イケメン従者とおぶた姫。
リュウキとハナ。
ここはベス帝国城。


リュウキは、行動に出ていた。
我が一人娘を探し出す手掛かりにここを訪れていた。急な訪問ではあったが、ベス帝王は快く受け入れ招いてくれた。
そして、城の出迎えに誘導されベス帝王の元へと向かう。

公私混同、職権濫用、自分の持つ物全てを使ってでも見つけ出す。その一心だっだ。

そして、会議も相談も無しに、王自ら一人で行動した。王らしからぬ行動だろう。
決して褒められた行動ではないし非難や罵倒されても文句も言えないような愚行である。

それでも、リュウキは王である前にショウの父親であった。
部下達を信じていない訳ではないが、指示をし報告を待つばかりで未だ大きな進展も得られず焦りともどかしさばかりが募っていくばかり。一刻が勿体無く、自らが動かなければ気がおかしくなりそうだったのだ。

そして、単身ベス城を訪れさっそく気が付いた事があった。城全体に、紫色の靄が掛かっていたのである。それも遠目でも分かる。

…ゾク…


なんだ、これは?

こんな異様な色の靄が掛かっているのに、何故その事に誰も触れない?
住人も旅行者も、ベス帝国を探っている筈の自分の部下達もだ。


その事に関して誰も触れない為、あえてリュウキもその事に触れず様子をうかがってみる事にした。

意を決して、靄の中へ入るとまとわりつく様な気持ちの悪い何とも言いがたい空気を感じる。
何故、城の者達はみんなこんな気持ち悪い中、平然と居られるんだとリュウキは疑問に感じた。

そんな気味の悪さを感じつつ、帝王の客室へと案内される最中だった。

リュウキは、より濃い紫色の透明でふにゃふにゃ歪んでいる壁の様な物を見つけた。その壁の向こうにもう一つの廊下といくつかの部屋らしき扉も見える。
しかし、なんだ?この奇妙な物はと、不思議そうに壁の様に仕切ってある紫色の透明な物体を見ていると


「どうかなされましたか?そこの壁に、何か興味の湧く物でもありましたか?」


「…壁?この透明な物体は壁なのか?何かのオブジェかと思ったが。」


リュウキの言葉に案内人は困惑し


「…え?お、オブジェでございますか?」


と、焦ったように周りをキョロキョロさせていた。それは、リュウキのいうオブジェを探している様に見える。
他国の王様が気になっているオブジェを見つけなければと、話を合わせられないとえらい事になると、どこにあるんだ、見つけられないと焦っているようだ。

案内人の様子をおかしく思ったリュウキは



「お前は、これが何に見える?」



と、その紫色の透明なグニャグニャした物体を指差し尋ねた。

すると


「…は、はい。壁にございます。」


何か失礼があったかと案内人は、頭を下げ冷や汗をかきながら答えた。


「そうか。色は何色に見えるか?」


そう聞けば


「…!!?い、色でございますか?
色は周りの壁と一緒で大理石の白とそれを縁取った金で飾られた壁にございます。」


何か粗相をしてしまったか機嫌を損ねてしまったのかと青ざめた顔で頭を下げ続ける案内人。


「この壁の向こうに廊下が見えるか?」


「……は?ろ、廊下???廊下でございますか?」


案内人は困惑しながらも、王様に粗相のないようにと見えるはずもないただの壁を凝らして見た。

ただの壁なのに、見える訳ないだろ!?
商工王は何をとち狂った事言ってるんだ!!
…ハッ!?もしかして、何か自分を試しているのだろうか?
いやいや!!試されてるとしてもだ。
どう対応したらいいか全然検討もつかない。
お、俺は、どうすればいいんだーーーーー!!!!?

そう心の中で案内人は叫んでいた。

もしかしたら、自分をからかって遊んでるだけなのか?…いや、そうとしか思えない。
屈辱だ…だけど、相手は王様、我慢するしかない。

そもそもだ。

この王が城を訪れて来た時から、おかしく思っていた。
…何故なら、城を訪れる客人達は皆“お供の者”を連れてきていたから。商人でさえ必ず一人はお供を連れていたといいのに。
王であれば、それは尚更の事。護衛や側近を必ず自分の側に置き行動する筈。

なのに、この王は単身一人ここに訪れてきたのだ。正気の沙汰ではない。

…変な幻覚も見えている様だし、頭がイカれているのだろうか?

