も、まさかこんなにハッキリと
この事実をショウに伝えるとは思ってなく
驚きの表情でシルバーとオブシディアンを見ていた。


「言いましたよね?
これは、そう単純なものではないと。下手に手を出せばただただ状況を悪化させてしまうだけなのです。」


シルバーは、ショウの様子を見ていてショウが何を思っているのか察したのだろう。
だって、ダイヤ達も単純なショウがだいたいどんな風に思っているのか分かっちゃったくらいだから。


「…で、でも…」


ショウが納得いかないとばかりに、何か言おうとしたが何も思い浮かばない。

だって、ガツンと注意したら、あの母親や
愛人の目が覚めてあの子と仲良くなるって思ってたのに……あんなのを見てしまったら何も言えなくなってしまう。


「そんな甘ったるい考えや気持ちでは、旅を続けて行く事はかなり困難になります。
この先、もっともっと酷な現実を目の当たりにしなければならない可能性が高いのです。そのせいで、ショウ様の精神が崩壊しかねません。
俺は、ショウ様はここで旅をリタイヤするべきだと考えます。」



シルバーは、ショウの甘ったれた考えや気持ちに呆れたのだろうか?深いため息を吐くといつものように何処かへ居なくなってしまった。

いつもそうだ。シルバーは、ショウの発言や行動で何を思ってか深いため息を吐くと何処かへ居なくなってしまうのだ。

おそらくは、気分を悪くし気持ちを落ち着かせる為の行動だろうが…。

シルバーのこの行動に
“また、不快な気持ちにさせちゃった”と、
ショウはとても悲しい気持ちになり凹んでしまう。



『落ち込む事はない。
これはショウ様に限った事ではない。大概の人間なら受け入れがたい現実だ。それで正常だ。これに慣れる方がおかしい。
だが、この先旅を続けるにあたって、正常な心のままではとてもではないが旅を続けるのは厳しいのは確かだ。
もし、旅を続けるというのなら、慣れるか、強靭な精神力を身に付けるしかない。』



オブシディアンに指摘され、ショウは複雑な気持ちに悩まされた。

旅を続けていると、こんな場面に遭遇する事があるのかと。世界中には様々な形で不幸な境遇の人がたくさん溢れかえっていると薄っすら聞いた事はあったが、あんなに酷い境遇の人を目にしたのは初めてだった。

助けてあげたいけど、何もしてあげられない自分が情け無く酷く無力に感じた。
何より、起きてしまった事はもう元には戻せないのだ。それが、酷く悲しく苦しく…


…あれ…?


…ドクン…


この感覚…知ってる…


…ドクン、ドクン…


…怖い…


そう思ったら、ショウは突然に突拍子もない不安に駆られ途端に、意識が飛ぶ感覚に襲われた。



…ブツン…


…………


……



“…汚い…”


“…醜い…”


“…憎い…”


“…キモチワルイ…”



…ドクン…



起きてしまった事実は、取り返しが付かない。



…この、どうしようもなく醜い…最低なドロドロした感覚…知ってる。

いつだったか、コレに似た感覚を味わった事がある気がする。


悲しくて悲しくて、辛くて


“…サミシイ…”


“…どうして、ワタシがこんな目に…”


“…ヒトはウラギル…”


…誰に???



“…チガウ、ワタシは最初から一人ぽっちだった。ワタシには、何も無い。ワタシは、嫌われ者。

だから、みんなワタシから離れていく。”


……え……?


何で、そんな事思っちゃったの、私。

私には、お父さんやお婆、お爺…サクラがいるのに。チィって友達もいる。


…でも、サクラは…


どうして…私、こんなに不安になっちゃってるの?

“…怖い…怖い…ヒトリがコワイ…”

“タイセツがコワイ”


…ドックン…!