噂では、とても素晴らしい王だと聞いていたが…噂は噂でしかないなと案内人は遠い目をしていた。



「も、申し訳ありません…。わたくしには、ただの壁にしか見えず…廊下など見えるはずもなく…」


案内人は嘘をついてる様子はなさそうに見える。ならば、何故自分だけ壁の一部が紫色をした透明なグニャグニャうねってるコンニャクかゼリーの様に見えるのか。奥に廊下まで見えるのか。

不思議に思いながらも、その物体を見ていたリュウキの目に驚きの光景が見えた。

そこに、自分が探していた愛娘と娘の護衛達が歩いているではないか。

だが、リュウキは今すぐにでもショウの所まで駆けつけギュッと抱きしめてやりたい気持ちをグッと抑えショウ達の様子を見ていた。

…やはり、おかしい。

何故なら、今、自分はショウ達と3mも離れてない、それも真正面に向かい合ってる状態なのだ。

なのに、この紫色の透明な壁の向こうにいるショウ達は自分の存在にまるで気が付いていないように見える。

あまりの様子のおかしさに、わざと床にアクセサリーを落としてみる。


カツーーーンッ!


大理石の床に、ゴツゴツしたアクセサリーの音が派手に鳴る。

大きく響く音なので、案内人は体をビクッと反応させ思わず音のした方向を見た。人間、動物の生理現象だ。当たり前の反応だ。

なのにだ。ショウ達を見れば、その音すら聞こえていない風だ。


そして、確かめるべく
何事もない様に自然を装って透明な紫の壁に触れてみた。


…スゥ…


まるで、細かく砕いたトコロテンか寒天の中に手を入れたかのような違和感はあるものの、手はいとも簡単に透明な紫の壁をすり抜け貫通してしまったのだ。

驚き、案内人を見るも
案内人の様子を見る限り、案内人の目にはリュウキがただ壁に手を置いてるだけにしか見えていないようだ。


…なるほど、と、リュウキは思った。


自分には、見えるこの扉一枚ほどの大きさの紫の透明な物体とその先にある通路。そして、そこにいるショウ達。

しかし、自分以外には
どうやら、この透明な物体は見えておらずただの壁にしか見えていないらしい。
そして、こちら側からはショウ達の姿は見えず、ショウ達からもこちら側が見えないようになっているみたいだ。

まさに、そこに本当の壁があるかの様に。

再度、ショウ達を見ると楽しそうに透明な物体の向こうにある一つの部屋の中に入って行ってしまった。


まさか、そのような事があるとは考えにくいが、もしかしたら、もしかするとリュウキは頭をフル回転させ自分の考えられる幾つかの考察をしていた。


と、その時


「全く、我が王はせっかち過ぎますな。あはは!」


聞き覚えのある豪快な笑い声が後ろから聞こえてきた。

その人物の登場にリュウキは自然と口角が上がってしまっていた。


「ああ!のんびり屋の部下がなかなかトイレから出て来ないからな。」


思わぬ助っ人の登場に喜びを嫌味で返しておいた。


「…こ、この方は?」


案内人は、いきなり現れた人物に誰だと言わんばかりに不信気にその人物を見る。


「紹介しよう。我が国の英雄であり、商工王国騎士団長の花(ハナ)だ。」


…で、デカイ!
顔だけ見れば、全然強そうに見えないが…肉体がやばい!重量級の男子プロレスラーの様な肉体だ。
大きな胸さえ無ければ、性別は男だと勘違いしてしまいそうな容姿だ。

ほんわか優しそうで平々凡々な顔立ちから想像できないが、トップしか許されない高貴な軍服を着ている事からそうに違いない。

しかも、商工王国騎士団長といえば、世界でも5本指に数えられる程の強さを誇る強者との噂だ。
…しかし、見れば見るほど顔立ちや立ち振る舞いのせいか世界に通用する実力者には見えない。

肉体の凄さでは、ある程度強そうには見えるが世界と言われると…う〜ん…と首を捻りそうになる。


騎士団長のハナがリュウキの一歩後ろにつくと、リュウキは、これから帝王の客室に向かう所だとか、大した事のない会話をいくつか交わしていた。それに、案内人は何一つ不自然さを感じる事がなかった。

しかし、これはリュウキとハナの隠し言葉であり極秘の内容となる。

リュウキから聞く内容に、ハナは驚く事ばかりであった。

ベス帝国城全体が紫色の靄がかかっている事。
一部の壁が濃い紫の透明な物で出来ていて通り抜けができる事。その向こうに、もう一つの廊下がある事。
それが、リュウキ以外見えていないらしい事。

もちろん、ハナも紫の靄や透明な壁など見えたりしていない。

その事をリュウキに伝えると少し驚いた顔をしたが、すぐ平静さを取り戻した。
きっと、心の中では何故だと不可解に思いハナでは考えも思いつきもしない様な難しい事をグチャグチャと考えているに違いないとハナは思っている。

ハナは頭を使うような難しい事は苦手で、いつも直感でばかり行動してしまう。勉強がすこぶる苦手なのだ。

リュウキの場合、頭も切れれば感も鋭いときた。ハナは、単純にリュウキを凄い奴だと思っている。

だから、コイツの下につこうと決めたのだ。
でなければ、硬っ苦しい城で働こうなんて思わない。


リュウキとの出会いはハナが12才の時。


幼い頃、貧乏だったハナは山に捨てられた。
それを拾ってくれたのがある盗賊団だった。

心優しいメンツばかりが揃った盗賊団だった。生きていく為に、物は盗むものの、金持ちからしか盗む事はなかったし殺人や強姦などには手を染めなかった。
それがポリシーだと頭領はいつも豪快に笑っていた事をハナは今でも思い出す。

そんな盗賊団に拾われたハナは運が良かったとしかいえない。

そこで、様々なウノハウを学びハナはメキメキと力をつけていった。そして、その世界では名を知らない者がいないほどの大きな組織になっていった。
そのほとんどが、まだ11才になったばかりのハナの力であった。それほどまでにハナの身体能力、野生的勘はずば抜けていて下手な大人よりもずっとずっと戦力に長けていた。

しかし、そこで大きな転機が訪れた。

仲間の裏切りである。

組織が大きくなればなるにしたがって、管理しきれない事も多くなる。


そこで、ハナは命からがら逃げた。
逃げて逃げて…そこで運命の出会いをする。


それが、当時15才であったリュウキとの出会い。


そこから、ハナの人生は大きく変わった。

ハナは、少しだけ昔を思い出し
王になった今でも、何ら変わらない偉大なるリュウキの背を見た。

鬼神、軍神、覇王とも言われ誉れ高いこの男は、王としては素晴らしい人材である。

しかし、私生活はマジでクズでどうしようもない男だと思う。
国や民、部下、友情は大事にするが、自分の家族や恋愛においては最低なクズ男である。もはや、悪魔だとしか思えない。

リュウキの育った環境のせいだとは思うが。

リュウキは、国の為、王の務め、それだけの為に子供を作った。だから、自分の子供という認識も無ければ情もない。ただの他人だ。
女もただの性欲処理でしかない(ただし、極上の美女に限る)。
しかも、リュウキは人を惹きつけるカリスマ性もさる事ながら容姿がいいのだ。だから、コイツがどんなクズだろうが女が放っておかずどんどん群がってくるもんだから問題だ。