ショウは、何とも言われようもない不安に駆られていた。

いつの事か分からないが、何かとっても嫌な事があった気がする。


何かが…大切でかけがえのない…自分の“ナニカ”思い出せそうで思い出せない。

…思い出したくもない。


…けど…


…ドクン、ドクン…



ーーーーーーー


ーーーー


ーー


ショウの異変に、ダイヤ達をはじめオブシディアンさえも焦った。

世間知らずの箱入り娘が、いきなりこんなどぎついシビアな世界を目の当たりにしたのだ。それに追い討ちをかけるようにシルバーやオブシディアンに色々と指摘されキャパオーバーしてしまったのだろう。

ショウはオブシディアンの話を聞いてから、呆然と立ち尽くし表情を失ってしまっていた。顔面蒼白で全身がカタカタと震えている。

誰が、何を話しかけても聞こえていないらしく何かブツブツと独り言を言っている。

何を言ってるのか聞き取れ無かったが、異常を感じたオブシディアンはショウの目を手で覆い『お休み』と言った。


すると、ショウはいつものようにスゥーっと深い眠りへとついた。

ダイヤ達は、ショウが気を失ったと青ざめていたがオブシディアンは眠りについただけと説明し

重いショウの体を俵担ぎのように抱きかかえ部屋へと戻っていった。



そんな中、ショウは夢を見ていた。


濃い靄がかった所に自分はいて

遠くで、自分を呼んでる声がする気がするのだ。でも、何故かその声は全く聞こえない。

それに、遠くに何か気配を感じる。


その気配は

うまく説明できないが…

よく分からないけど、何かしっくりくるのだ。

よく分からないけど。


その気配を感じとり、靄の奥底を凝らしてよくよく見ていると少しずつソレは形を現してきて…


…人の形をしている様に見える。全体が黒く、二つの丸い赤色がこちらをジッと見ているような気もする。

そして、必死にこちらに向かって手を伸ばしている。声は聞こえないが悲痛な叫びが聞こえてくる様な危機迫った様子に見える。


…何となくだが…


…けど…


何故か、ソレを受け入れられない。

ショウは、ソレが怖くて怖くて…悲鳴をあげながら必死にソレから逃げた。


ショウには、ソレが恐ろしい化け物のように感じた。


怖くて怖くて…複雑過ぎて…

あの化け物のせいで、ドロドロした汚いモノが自分の中から溢れてくる。

…嫌だ…嫌だっ!


泣き叫んで、必死に逃げているうちに


「……さ…!」


「…ショ……まっ!」


「…ショウ様っ!」



…大好きな声が、自分を呼んでるのに気がついた。ショウは救いを求める様に必死になってそこへ向かうと

辺りが、真っ白な空間に変わり


ショウは、ふわりと温かく安らぐ何かに包まれた。

いつの間に、目をつむっていたのだろう?

ふと、目を開けると


「…良かった…」


たくさん泣いたのだろう…目を真っ赤にして涙を流しているサクラが自分を抱き締めていた。

サクラがいると分かった瞬間、ショウは強張った全身の力が抜けとても安心できた。

心地よくて、嬉しくて


けど、どうしてサクラは泣いているんだろう? 

「…どうしたの?サクラ、大丈夫?」


ソッと、サクラのスベスベのほっぺに触れた。その手の上にスッとサクラは手を添え
ショウの手に頬ずりをすると


「…私は大丈夫です。けれど、ショウ様の様子がおかしく…とても…とても心配になってしまいました。」


と、また一粒の涙を流した。

悲しんでるサクラに申し訳ないが、涙を流す姿でさえこんなに美しいのかとショウはサクラの美貌に改めて驚いてしまった。


同時に、自分の為に涙を流してくれるサクラに有り難い気持ちと愛おしさが込み上げ


キュンキュンとハートの締め付けが止まらず

思わず、サクラをギュッと抱き締めてしまった。


「大好き!」


それに、最初は驚き固まってしまった様子のサクラだったが、壊れ物を扱うようにショウを優しく抱き返し


「…私は…」


と呟くと、ショウの肩口に顔を埋めまるで猫の匂い付けの様に自分の顔をショウに擦り付け肩を震わせ泣いていた。

まだ、自分を心配して泣いてるのかとショウは、サクラの心配性を心配してしまった。

こんなに心配性過ぎて、不憫な性格だなと単純にそう思っていた。この時は。


そして、また

いつもの様に、サクラに


「…名残惜しいですが、もう時間のようです。おやすみなさい。」



そう、声を掛けられ

スー…と、気持ち良く気が遠くなって心地いい眠りにつき、朝いつものように目が覚めた。



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