しかし、リュウキが王位に就いた22才。ハナが19才の時だった。

そんな家族や恋愛に対し冷めた感情しか持ち合わせていないリュウキが、ある日を境に少しづつ変わっていったのである。

あれほど、性に奔放で遊び放題、手のつけられなかったクソ男がその日から女遊びも危ない遊びもやめ大人しくなった。

それから、一年後。

リュウキは、ハナに言った。


「俺の子供が生まれた。」


と。そして


「妻が先日亡くなった。」


と。もう、驚きでしかない。
あの私生活、クズ最低ヤローが家庭を作っていた事に。しかも、周りに内緒で親友である自分にでさえ秘密でだ。
なんで教えてくれなかったのかと、その時は
そんなに自分は頼りないか?信用ないか?と、悲しくて情なくて怒りに任せボッコボコに殴り倒した事を今も覚えている。
だが、リュウキは抵抗する事もなくハナの怒りを素直に受け入れてた。

今思えば、先を見据えての行動だったのだと思う。そして、リュウキは言った。

“王などではない。ただの一人の男として、妻と子供の側に居たいと思った。”

…驚いた。このどうしようもないクズ男にそんな事を思わせるなんて。そんな女神のような女が存在するとは…、と、ひたすら驚きリュウキの言葉に耳を疑った。

奥さんや子供は、このクズ男と一緒で幸せだったのか?この男は家族に愛情を注ぐ事ができていたのか?不安しかなかったが。

だが、側にいて感じる。

…ああ、コイツもやっと愛を知る事ができたのか。家族の温かさや大切さが分かったのかと。

よく分からないが、昔と今では何か全然違うのだ。
前のコイツと家族ができてからのコイツでは、纏う雰囲気とでもいうのか何というのか全然違う。表情が柔らかくなったし人間味が出た。そう感じるハナだ。

そして、自分の子供に振り回されてる姿を見てかなり笑える。
唯我独尊な暴君が、自分の子供に振り回され悩み表情筋がよく動くようになった。こんな愉快な事もなかなかない。

しかも、自分の子供の為に
なりふり構わず、敵地に乗り込むなんて
当時のリュウキでは絶対あり得ない話だ。


ああ、お前は本当に父親なんだな。
家族を持つ事ができたんだな。

と、ハナは感慨深くリュウキを見ていた。


そんな生温い視線を感じ、何とも居心地の悪さを感じつつリュウキは


「そういえば、お前の相棒はどうした?」


ハナと常に一緒に行動している人物がいない事に気が付き聞いてみた。


「ああ、アイツなら里帰りさせたよ。」


ハナは、含みのある笑みを浮かべていた。

なるほど、仕事が早いな。流石と言うべきだが…と、リュウキは苦笑いした。


「…フハッ!アイツ、相当嫌がってただろ?
暴れ回らなかったか?」


「アッハハ!!凄く嫌がってたな。」


「今頃、揉みくちゃになって、ブチ切れてそうになってるだろうな。」


「ブフッ!目に浮かんできそうだよ。」


他人事のように笑っているハナに


「直感と思いつきだけで動く迷惑な上司を持つと、部下も大変だな。」


リュウキは哀れなハナの相棒、副騎士団長の仇と言わんばかりにちょっとだけ嫌味で攻撃しておいた。

お気楽なハナにも、少しばかり自覚はあるようで目線を泳がせながら苦笑いしていた。
どうせ、家かどこかでクドクド説教されでもしたに違いない。

ハナは腕っぷしは強いが頭が弱い。喧嘩や人の心を読む事には長けているし野生の勘は働くが、頭を使った事が苦手だ。

そこを上手く補っているのが、副騎士団長である。本当に、何をどうしたらそうなるのか。
彼女達は、お互いの凹凸がピッタリとハマってるから驚きだ。

彼女達の戦闘シーンややり取りを何度見ても驚くばかりだ。相性が良いのか悪いのか不思議な迷コンビである。


そんな、くだらない話や考え事をしていたせいか、気がつけばリュウキの肩の力がいい具合に抜けていた。改めてハナが来てくれた事にリュウキは感謝した。

これほど心強く頼りになる奴はいないとリュウキは思っている。

今更だし、小っ恥ずかしくて感謝の言葉は言ってやらないが。




そんな二人は、王と騎士団長である前に
大のつく親友である。


そして、リュウキとハナは客室間に通されベス帝王と対面した。
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